ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

能楽のVTRについて

2006-01-16 11:52:43 | 能楽
コメントに能のビデオについてのご質問とご希望があり、それに関連して最近 能楽界でも著作権や肖像権について議論がなされていますので、記事として詳しく書いてみたいと思います。コメントにてのご指摘ありがとうございました~m(__)m

たしかに能のビデオは少ないですよね。能のビデオは、かつての名人の記録とか、能楽協会などが能の普及のために入門編として作ったものとか、たしかにとても少ないと思います。また ぬえなどの出演者にとっても、各公演の記録が気軽に見られれば勉強にも役に立つと思います。いまだに能楽堂で他の演者の催しを拝見に行きますが、スケジュールが合わなくて見逃す公演も多いですから。。

能のビデオなどが少ない理由。。これは単純に採算が取れないから、でしょう。。もっとも能楽師にとっても、自分の舞台の記録を公開するのはやっぱり勇気がいると思いますけれど。。

この話題から考える事なのですが、今は著作権や肖像権の問題があって、能のビデオや画像などの扱いは非常にデリケートになっています。著作権など法律の分野にはなかなか疎い能楽の世界ではありますが、最近 能楽協会でも指針を作りまして、演者が写っている画像(動画だけでなく)の使用は、能楽協会を通じて許可を得るシステムになり、能楽協会からその使用料が演者に分配される事になりました。

その背景には、これまでサイトや広告、そして書籍などに、出演者には無断で舞台や面・装束の写真を利用されてきた長~い歴史(?)があるのです。私たちはそれを発見しても「あれ~??」と思うばかりで何の対策も出来ずにいたのです(私なぞは、なかなかメディアで取り上げてもらう事がないので、かえって単純に嬉しかったり。。ね)。

考えてみれば「能楽手帳」には能楽師がすべて実名で住所や電話番号まで載っていたのですから、昨今の世の中では物騒きわまりない。。これもたしか昨年だか? から掲載されない事になったはずです。

偶然にも昨日、楽屋でお囃子方と著作物に載せる写真の話題になりましたが、お囃子方は能楽協会からすでに「著作権使用料」を頂いたりしている(ほんとに少額ですけどね)そうです。彼は「国立能楽堂のパンフレットが大きなウェイトを占めているのではないかなあ?」と言っていました。ははあ、確かにあのパンフレットは上演曲の写真が満載されていますね。

こんなわけで、自分たちの一門だけで上演できるお狂言では著作権や肖像権の問題は簡単にクリアできるので、ビデオも多く出回っていますが、囃子方など三役をお願いして上演する能の場合は、各演者に承諾を得て、多少の謝礼を出すのは、なかなか採算にも合わないし、それぞれの能楽師の会としてそこまで考える余裕もないのでしょう。

申し添えておけば、上記の能楽協会による能の画像や映像の使用許可などは、無断使用をふせぐ事が目的なので、一般からの画像などの使用は、申請すれば安価で利用できるように配慮されているそうです。どこかメディアで能のビデオのシリーズものを作る企画をしてくれないかなあ。

また、おっしゃる通り国立能楽堂では能楽堂の自主公演の場合は録画を残して図書室で公開していますが、あれは出演する際に、その承諾が前提となっています。。それでも、たとえば重大なミスがあった場合など、主要な出演者から「記録に残さないでくれ!」と要請があれば公開されない、と聞いた事があります。

話題はそれますが、師匠が上演した『関寺小町』がNHKで放映されましたが、この公演を知ったNHKから主催者(この場合はお囃子方でした)に事前に収録・放映の依頼がありました。主催者と師匠は出演者のみなさんと何度も相談して、また能楽界の中にも意見を聞いて、ずいぶん悩んだ末に承諾されたようです。これは著作権うんぬん、の問題ではなくて、秘曲中の秘曲とされる『関寺小町』を記録にして公開する事に対する、能楽師としての倫理的な抵抗があったからでしょう。

師匠は「引き受ける事にしたんだけれど。。これほどの大曲を、しかもお囃子方から頼まれて出演する舞台で、その上テレビで放送まで。。その責任はあまりに重大で、これは誰にも、主催者にも言わなかったんだけれど、失敗したら舞台から引退するつもりだった」とおっしゃっておられました。。

この『関寺小町』放映についての経緯について詳しくは師家で発行している月刊機関誌『橘香』(きっこう)にインタビューとして掲載されていますので、興味がおありになればご覧ください。。(インタビュアーは じつは ぬえだったりします。。)