そのニュースを知ったのはネットニュースのタイトル。「1月7日 下関駅火災」という記事を見つけたときは、何かのボヤで修復可能の火災だろうと思いながらクリックしてみると、跡形もなく焼け野原になった駅舎を見てビックリ!
犯人は放火犯の前科あり、年末に刑務所から出所したばかり。腹が減ったので、うっぷん晴らしに火をつければ、3食付きの刑務所に戻れるという計画的な犯行だったらしい。あれだけの大火事でも死者が1人も出なかったというのは不幸中の幸いだったのでしょう。
下関駅を最後に利用したのは2年前・・・あれ、計算してみると2004年だから、3年前だ。本当に年月の流れが早すぎる・・・。
昭和17年(1942年)関門トンネル開通時に建てられたもので唯一の三角屋根がある駅舎。ホームにあがる階段にエスカレーターを設置したり、山口県内で最初に設置された自動改札機など一部リニューアルしたところもあるが、見た目ではそんなに古い駅舎だとは思わなかった。昭和17年建築と知ってビックリ!
10年前、帰省のときはお金がなくて、東京駅発下関駅行きの夜行高速バスを何度か利用した。終点、下関駅に近づくとあの特色のある三角屋根が見える。東京から1000キロ、やっと下関にたどり着いたという安堵感を与えてくれた思い出のある三角屋根が一晩にして崩れ落ちるとは誰も思わなかったのでしょう・・・。
夕方、北九州市の友人より下関駅舎火災跡の画像を送られてきましたので、アップします。(携帯電話のカメラで撮影したもの)
ホームから見下ろす下関駅舎跡。
東口の正面玄関。真ん中に見える小屋らしきものは下関のお土産を取り扱うキヨスク。向こう側に見えるシャッターは銀行のキャッシュコーナー。
その奥にある、券売機・みどりの窓口・その隣にある改札機、西口は無事だったとのこと。