そこで、今日は「春分」と「春分の日」についてご紹介します。
「春分」とは、二十四節気の一つであり、4月5日の「清明」までの期間を言います。
天文学的には、太陽が黄経0度(春分点)を通過する瞬間を定義しており、暦便覧にも「日天の中を行て昼夜等分の時なり」と記されています。
所謂、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになる日といわれている日です。
しかし、一般的に「昼夜等分の日」と言われていますが、実際には昼の方が夜よりも約14分長いそうです。
この理由については、下記「一言メモ」の”春分は昼夜等分にあらず”をご参照ください。
なお、「春分」となる日は、3月20日と3月21日がありますが、西暦2025年までは天文計算上、閏年(オリンピック開催年と同じ年)とその翌年は3月20日となり、その他の年については3月21日と予測されています。 (ウィキペディアより)
・次に「春分の日」とは、日本の国民の祝日の一つで、1948年(昭和23年)公布・施行の国民の祝日に関する法律(祝日法)によって、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」事を趣旨として制定された「祝日」です。
昔から、人々はこの日を「春の訪れを祝う日」としており、祖先に感謝をしてお祭りを行う風習があったようです。
明治維新になって、明治政府は歴代天皇の忌日をお祭りすることを企画し、民間が先祖供養の日としている春と秋の彼岸の中日を「春季皇霊祭」・「秋季皇霊祭」としてまとめてお祭りすることにし、明治11年に祝日と定められました。
この行事は1947年(昭和22年)まで続きましたが、1948年(昭和23年)に戦前のそのような趣旨を排除した上で、もともとの民間の先祖供養の日としての「お彼岸」を復活させ、現在の「春分の日」「秋分の日」となったものです。
(一言メモ)
”春分は昼夜等分にあらず”
昼夜等分の「春分」の日ですが、次の理由により昼夜の長さが違っているそうです。(ウィキペディアより)
・大気による屈折で太陽の位置が実際より上に見えること。
太陽が上に見える角度分だけ日の出が早く日没が遅くなります。
屈折は太陽が地平線に近いほど大きくなり、日本付近ではその角度を35分8秒と見積もっているそうです。これによる時間差は約2分20秒といわれています。
・太陽の上端が地平線と一致した時刻を日の出或いは日没と定義しているため。
これにより太陽の半径分、日の出が早く、日没が遅くなります。この時間差は約1分5秒と言われています。
これらを合わせると日の出は3分25秒早く、日没は3分25秒遅くなり、「春分の日」の昼の長さは12時間7分、夜の葉長さは11時間53分となるそうです。