ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その21)

2007-03-19 17:04:28 | 能楽
前回の訂正です。「翁之舞」の前、地謡「あれはなぞの翁ども」と「翁」は大小前へ戻り、ここは扇を顔の前に組むのではなくて、正面に向き、「そよや」と謡いながら両袖をあしらって、少し上体を前へカケます。正面からはちょうど会釈しているように見えると思います。

小鼓の手組いっぱいに「翁」は「そよや」と謡い、それより両腕を再び拡げて、これより「翁之舞」となります。ここまでのところ、割と小鼓の手組が決まっているところなので、「翁」も手組に合うように気を遣いながら謡っておられます。もちろん地謡も配りよくシテに渡す必要があって、なかなか難しいところですね。

「翁之舞」は両腕を拡げた「翁」が大小前から舞い始め、角、脇座、そして正中の三箇所に行って、それぞれの場所で足拍子を踏む、というのが大略です。そして舞そのものの本義も足拍子にあるように思います。ちなみにそれぞれの場所での足拍子には名前が付けられていて、角で踏む拍子を「天之拍子」、脇座を「地之拍子」、そして正中を「人之拍子」と呼び、合わせて「天地人・三才之拍子」とも称えます。

最初、大小前から角に向かって「翁」がゆっくりと歩み出します。このところ、ただ静かに歩を進めているだけのように見えますが、注意してご覧になっておられる方は気づいておられるかも。じつは小鼓の粒に合わせて歩いているのです。この小鼓の間はかなりシッカリしたものですし、また歩みと合わせるには少々不規則な間なので、「翁」は運びが難しいでしょうね。やがて角に到着すると「翁」は両腕を下ろし、これを見て小鼓は「天之拍子」の手を打ち、これに合わせて「翁」は足拍子を踏みます。次いで「翁」は角より左に向き両腕を拡げて、また以前のように小鼓の粒に合わせて脇座の方まで歩み行きます。脇座の前、ちょうど「千歳」が控えている前あたりで「翁」は正面の方へウケ、ここで両腕を下ろして、さきほどと同じ要領で「地之拍子」。

ところが、このあとから小鼓は急に位を早めて打ち、「翁」も脇座の方へ一度キメるとすぐに左へ廻り大小前に至り、正面へ向いて正中まで出ると、左袖を頭の上にカヅキ、右手の扇で顔を隠す『翁』独特の型を仕、すぐに両手を下ろしながら今度は右に廻り、再び大小前から正面へ出、正先の方まで出て左袖を巻き上げ、そのまま二足ツメます。これにて小鼓も打つ位を緩め、「翁」は袖を払って左右に袖をアシライ正面に向き、これにて小鼓の粒に合わせて「人之拍子」を踏みます。

この「翁之舞」ですが、「千歳之舞」と同じく、舞、すなわちダンスとはちょっと趣が異なりますね。あくまで小鼓に合わせて歩を進め、小鼓に合わせて拍子を踏む。『高砂』や『養老』の後シテが舞う「神舞」は祝福の意味は込められているにしても、どこまでいっても、あれは舞踏(舞)。でも「翁之舞」はむしろ儀式としての意味合いが強い感じです。ここで思い出されるのが、「翁之舞」の前に舞われた「千歳之舞」で、「千歳之舞」が舞台から邪気を払う露払いの若者の舞だとしたら、「翁の舞」はそうして清められた舞台に降臨した神がその清浄な状態を舞台に固着させるために足拍子を踏むのでしょう。ちょうど『道成寺』で前シテが登場する直前に狂言方が静かに舞台を一巡する「鐘楼固め」とあい通ずるものかも。

『道成寺』といえば、「翁之舞」と同じく小鼓に合わせて足づかいをする「乱拍子」がありますが、じつはこの「乱拍子」の間に、一噌流のお笛はこの「翁之舞」を吹いておられます。ぬえがこの事実を初めて知ったのは、ぬえが『道成寺』を披く際。事前に作品を研究していた時でした。この時は本当に驚いた。なんせ、能の中に現れる登場人物のうち、最も邪悪な魂の一つであろう『道成寺』の前シテの舞? の伴奏として、囃子方は能の中で最も神聖なもの~「翁」の舞を吹いているのだから!