ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

研能会初会(その36)

2007-04-26 12:52:15 | 能楽
「真之一声」で幕を出た前シテとツレは橋掛りで向き合って、「静メ頭」という大小鼓の手を聞いてツメ足をし、やがて謡い出します。「真之一声」は脇能の際のワキの登場に演奏される「真之次第」と対をなし、「静メ頭」も「早メ頭」と好対称の関係にありますね。

しかし「翁付」であっても、シテが登場する「真之一声」以下、普段の脇能とまったく替わるところはないのです。おワキが「礼脇」という重々しい特別の登場の仕方をする事を考えるとなんだか不思議ですが、前述のように「礼脇」は『翁』の延長上にある印象で、それをもって『翁』が完結するように作られているように見えますから、シテが登場するところから、『翁』を離れて「脇能」としての独立した上演が始まるのかも知れません。

中入まで別段、特別な変化もなく脇能の上演は進行して、前シテは幕に入ります。シテは『翁』の大夫役を勤めてから脇能の前シテを勤め、今度は後シテの装束に着替えるのです。いやはや、何とも体力勝負。ツレはここで「千歳」から引き続いて勤めてきた大任を終える事になります。(本来の通り、「千歳」が脇能のツレも勤める場合。もっともその場合も『高砂』や『養老』『弓八幡』のように前場にしかツレが登場しない場合はこのように「千歳」が前ツレを勤めますが、『賀茂』のように前後にツレが出る曲の場合は、「千歳」はやはり役として格式の重い後ツレを勤める事になろうかと思います)。

中入で間狂言の語リがありますが、これが「翁付」の場合に何か替わるところがあるのか。。不勉強にして ぬえは存じません。今度機会を見て狂言方に聞いてみましょう。

さて後シテの登場ですが、ここは「翁付」の場合は普段の脇能とはガラッと変わります。具体的には、脇能の後シテが登場する場合に最も多く使われる囃子「出端」。これが「真之出端」と称される特殊な「出端」に替わるのです。

この「真之出端」は「翁付脇能」に限って演奏される特殊な出端で、全体で五部構成となる長大なものです。

最初に「掛カリ」の段があり、この段のトメには太鼓は常の「出端」の時に打つ区切りの手「打切」ではなく、「打切」よりももっとハッキリした区切りに打つ手である「本打込」を打ちます。次の段は「越ノ段」と呼ばれ、笛は演奏を控えて大小・太鼓だけで演奏する段。これ以降は太鼓も区切りの手は通常の「打切」を打ちます。笛が再び加わって「二段」となり、さらに区切りがあって「三段」。この時にようやくシテが橋掛りに登場します。もっともこのときシテは幕際の「三之松」に登場して正面に向く、すなわち姿を見せるだけで、ここに太鼓が「スリ付け」という、今度はハッキリした区切りにはならない区切りの手を打って、これより「四段」。ここを別名「幕放レ」と言いますが、その名の通りシテはこれより橋掛りを歩み始め、橋掛り一之松なり舞台常座なり、所定の位置に進んで謡い始めることになります。なお「三段」と「四段」との間は区切りをハッキリさせない打ち方をするため、前者を「空段(そらだん)」と呼ぶこともあります。「段」とは公式にはカウントしない、という意味なのでしょう。

この「真之出端」は別名「七五三の出端」とも言います。太鼓は普段の能でも、その演奏の区切りにはよく「頭(かしら)」という、撥を肩に担ぐ印象的な打ち方をします。「真之出端」では「掛カリ」の段の冒頭に太鼓がその「頭」を七つ打ち、「越ノ段」では五つ、「二段」で三つ打つので「七五三」。ちなみに残る段では「三段」で二つ、「幕放レ」では一つの「頭」を「スリ付け」という変化を持たせて打ちます。常の「出端」では「段」の構成も二つか三つ、その中で打たれる「頭」の数も二~三ですから、「真之出端」は相当に重大な格式をもって演奏されている、と言えるでしょう。

思えば「翁付」の場合は、太鼓方は常には登場も演奏もしない『翁』から参加し、当然開演前に楽屋内で行われる盃事にも、お調べにも参加しています。しかしもちろん『翁』の中では太鼓方は演奏はせず、ずっと着座したまま。そしてほとんどの脇能でも太鼓方が演奏を開始するのは、この後シテの「出端」からなのです。とすれば、太鼓方にとってこの「出端」は、「翁付」である特別な脇能の演奏の最初であって、さてこそ常の「出端」とは大きく異なる重厚な「真之出端」を打つのでしょう。先におワキの登場をもって『翁』が完結する趣がある、と書きましたが、それとは少し違う意味で「翁付」という演式の重大さを、この「真之出端」が物語っているようです。

ちなみに「翁付脇能」で後ツレが「出端」で出る場合は、「真之出端」より少し格式を落とした「草之出端」が演奏されます(「行之出端」とも言う)。別名「五三二の出端」と言い、頭の数も、段の数も「真之出端」よりも短縮されて、「本打切」も「幕放れ」もありません。

さて、一月から36回に渡って「翁付脇能」について解説を続けてきました。自分でもまさかこの解説がこれだけ長大になって、4ヶ月近くも費やすとは思ってもいませんでしたが、それほど『翁』や「翁付脇能」の演式には特徴的な演出が用意されていたのですね。自分でもいろいろな発見もあって驚いております。これにてひとまず「翁付」の解説を終わりにして、次回からはいよいよ1ヶ月後に迫った鎌倉・建長寺の巨福能の演目『隅田川』について考えてみたいと思います。