瀬戸内ドライブ3日目
朝、松山を出発し、クルマで1時間45分、河後森(かごもり)城にやってきました。
風呂ヶ谷駐車場に車を止めて登城。
河後森城の築城の年代は不明です。
渡辺氏,芝源氏,戸田氏と城主が代わり、1614(慶長19)年、伊達秀宗が宇和島藩を創立した際は付家老の桑折氏が入っています。
その後、1615(元和元)年の一国一城令により廃城になったとされます。
風呂ヶ谷
樹木でわかりづらいですが、三方を曲輪に囲まれています。
したがって、ここに立った時点で猛攻を受け戦力を大幅に削がれることになります。
現地案内板
反時計回りに進みました。
井戸のある曲輪
今でも使えそうな井戸
西第十曲輪の虎口
朝、松山を出発し、クルマで1時間45分、河後森(かごもり)城にやってきました。
風呂ヶ谷駐車場に車を止めて登城。
河後森城の築城の年代は不明です。
渡辺氏,芝源氏,戸田氏と城主が代わり、1614(慶長19)年、伊達秀宗が宇和島藩を創立した際は付家老の桑折氏が入っています。
その後、1615(元和元)年の一国一城令により廃城になったとされます。
風呂ヶ谷
樹木でわかりづらいですが、三方を曲輪に囲まれています。
したがって、ここに立った時点で猛攻を受け戦力を大幅に削がれることになります。
現地案内板
反時計回りに進みました。
井戸のある曲輪
今でも使えそうな井戸
西第十曲輪の虎口
西第十曲輪
復元された掘立柱建物
続日本100名城スタンプはここで押すことができます。
駐車場からここまで約10分
土塁
一段高いところが西第九曲輪
木製階段の上が西第八曲輪さらに西第七曲輪とつながります。
さらに尾根沿いに小さい曲輪が連なっています。
西第五曲輪
上にある西第四曲輪、さらに西第三曲輪
堀切
手前が西第二曲輪、土橋の向こうが本郭
本郭は最も高いところにあります。
城主の居所である主殿所がありました。
本郭からの眺め
本郭の東にも小さな曲輪が尾根沿いに連なっています。
曲輪の間にみられる切岸
東第四曲輪
城内最大の堀切で通路にもなっていました。
古城
古城には番小屋や櫓がありました。
新城は少し離れたところにあります。
新城
周囲が急斜面なうえ、帯曲輪に取り囲まれており防御に力を入れている曲輪です。
新城からの眺め
始めに訪れた西第十曲輪が見えます。
所要時間約1時間で、さほどきついところはありませんでした。
その割には遺構がいろいろ残って見所がたくさんありますし、自分が歩いてきた道のりも振り返られるので達成感があります。
初心者の方にはお薦めの山城だと思います。
道の駅 みまで、宇和島鯛めし御膳をいただき、一気に帰りました。
復元された掘立柱建物
続日本100名城スタンプはここで押すことができます。
駐車場からここまで約10分
土塁
一段高いところが西第九曲輪
木製階段の上が西第八曲輪さらに西第七曲輪とつながります。
さらに尾根沿いに小さい曲輪が連なっています。
西第五曲輪
上にある西第四曲輪、さらに西第三曲輪
堀切
手前が西第二曲輪、土橋の向こうが本郭
本郭は最も高いところにあります。
城主の居所である主殿所がありました。
本郭からの眺め
本郭の東にも小さな曲輪が尾根沿いに連なっています。
曲輪の間にみられる切岸
東第四曲輪
城内最大の堀切で通路にもなっていました。
古城
古城には番小屋や櫓がありました。
新城は少し離れたところにあります。
新城
周囲が急斜面なうえ、帯曲輪に取り囲まれており防御に力を入れている曲輪です。
新城からの眺め
始めに訪れた西第十曲輪が見えます。
所要時間約1時間で、さほどきついところはありませんでした。
その割には遺構がいろいろ残って見所がたくさんありますし、自分が歩いてきた道のりも振り返られるので達成感があります。
初心者の方にはお薦めの山城だと思います。
道の駅 みまで、宇和島鯛めし御膳をいただき、一気に帰りました。