始発の電車に乗るのは久しぶりです。新幹線と在来線を乗り継ぎ、尾道に向かいました。
途中、福山駅で輪行バックを担いだ青年と出会いました。福岡の大学院生で、大分から愛媛にフェリーで渡り、しまなみ海道を走って、尾道に着いたそうです。尾道でスポークが折れてしまったので、輪行で知人のいる下関に向かうそうです。
自転車の話をしていると、三原行の電車を待つ20分が、あっという間に過ぎました。
青年に別れを告げて電車に乗り込み、尾道を目指しました。
尾道の手前で、今年の2月に家族旅行で来たとき、下の息子が迷子になって、大騒ぎとなった尾道ロープウェイが見えました。
尾道駅を降りると、目の前に去年の5月、四国に渡るときに乗った、渡船乗り場がありました。四国を走った1年が、懐かしく感じられます。
三原市で「達磨記念堂」に寄ったのですが、非公開で鍵がしまっていました。
次に幸崎町の「南山資料館」に立ち寄りました。漁村の中にある西洋館ですが、入り口の鍵が閉まっていました・・・
続いて立ち寄った竹原町の「かぐや姫美術館」は、畳の張替え中で、入ることができませんでした・・・・・・
どうも今回の観光地巡りは、よろしくないようです。
もう少し進んだところで、町並み保存地区というところがありました。江戸時代の町家が並んでいるところです。
町並みの中に、「鬼瓦そば」という看板を見つけたので、入ってみました。熱く熱した瓦の上の茶そばに、豚肉とネギと錦糸卵が載っているものを、つゆに漬けて食するというものです。焼きそばの様な、ザルそばのような、不思議な食感です。
「鬼瓦そば」の店のすぐ近くに、抱え地蔵というのがありました。お地蔵さんを抱えると、願い事がかなうそうです。
小さなお地蔵さんはずっしりと重く、まるで赤ん坊を抱いているようで、3人の子どもが赤ちゃんの時を思い出し、離し難くなりました。
国道185号線をひた走って、呉市の警固屋に向かうと頭上に音戸大橋が見えました。
国道487号線が大江田島へと続いています。僕の日本一周のルールその1は国道より海側を走ることですが、ここから先は島なのでパスをして、呉へと向かいました。
「アレイからすこじま」には、護衛艦と潜水艦が繋留されていました。間近で護衛艦や潜水艦を見ると、威圧感が感じられます。
呉の大和ミュージアムには、今年の2月の家族旅行でも入館したのですが、また入ってしまいました。何度見ても10分の1の戦艦大和は、見ごたえがあります。
僕たちの世代は幼いころ、実際に戦争を経験した人たちからいろいろな話を聞かされました。悲惨な話もあれば、笑い話もありました。
その影響でしょうか、この旅でも、宇和島の紫電改といい、戦争ものがあると、立ち寄ってしまいます。
前回は「戦艦大和」のフィギアを買ったのですが、今回は「宇宙戦艦ヤマト」のフィギアを買うか悩みました。
僕は「宇宙戦艦ヤマト」をリアルタイムで見た世代なので、どうもフィギアの「宇宙戦艦ヤマト」は、特に波動砲がイメージとちがうような。
「宇宙戦艦ヤマト」のフィギアは辞めて、大和もみじ饅頭をお土産に買いました。
ヤマトミュージアムを出ると、大雨が降っていました。あと1時間もってくれればよかったのにと思いながら、しぶしぶとカッパを着て、呉郵便局にBromptonを預けに行きました。
呉駅のすぐそばには、大和温泉物語というスーパー銭湯があります。旅の疲れを温泉で癒して、夜行バスで自宅に帰りました。
21日目
走行距離 105.4km(GPS計測)
総走行距離 1,980.2km
出発時間 08:30 (尾道)
到着時間 16:30 (呉)
走行時間 8時間0分
平均速度 13.2km/h