ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その34)

2007-04-22 01:14:49 | 能楽
さておワキが橋掛りに登場すると、大鼓方も床几に掛けて素袍の両肩を脱ぎます。これは「礼脇」は笛と小鼓の演奏に終始するのではなく、途中から大鼓も演奏に加わるからです。笛と小鼓を聞きながら舞台常座に入ったおワキは、ここで両袖をさばいて下居、ワキツレは橋掛りに控えます。そして「置鼓」の手が終わると笛はヒシギを吹き、このときに両手をついて正面に拝をするのです。さてこそ「礼脇」という言葉はこの型によく表されています。

思えば「翁付脇能」の上演では、『翁』を勤めたすべての役者は(脇鼓二名を除いて)、その終演後も引き続いて舞台に居残って脇能を勤めるわけで、この場合『翁』では演奏しない太鼓方さえもが素袍を着て『翁』に参加はしています。そしてこれらの演者はすべて舞台への登場の際に拝をするのです(もっとも囃子方・地謡・後見の拝は近来は省略される事が多いですが。。)。『翁』と、それに引き続いて上演される「脇能」は、もちろん内容の上では繋がりがないのだけれども、『翁』をある種の祝祷の「儀式」と捉えた場合、「翁付脇能」として上演される脇能はこの儀式の延長にあるわけで、『翁』にはまったく関与しなかったおワキが、その登場の際に『翁』の演者と同様の拝をする事で、儀式は完成されるのでしょう。

さて笛の「ヒシギ」を聞いて、大鼓が打ち出し、中略・上略という手を大小鼓が打って(これを「本頭(ほんがしら)」とも言う)ここから普段の脇能のワキの登場の際に演奏される「真之次第」のクライマックスである「早メ頭(はやめがしら)」が演奏されます。おワキの型は、拝見した限りでは両袖の露を取り、立ち上がってこれを放して脇座の方へ行き、これより常の型で、橋掛りに登場した時のように正面に向いて両手を拡げてつま立ち、立ち戻って 舞台に入ったワキツレと向き合い、大小鼓の打切謡頭(うちきりうたいがしら)を聞いて「次第」を謡います。

脇能の場合は「次第」を「三遍返し」に謡います。すなわち、脇能以外の能ではワキが「次第」三句を謡い、次いで地謡が低い声でワキが謡った「次第」のうち繰り返しを省いた二句を拍子に合わせずに謡って(これを「地取(じとり)」と言う)、これにて おワキは「これは諸国一見の僧にて候」などと名宣リを謡うところ、脇能の場合は ワキ「次第」三句=地謡「地取」二句を拍子に合わせて謡う=ワキ再び「次第」二句を謡い、それより名宣リとなります。なお「三遍返し」は「翁付」でなくても、脇能であれば行う演式です(例外あり)。

おワキは名宣リが済むとワキツレと一緒に「道行」を謡います。またしても「翁付」だから、ではなく脇能であれば演じられる演式ですが、この道行の型にも独特なものがありますね。すなわち脇能以外の能の「道行」では、その後半、おワキは正面に向いて少し出て、また後ろに向いて立ち戻り、これをもって旅行をした事を型で表すのです(一人ワキの場合は常座より脇正の方へ斜めに出て立ち戻る)。これが脇能の場合は、正面に出たところで、三たび両手を拡げてつま立ち、また立ち戻ったところでも同じ型をするのです。

「道行」が終わると おワキは「着きゼリフ」を謡い、ワキツレとともに脇座に控えて、これより囃子方は荘重な「真之一声(しんのいっせい)」を打ち出して、前シテとツレが登場します。

ところで「翁付脇能」の場合、脇能のシテは『翁』の大夫と同じ演者が演じるのが本来で、ツレも『翁』で「千歳」を勤めた役者が勤めます。近来は「翁付脇能」でも『翁』と脇能の おシテを別の役者が勤める事が多くなりましたが、ぬえの師家では、もうこれで三年連続で、『翁』と脇能のシテを同じ役者(=ぬえの師匠)が勤める、正式のやり方での上演が続いています。