ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その31)

2007-04-09 01:17:18 | 能楽
「三番叟」と「面箱持ち」との問答が済み、「三番叟」が鈴を受け取ると「鈴之段」となります。今回は『翁』に「法会之式」の小書がついたため、「三番叟」も「陰陽之式」となり、「三番叟」は鈴の替わりに錫杖を受け取って、これを持って「鈴之段」を舞っておられました。鈴を使わないのだから、厳密には「鈴之段」とは言いにくいですけれどもね。しかし、拝聴していた限りでは囃子は常の「鈴之段」と変わらないように思いましたので、「陰陽之式」はお狂言方が独自に習いとする替えの演出なのかも知れません。(もちろん ぬえが聞き逃しただけで、「陰陽之式」独特の替えの手配りや譜があるのかもしれませんが。。

「鈴之段」についても、あまり ぬえには専門的な知識がありませんのですが。。「三番叟」が舞う型には「種下ろし」「種蒔き」「鞭打ちの型」「面返り」といった名称があります。これらの型の名称にも現れていますし、また実際、鈴を振って舞う姿には、たしかに作物の種を蒔く動作を彷彿とさせる部分もあって、「鈴之段」には農耕作業と切れない関係がある事は事実でしょう。「揉之段」にはその名称から想像させるような農耕の印象を受ける型はないので、「揉之段」の「揉」は「籾」の字が変化したのではなさそうです。それでは「揉」の語が意味するのは何なのか。これは今回は調べる事ができませんでした。今後の宿題とさせて頂きます。

また「鈴之段」には「天地人の型」という「翁之舞」の型と似た名称の型があり、さらに「三番叟」は「翁之舞」と同じように「天の拍子」「地の拍子」「人の拍子」を踏みます。面白いのは、(流儀や家によっても違いがあるのでしょうが)「翁」とは逆の足から拍子を踏む「逆天地人の拍子」というものまであり、足拍子にも「ヌキ拍子」など技術的に特殊なものまであるようです。「逆天地人の拍子」というのは「三番叟」が「翁」の「モドキ」としての意味も持つ、ひとつの証左でもあるでしょうか。

「鈴之段」は非常に緩やかなリズムから始まり、それが次第に高潮していきます。笛は「ホン、ホヒ トウロ」という独特な譜を繰り返し繰り返して吹き(ところどころに手もあります)、これがまた「鈴之段」を印象づけています。「鈴之段」の後半はかなり急調になりますが、なんと言ってもクライマックスは、「三番叟」が両手を大きく拡げて鈴を振り、笛方も「ヒ、ヒーウーー、リウヒ」と甲高いヒシギ系の譜を吹く場面でしょう。これを「鈴クダキ」と言います(流儀によってはとくに名称をて呼ばない場合もあるらしい)。ここは本当に拝見していても心が躍るような気持ちになりますね。祝言性も溢れて、まさに『翁』一番を締めくくるのにふさわしい、躍動感溢れるクライマックスと言えます。

「鈴クダキ」が済むと「鈴之段」は終わりで、囃子方もリズムを崩して「三番叟」も鈴を細かく振って、そして笛のヒシギで「鈴之段」は終わります。「三番叟」は面箱の前に進んで、「翁」と同じように「黒式尉」の面を自分で紐を解いて面箱に納め、立ち上がって(「翁」のような「拝」はしない)幕に引き、これで『翁』の上演はすべて終わることになります。

『翁』だけが単独で上演される場合(現在はほとんどの場合はこれ)は、これにて囃子方は床几より下りてクツロギ、素袍の肩を入れ、常のように笛から先に立ち上がって幕に引きます。この時に同時に地謡も切戸に引くのが本来なのですが、『翁』だけの上演の際は、後半の「三番叟」では地謡の出番がないので、「翁帰り」が済み囃子方が「揉出し」を打ち始めると、すぐに切戸に引いてしまう事も多いです。シテ方は次の能の準備に取りかからなければなりませんので。。

ただ、今回のように「翁付」と言って、『翁』のあとに引き続いて脇能を上演する場合は、囃子方のうち脇鼓の二人だけが幕に引き、地謡は囃子方の後ろから本来の地謡座に移動して着座して、服装こそ素袍だけれども、常の能と同じ作法で脇能を上演することになります。