ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その23)

2007-03-27 01:37:00 | 能楽
「翁帰り」が済むと、小鼓はいったん休んで鼓を膝に置き、改めて肩の上に構えて「揉み出し」を打ち始めます。これより「三番叟」となるわけです。。が。ぬえはあまり「三番叟」の技術論について書く知識がない。。とりとめもない解説になるかも知れませんが、どうぞご容赦ください。。

「揉み出し」を打ち始めると大鼓は床几に掛かります。大鼓も小鼓と同じく素袍の両肩を脱いでいないと打てないので、床几に掛かる前にその準備をしておかねばなりませんが、さすがに「揉み出し」を聞いてから準備を始めるのでは打ち出しに遅れてしまうからか、大鼓方は目立たぬように事前に素袍の肩を脱ぎ、床几も片手に控えて「揉み出し」の打ち出しを待っておられるようですね。ですから小鼓が打ち出すと間髪を入れずに大鼓は床几に掛け、すぐに打ち出す体勢を取ります。小鼓の手は、「翁帰り」と同じ粒から始まり、それから「千歳」の二度目の舞に似た手を打ち行き、ここに大鼓が打ち出します。

この大鼓の手は複雑怪奇で、コンスタントにリズムを刻む小鼓に対して、大鼓はその半間、半間に打ち込む、といった感じ。普段の能では、どちらかと言えば大鼓がリズムの中心に君臨して演奏の位を作り、小鼓はその間にいろいろな音色で細かい装飾を加えながら表情をつけていく、というような場面が多いので、「三番叟」ではその立場が逆転しているように思えます。

『翁』の大鼓といえば、今年の正月にはNHKテレビで『翁』が放映され、このときには「打掛り」という大鼓の小書が付けられて演じられました。この小書については話には聞いたことがあるけれど、実演されているところを見るのは ぬえにとっても初めての経験でした。この小書について、伝承では以下のように伝えています。

曰く、かつて貴人を主賓とする能の催しがあり、初番は礼式通り『翁』が演じられました。ところがその晴れの催しの『翁』に、こともあろうに大鼓方が遅刻してしまいました。ほうほうの体で大鼓方は遅刻して楽屋入りしますが、会場ではすでに『翁』が上演中。大夫が舞っている「翁」の上演中では、その中途に大鼓方が舞台に登場する事は不可能で、大鼓方は「翁帰り」まで楽屋で待機しました。その後小鼓が「揉み出し」を打ち始めたところで大鼓を打ちながら舞台に登場し、かくして「三番叟」を無事に演奏する事ができました。

ところが終演後に、なぜあのような登場になったのか、と見物の貴人から疑問が出されます。大鼓方は、まさか遅刻して舞台に登場した、とも言えず、「当流に伝わる“打ち掛かり”という演出」とデタラメな答えをして急場をしのぎます。これ以後、「打ち掛かり」は大鼓方の流儀の重い習いの小書として現代にまで伝わる事となりました。

ん~~ ぬえが思うのは、さぞや楽屋はてんやわんやだったろうという事ですね~、やっぱり。お気の毒。そしてその混乱した楽屋ではこんな会話があったでしょう。

貴人の御前での演能であり、役者の遅刻が理由で開演時間を遅らせる事は不可能。一方 大鼓方は「翁」が舞っているあいだは出番がなく、「揉み出し」までに舞台上に到着してくれれば舞台は成立する。よろしい、では時間通りに開演しよう。。