らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

「春分」と「春分の日」について

2010-03-21 | 季節
今日3月21日は二十四節気一つの「春分」です。そして、「春分の日」であり、国民の祝日となっています。
そこで、今日は「春分」と「春分の日」についてご紹介します。

「春分」とは、二十四節気の一つであり、4月5日の「清明」までの期間を言います。
天文学的には、太陽が黄経0度(春分点)を通過する瞬間を定義しており、暦便覧にも「日天の中を行て昼夜等分の時なり」と記されています。
所謂、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになる日といわれている日です。
しかし、一般的に「昼夜等分の日」と言われていますが、実際には昼の方が夜よりも約14分長いそうです。
この理由については、下記「一言メモ」の”春分は昼夜等分にあらず”をご参照ください。

なお、「春分」となる日は、3月20日と3月21日がありますが、西暦2025年までは天文計算上、閏年(オリンピック開催年と同じ年)とその翌年は3月20日となり、その他の年については3月21日と予測されています。 (ウィキペディアより)
                                                                                                                                
次に「春分の日」とは、日本の国民の祝日の一つで、1948年(昭和23年)公布・施行の国民の祝日に関する法律(祝日法)によって、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」事を趣旨として制定された「祝日」です。

昔から、人々はこの日を「春の訪れを祝う日」としており、祖先に感謝をしてお祭りを行う風習があったようです。
明治維新になって、明治政府は歴代天皇の忌日をお祭りすることを企画し、民間が先祖供養の日としている春と秋の彼岸の中日を「春季皇霊祭」・「秋季皇霊祭」としてまとめてお祭りすることにし、明治11年に祝日と定められました。
この行事は1947年(昭和22年)まで続きましたが、1948年(昭和23年)に戦前のそのような趣旨を排除した上で、もともとの民間の先祖供養の日としての「お彼岸」を復活させ、現在の「春分の日」「秋分の日」となったものです。

(一言メモ)
”春分は昼夜等分にあらず”
昼夜等分の「春分」の日ですが、次の理由により昼夜の長さが違っているそうです。(ウィキペディアより) 
・大気による屈折で太陽の位置が実際より上に見えること。
 太陽が上に見える角度分だけ日の出が早く日没が遅くなります。
 屈折は太陽が地平線に近いほど大きくなり、日本付近ではその角度を35分8秒と見積もっているそうです。これによる時間差は約2分20秒といわれています。
・太陽の上端が地平線と一致した時刻を日の出或いは日没と定義しているため。
 これにより太陽の半径分、日の出が早く、日没が遅くなります。この時間差は約1分5秒と言われています。
 これらを合わせると日の出は3分25秒早く、日没は3分25秒遅くなり、「春分の日」の昼の長さは12時間7分、夜の葉長さは11時間53分となるそうです。



「土筆(つくし)」の語源

2010-03-20 | 

先日、散歩をしていたら土筆(つくし)の群生地を見つけました。こんなにまとまって土筆が生えているのを見たのは初めてなので思わずシャッターを押しました。
そこで、今日は皆さんよくご存知の土筆(つくし)について改めて調べてみました。

土筆(つくし)とは、トクサ科、トクサ属に属する多年草で、日本のトクサ類では最も小さいもと言われています。
浅い地下に地下茎を伸ばしてよく繁茂し、日当たりの良い土手などに生えます。
土筆(つくし)はスギナ(杉菜)の胞子茎です。毎年3月~5月に筆のような形をした胞子茎を出し、「袴(はかま)」と呼ばれる茶色で輪状の葉が茎を取り巻いています。

・群生している土筆です。


土筆の成長後には、それとは全く外見の異なる、茎と葉からなる栄養茎を伸ばします。
それがスギナ(杉菜)で、その茎は鮮やかな緑色をしており、草丈は10~40cmになります。
主軸の節ごとに関節のある棒状の葉を輪生させ、全体を見るとスギの樹形に見えることからスギナ(杉菜)と呼ばれています。
スギナ(杉菜)は防除が困難な雑草の一つで、田畑に生えてくると除草に困難をきたします。

・胞子が開いてきている土筆です。


「つくし(土筆)の語源」
「つくし」の語源は、スギナにくっついて出てくる事から「付く子」、袴のところで継いでいる様に見えることから「継ぐ子」となった説が有力とされています。
また、漢字の「土筆」は、土から出てきた胞子茎が伸びきる前は先端まで「袴」に覆われており、その形状が「筆」に似ている事から「土筆」と言う字が当てられるようになったのではないかと考えられているようです。



