ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その20)

2007-03-17 18:06:32 | 能楽
大小前で正面に向いた「翁」は両腕を拡げ謡い出します。常は「ちはやぶる。。」と謡うところ、今回は「法会之式」の小書が付いたため「松や先、翁や先に生まれけん。いざ姫小松、齢くらべせん」と謡います。もっとも前にも書いた通り、「常は」と言う呼び方は正確とは言えません。観世流の場合、常に上演する演式が「四日之式」であって、その場合の詞章が「ちはやぶる。。」なのです。「初日」「二日」「三日」とも「法会」と同じく「松や先、翁や先に。。」の文句なのだから、「ちはやぶる。。」は少数派。。というより「四日之式」独特の詞章なのです。とは言っても実演上はいつも「四日之式」ばかりを上演しているのだから「常は」という言い方で間違いとも言い切れませんが。

続いて地謡が「そよやりちやンや」と受けます。この直前の「翁」の謡の最後から、地謡いっぱいまで小鼓の頭取だけが独奏します。これを「頭取調べ」と言います。ありゃ、また「調べ」だ。先に書いた通り大鼓も『翁』に限って舞台上で「調べ」を打つわけで、このへん「調べ」という言葉には何か意味があるんでしょう。普段「お調べ」と言えば、もっぱら舞台に登場する前に囃子方が楽器の最終調整をするもの、とばかり考えがちですが、どうもそう括ってしまうのはあまりに単純な考え方なのではないか? と、じつは ぬえは以前から思っていました。楽器の調整ならば、「お調べ」を待つまでもなくお囃子方は楽屋入りされてから、ずうっと行っておられます。大体、音色が湿気や温度に大きく左右される邦楽器は、すでに季節の変わり目から みなさん自宅で散々 苦心して調子を作っておられています。革と胴の相性とかね。「ああでもない。。こうでもない。。」

ところで ぬえは囃子オタクで、とりわけ小鼓は17年間も故・穂高光晴師に教えて頂きました。ぬえは師から『翁』の小鼓の稽古も受けたので、その手付け類を参考にしながら、今回は『翁』について解説させて頂いております。その意味では ぬえは「オタク」の面目躍如で、割と詳しい解説をする事ができるかも。しかし反面、ぬえが習った流儀に偏ってしか語れない弊害もある事をご承知おきください。上記「頭取調べ」という語も、幸流小鼓以外ではまた呼び方も違う可能性もあります。

その「囃子オタク」ぬえが、いま『翁』の小鼓の手付けを見てみると、この「頭取調べ」の部分にはすごい分量の書き込みがありました。 ↓こんな感じ。ああ、内弟子時代に一所懸命勉強していたあの頃がよみがえる。。



これほどに師匠にも厳しく稽古を受けたわけで、それだけ「頭取調べ」には小鼓方にも思い入れがあるのでしょう。この間の脇鼓について、ぬえ所蔵の手付け(ぬえが書写した手付け)には「此ノ間 脇鼓ハ謹ミ居ル事」と書いてありますね。「謹ミ居ル」と、その態度についてわざわざ書き添えてあるのも珍しいかも。

「頭取調べ」のあと、「翁」は再び両腕を拡げて「およそ千年の鶴は。。」と祝祷の謡を謡います。この詞章は「初日」~「四日」、さらに「法会」までも共通の詞章です。「ご祈祷なり」より小鼓が打ち出し、「在原や」より「翁」は右へ廻って幕の方を見込み、「なぞの翁ども」の終わりに小鼓は位を早めて打ち、地謡「あれはなぞの翁ども」とカカッて謡い、「翁」は大小前に戻って再び扇を顔の前に組んで、これより「翁之舞」になります。