美濃路は、東海道・宮宿と中山道・垂井宿とを結んだ脇街道です。
東海道では、宮宿と桑名宿の間が七里の渡しでした。
このため、遠回りであっても海路を避けられる美濃路が好まれたそうです。
かつて私は美濃路の清洲宿近くに勤めており、昔の面影が残る町並みが気になっておりました。
積雪や凍結が心配で遠くへ出かけづらいこの季節、ふとこのことを思い出し、美濃路を訪ねてみることにしました。
加えて、例年のこととはいえ、正月に太ってしまいましたので、バイクではなく徒歩でこの街道を踏破してみようと思い立ったのです。
JR名古屋駅西側にあるコイン駐輪場にバイクを止めました。
JR名古屋駅東側にある地下鉄駅に向かう途中、バイクにキーをさしたままであることに気づき早足で戻りました。
さらに、地下鉄を2回も乗り間違えました。
もともと出発時間が遅かったうえ、ロス時間が多くなってしまいました。
なんとか、名古屋市営地下鉄伝馬町駅に着き、
スタート地点に立つことができました。
東海道と美濃路の追分です。
東海道は中央三叉路右側へ行くと東海道江戸方面です。
また、手前に進むとほどなく宮の湊に着きます。
美濃路は三叉路を向こう側に進みます。
ちなみに、写真奥に見える緑は熱田神宮の杜です。
この日は1月13日でしたが、熱田神宮は多くの参拝客でごった返していました。
摂社 上知麻我神社 (かみちかまじんじゃ)
かつては、東海道と美濃路の追分にあったのですが、都市計画のためここに遷されたそうです。
驚きました。
摂社なのにこの参拝者の列!
とおもったのですが・・・
特別な日だったようです。
熱田神宮の拝殿です。
尾張国三宮ではありますが、三種の神器の1つである草薙剣が御神体であり、東海地区一の初詣客を誇ります。
熱田神宮の西の国道19号線は本町通りとよばれ名古屋城へ向かう幹線道路であると共に美濃路の一部です。
熱田神宮ほぼ真西で見つけた「白鳥御陵」の碑
白鳥となってこの地に戻った日本武尊の墓と伝えられています。
誓願寺の山門「右大将頼朝公誕生舊地」と彫られています。
源頼朝の母である由良御前は熱田大宮司藤原季範の娘で、ここで頼朝を産んだと伝えられています。
誓願寺から西へ250m行ったところにある法持寺
寺に裏に回ってみました。
白鳥古墳すなわち「白鳥御陵」はここにありました。
和泉國一之宮である大鳥神社にも白鳥になった日本武尊が降り立ったという言い伝えがあります。
北へ200mほど行ったところにある断夫山古墳
周囲が堀のようになっています。
「かつて立ち入りが禁止されていた」
ということは、現在ではOKなのでしょうか?
古墳は高貴なお方のお墓ですから、登るのは気が引けます。
黄色いテープ内に入らなければ良いみたいです。
けっこうな坂ですが、橋吉は常日頃からトレッキングシューズを履いているのでノープロブレムです。
頂上に立ちましたが照葉樹が生い茂っていて海は見えませんでした。
現在、断夫山古墳は熱田神宮公園として整備されています。
その脇にある熱田神宮公園野球場
かつては、全国高等学校野球選手権愛知大会の決勝が開かれていた聖地です。
現在は、決勝と準決勝はナゴヤドームで開かれるようになりました。
屋根付き球場には勝てないようです。
堀川の向こうには名古屋国際会議場が見えました。
(続きます)