何年前になるでしょうか。
東京都議の皆さんがオリンピック招致運動にご理解とご協力をって、島根県議会に表敬に来られました。
僕は、強い違和感を持ったことを鮮明に覚えています。
確かに、オリンピックでは、日本の選手の活躍や、世界のトップアスリートの躍動する姿、様々な隠された秘話など、心が震え、心が躍る事柄に数多く出会えるのも事実です。
しかし、地球が危ういと言われるこの時代に、薄汚い商業主義に塗りつぶされたオリンピックの裏の姿を見るにつけ、テレビはなるべく見ないとやり過ごしています。
議会同士のお付き合いや、党の役職を頂いていた立場上、出席を求められたら出ないわけにはいかないし、心の中では思っていても、そんなことを言うのも大人げないと思うので、笑顔で並ぶんですね。
それ見たことか(^^;;
ずいぶん前置きが長くなりましたが、今朝の地元紙に掲載された姜尚中の連載企画「姜尚中思索の旅」で取り上げられた、長野五輪と会場を振り返って未来を思索する記事で甦ったことなんです。
姜尚中は、こうしたビッグイベントを長野五輪を通して鋭くも温かく見ながら、問題を抉り出しています。
実は、この記事を読みながら、それ見たことか、何て、ちょっぴり意地悪に東京オリンピックにまつわるごたごたを見ている自分を再発見したりしていたんです。
ただ、チョッピリ忸怩たるものもあるんです。
ここには大阪、名古屋、札幌が招致を目指すビッグイベントも列挙されているんですが、筆者が指摘するように、都市の活力を取り戻すためのカンフル剤が欲しい、などという貧しい発想が議員には有りがちで何です。
それは、住民にアピールしやすいし、選挙をするにも有利に働くように思いがちなんですね。それと、やっぱり目立ちたいのかな。しかも、自分の腹を痛めず、人のお金でやれるわけだし。
都市の活力は必要?
ずいぶん前から、都市の活力何て本当に必要なんだろうか?って思い続けてきました。
特に都市生活での便利や豊かさが、自然を痛めつけ、地球環境破壊を加速度的に進めています。
ですから、島根の自然の一層の回帰のためなら、島根の人口、40万でも30万でもいいじゃないかと。
先人が汗と涙で作ってきた中山間地域の生活基盤がボロボロになるのは忍び難いことですが、国破れて山河在りじゃないけど、手付かずともいえるような自然に回帰できるなら、そのほうがいいかもって。
ただ、日本だけが我が道を進めるということではないので、今の状態は過渡的には必要なんですけどね。