5月末、オール讀物3月号にあったこの小説を読みました。
第154回直木賞を受賞した作品です。
他に「ひと夏」「逢対」が載っていた。
「つまをめとらば」は、幼馴染みの山脇貞次郎と深堀省吾の話だ。
私はこの小説は好きです。
十年ぶりに会った五十六歳になった二人、貞次郎は隠居して小さな貸本屋をやっていた。
省吾がいまも昔と同じ下谷稲荷裏に住んでいて、空いている家作があることを語るともなく語ると、
貞次郎が「ならば俺に貸してくれんか」といった。
話だけで決められるはずもなく「それなら、ともかくこの足で家作を見てみるか」と持ちかけると、
「おう、それがよい」と貞次郎。
家作を見てもらい話していると、貞次郎が、
「この齢になってなんだがな、世帯を持とうと思っておるのだ」いう。
貞次郎は五十六にして初婚ということになる。
省吾は貞次郎に借りがある。たぶん、二つ借りがある。
はっきりしているほうの借りは、子供時分のいじめである。
もうひとつの、定かではない借りのほうは、二人が共に四十を過ぎた頃の話だ。
元々の始まりは、佐世という二十歳の娘が省吾の屋敷に下女の奉公に来たことだった。
なにしろ佐世は、罪のない童女のような顔を、罪ではちきれそうな躰の上に乗せていたからである。
このまま書いていると最後まで書いてしまいそうなのでそろそろやめます。
百七十坪の敷地の、母屋と家作の距離で、貞次郎と省吾は暮らし始める。
爺二人で暮らしてみて初めて、ほんとうの平穏を知る。
省吾は、嫁運が悪かった。
男と暮らすのもいいもんだな、と思った。
そんなときに、佐世がおとずれてきた。
罪ではちきれそうだった躰は、肉と脂(アブラ)ではちきれそうだった。