スタッカーとは「短く切る」と習います。
学校のテストではそれで正解です。
しかし、演奏ではそれは正しいとは言えません。
この小さな点は様々な意味を持ちます。
その中のどの意味で作曲者は書いたのか、音楽の中で判断します。
この小さな点は、アクセントの意味で使われたり、テヌートのニュアンスで使われたり、フレーズの最後を表す意味で使われたりもします。
単純に短く切るだとしても、短ければ良いわけではありません。
その音楽の部分に合った短さがあります。
このスタッカートを書き分けた人物がいます。
ベートーヴェンです。
彼の自筆譜にはご本人考案の様々なスタッカートの印があります。
例えば、
短く右に傾斜した線
先の尖った垂直、または幾分左右に傾斜した線
長い右傾斜線
垂直線
4つ目の垂直線は、フレーズの終わりを意味するものとしてベートーヴェンは書きましたが、スタッカートと混同されて今日では使われています。
原典版(Urtext)には、これらは全てスタッカートの印として書かれています。長めのスラーの最後にあるスタッカートは、フレーズの終わりを意味する印です。
このような時は、スタッカートだからとピッと短く切ってはいけません。
ベートーヴェンではなくとも、このような書き方をする作曲家は珍しくはありません。フレーズの最後を重く弾かないでほしいという意味で書いているのだと思います。
また、スタッカートは当時のピアノアクションの発達とも関係しています。
ウィーン式アクションとイギリス式アクションでは可能な奏法が異なります。
タッチが重く鍵盤が深く沈むイギリス式アクションは、鍵盤が軽く6ミリしか沈まなかったウィーン式アクションより表現の幅が広がります。
そのようなピアノ構造の発達もスタッカートとは関係してきます。
ベートーヴェンがイギリス式アクションのピアノを知ったのは1803年。
中期にあたります。
ワルトシュタインが1803-1804年、アパッショナ―タが1804-1805年作曲。
その頃です。
音を表現するということは、人間の僅かな心の動きにも気付くということです。
何十年も弾いている曲でも、「今まで気付かなかった」という部分が急に見つかったりして、新たな発見が嬉しかったりします。
こういうもんだ、などと決めずにいつも曲に向き合って頂きたいと思うのです。
「嬉しい」という言葉でも、言葉通りの意味の時もありますし、他のニュアンスを含んでいる時もあります。
音楽の記号はそういうものです。