<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

今夜は、小鯵の南蛮漬け。おいしい!

2022年07月10日 19時45分18秒 | Weblog

今夜は小鯵の、唐揚げ南蛮酢漬け。よく揚がっていて、骨まで食べられた。むしゃむしゃ食べた。酢漬の玉葱も人参もピーマンもオクラも、とろけた。缶ビールが冷えていた。

うまい有難い、うまい有難い、うまい有難い❗

77才を生きている爺さんは、何度もこう叫んだ。

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僕は僕をどう位置づけてあげられるだろう?

2022年07月10日 08時10分14秒 | Weblog

おいぼれた僕を僕はどう位置づけてあげられるだろう?

 

功成り名遂げることのなかった老人だから、一刀のもとに斬り捨てられていいほどのものかもしれない。

 

しかしこの老爺は生涯に亘って、かたじけないほどの愛情を注がれて来ているのだ。

 

その愛情殿が、それでは悲しむだろう。悲しむだろうとも思う。その切り捨てられた冷たい骨を眺めて悲しむだろう。

 

この骨には過去おびただしいほどの愛情を注がれて来ているのだ。そうでなかったら、無力の己が、ここまで長く生き通すことなどできなかったのだ。

 

ではどうするか。そこそこの自己評価をしてあげるべきなのではないか。否定ではなく肯定を添えてあげるべきなのではないか。そう思ったりもする。そこでにこりとしてみる。

 

感謝を覚えたら骨はあたたかくあたたまれるに違いない。感謝は、自己評価の大小に依らない。生かされて来たことへの感謝だ。これで尽きているのではないか。などとも思う。

 

この男はスケールの小さな男である。憐れな小人物である。みすぼらしい人間である。これは揺るがせない。しかししかし、その貧弱を補って、充填に明け暮れた大いなる愛情がある。それは評価して評価しすぎることがない。

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垂乳根の母は死にたまふなり 16歳が茂吉に出遭う

2022年07月10日 07時48分04秒 | Weblog

喉赤きつばくらめ二つ梁にいて垂乳根の母は死にたまふなり  斎藤茂吉

 

高校の一年の現代国語の教科書でこの短歌をお習いした。老成の大塚文彦先生が、するするするっと短歌の世界に引き込んで下さった。あっという間だった。喉を赤くした新種の燕が、16歳の我が耳を占領した。我が文学への目覚めだった。

喉が赤くなるほど、つばくらめは、くったりした垂乳根の母の死を悼んで鳴いているのだ。古い田舎の家は煤けた大きな梁が天井に静まりかえっている。作者が東京から戻ってきて不幸を詫びている。母の死衣装の浴衣の下に、作者に飲ませた乳の、衰弱した乳房が呼吸している。

家中が横たえられた死を真ん中に据えてしんとしているのに、そこで、生きている命を輝かさんばかりにして、オスメス二羽の夏鳥が睦み合って、いのちの夏を讃美してもいる。死は生の裏付けにあって明瞭化する。

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どの面下げて会っていいのか分からない

2022年07月10日 07時35分25秒 | Weblog

逃げ、隠れしている。どの面下げて会っていいのか、分からないのだ。わたしのどの面も、下げて出るほどの顔ではないのである。だからわたしは人を避ける。会わないことにしている。とどのつまり、逃げ隠れすることになる。

逃げて隠れているきりだから、顔に日が当たらない。いつまでたっても暗い冷たい貧乏な顔をしている。自慢にできることがなにもないのだ、この小人物の男には。いただいた愛情に報いることがなかったのだ。

しかし、その貧乏な顔でもいっこうかまわずに会ってくれる人もいるかもしれない。父は50年前に他界したが、父はそのままのわたしにも手を差し伸べて満面の笑みを表してくれるだろう。母もそうしてくれるだろう。兄よりも先に若くして亡くなった弟も。

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まわりから愛情をいっぱい注いで頂いたのに

2022年07月10日 07時07分20秒 | Weblog

まわりから愛情をいっぱいいっぱい注いで頂いたのに、わたしはこの通りである。まったく大成しなかった。花も着けず実も着けず、自堕落の老いの日々を送っている。いただいた愛情に、どうやって顔合わせができようか。恥じて小さくなっているきりである。

歳月が流れた。愛情を発信して下さったその大方は、もうすでに異境にいらっしゃるであろうから、生きてお会いできることは、よも、あるまいが。もしも、ばったり面会がかなったとしたら? わたしは顔を上げられず終始うつむいているきりだろう。

愛情にすっぽり抱かれていたという感覚はあたたかい感覚である。しかし、その返礼がわたしにはできなかった。一方通行で終わってしまった。受け取るだけだった。発憤しなかった。生涯、草藪の草であった。愛情の故郷に錦を飾ることが、ついに一度もなかった。

子犬が愛情の足下に来て、じっと見上げている。愛情が子犬のわたしをときおり両手で抱き上げている。子犬はとうとう子犬のままで老いている。じっと見上げてるのだが、それは愛情のぬくもりだけで、そこにもう人の姿はない。

 

 

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