「山菜」
土筆(つくし)は草丈10~25cm位になり、春を告げる代表的な野草といわれており、山菜としても親しまれています。
食べごろは、胞子が詰まっている筆先部分が未だ開かないうちで、袴を取って茹でて灰汁を抜き出して軟らかく煮たり、佃煮にしたりして食用とします。

・これがトクサです(ウィキペディアより)
Equisetum hyemale.jpg

「薬用効果」
土筆(つくし)の成長後に伸びてくるスギナ(杉菜)の栄養茎の全草を乾燥させたものは、生薬名を問荊(もんけい)といい、利尿作用のある生薬として利用されています。
最近では花粉症対策としても効能があるとの発表もあり、注目されているようです。




ローズマリーの花と健康効果

2010-03-19 | 

今日はローズマリーの花と健康効果について調べました。

ローズマリーは、シソ科、マンネンロウ属に属し、一年中、緑色の針状の葉をつける常緑性低木で、2月頃から開花し、青紫色の花は美しくよく目立ちます。
原産地は地中海沿岸地方で、日本には江戸時代の終わり頃に渡来し、和名では「まんねんろう(迷迭香)」と呼ばれています。

ローズマリーは海に近い場所に育ち、淡い青色の露のような小さな花を咲かせることからラテン語の「海のしずく」を意味する「ロスマリヌス(Rosmarinus)」と呼ばれています。

・紫色の花がきれいなローズマリーです。花色は他にもブルーや白、ピンクなどがあるようです。


「料理」
ローズマリーの生葉もしくは乾燥葉は香辛料として用いられます。
更に、ローズマリーの密生する針状の葉は芳香を放ち、消臭効果や抗菌作用、抗酸化作用があって、肉の鮮度を長持ちさせることからヨーロッパでは古くから肉料理によく使われています。特にラムの臭い消しには欠かせないそうです。



「健康効果」
ローズマリーの小さな花から採る油には血行促進作用があり、消化促進や神経安定の効果もあると言われています。
また、ローズマリーはアロマオイルとしても使用されたり、発毛剤や育毛剤、シャンプーやリンスにも使用されているようです。
更に、老化した肌を若返えさせる効果や記憶力や集中力を高める効果があるとの研究結果もあるそうです。




「彼岸」の由来と行事

2010-03-18 | 季節
今日3月18日は雑節の一つ、「彼岸の入り」です。
昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言われており、この日とともに本格的な春の到来となります。
そこで、今日は「彼岸」の由来と行事について調べました。

「彼岸」とは、仏教の世界で、煩悩を脱した悟りの境地ことを言い、私たちが生きている俗世間を「此岸(しがん)」と言うのに対し、川の向こうの悟りの世界を「至彼岸」略して「彼岸」と言っています。

春の「彼岸」は、春分の日の「中日」を挟んで、3日前が「彼岸の入り」、3日後が「彼岸の明け」となります。
この期間に行われる仏事のことを「彼岸会(ひがんえ)」と言い、その始まりは806年(大同元年)に桓武天皇が日本で最初に「彼岸会」を行ったとされています。
しかし、その「彼岸会」は先祖供養ではなく、藤原種継の暗殺事件に連座したとして疑いをかけられた天皇の皇子で「早良親王(さわらしんのう)」(後に崇道天皇)のために、詔(みことのり)として始められたものと言われています。

この「彼岸会」が庶民の間に広まるのは江戸時代に入ってからですが、いつしか生を終えて逝った祖先を供養する慣わしとなり、現在のような先祖の霊を敬い、お墓参りする仏教行事になったようです。
この仏教行事は日本独自のもので、他の仏教国にはないそうです。

「彼岸の習慣」
・「ぼた餅とおはぎ」
 *「ぼた餅」  春の彼岸に作り、小豆の粒をその季節に咲く”牡丹”に見立てたのが「ぼた餅」です。
 *「おはぎ」  秋の彼岸に作り、小豆の粒を秋に咲く”萩”に見立てたのが「おはぎ」です。
          「ぼた餅」も「おはぎ」も基本的には同じもので、春には豊穣を祈って「ぼた餅」を、秋には豊穣に感謝して「おはぎ」を神様に捧げたものでしたが、
          仏教の影響を受けて彼岸に食べるものとして定着したようです。

・「お墓参り」
 墓参りは、彼岸の期間中であればいつ行っても構わないそうです。
 当日は花、線香、ろうそく、彼岸団子(ぼた餅など)、マッチ、数珠、故人の好きだった物などを持参します。
 礼拝は故人と縁の深い人から順に行い、墓石にひしゃくで水をかけて合掌します。 
 家庭の仏壇もきれいに掃除をし、花を生けてぼた餅などを供えます。

・「初めて彼岸を迎える場合」
 彼岸の入りの前までに仏壇仏具をきれいにし、お花や供物を供えます。彼岸の中日には彼岸団子(ぼた餅など)を備え線香をたきます。
 また、出来るだけ僧侶を招き、読経をしてもらいます。家族やごく親しい人で行い、それ以外の人は招待する必要はありません。


(一言メモ)
・雑節とは、主に生活や農業に照らし合わせて、一年間の季節の移り変わりをより的確につかむことができるようにつくられたものです。
 二十四節気を元に定められたもので、古くから日本人の生活の中に溶け込んで、年中行事や民族行事となっているものが多く、馴染みが深くなっています。




「サンシュユ(山茱萸)」の花

2010-03-17 | 

長池公園を散歩をしていると黄色に咲いた花が目立つ花木がありました。
木にかかっている札を見ると「サンシュユ(山茱萸)」と書かれていました。
今日はこの「サンシュユ(山茱萸)」の花をご紹介します。

「サンシュユ(山茱萸)」はミズキ科、ミズキ属の落葉小高木で、中国、朝鮮半島が原産地と言われています。
日本には江戸時代中期に朝鮮半島から薬用として入ってきましたが、早春の花木としても親しまれたようです。

・満開の「サンシュユ(山茱萸)」の木です。


「サンシュユ(山茱萸)」の花もサクラや梅などと同じように葉に先だって咲きます。
花は木一面に鮮黄色の小花を集めて咲き、果実は山茱萸という生薬で、強精薬、止血、解熱作用があるといわれています。
また、牛車腎気丸、八味地黄丸などの漢方剤にも使われるようです。

・長池公園の散歩道に植栽されている「サンシュユ(山茱萸)」の木です。


「サンシュユ(山茱萸)」の名前は中国名の「山茱萸」を音読みしたもので、「茱萸」はグミのことです。
花期は3月~4月で、短い枝の先に20~30個の線香花火のように花を咲かせます。
早春の日差しを受けて、黄色の小さな花のかたまりを木全体に段々のように咲かせることから「ハルコガネバナ(春黄金花)」の別名があります。
更に、「アキサンゴ(秋珊瑚)」、「ヤマグミ(山茱)」などの別名も持っており、早春を代表する花木の一つといわれています。

・短い枝の先に集まって花を咲かせます。


花弁は4枚で、晩秋には楕円形でグミのような紅色の実が鈴なりになります。
この実の果肉を干したものが漢方の「山茱萸」だそうです。
また、この実を使用して、滋養・強壮の薬効がある山茱萸酒を作ることもできるようです。

・秋にはこのように赤い実が鈴なりに実ります。
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雪柳の花

2010-03-16 | 
春の到来と共に庭や畑の草木が花を咲かせてきました。
いつもの散歩コース熊取・長池公園では雪柳の花が咲いていました。
この花は、春先には一般によく見かける花ですが、長池公園の大きく枝を張った雪柳は見応えがあり思わずシャッターを押しました。
今日はその雪柳をご紹介します。

雪柳はバラ科シモツケ属の落葉小低木で、3月~5月にかけて、白い小花を咲かせます。
原産地は中国という説もあるようですが、日本が原産地であると考えられているそうです。

・長池公園の雪柳です。


雪柳の名前は葉が柳の葉に似て細長く、枝いっぱいに咲く白い花が、雪が積もったように見えることからつけられました。
また花が散った後の地面も雪がパラパラと積もったように見え、早春の雪を思わせるような風情があります。

木の高さは1~2mで枝は細く、地際から群れて弓なりに伸び、細い枝に小さな白い花を密に咲かせます。
枝先は枝垂れし、満開の時期には株がまるで白い雪に覆われたような姿になります。

・白色の雪柳です。


雪柳の学名は「Spiraea Thunbergii(スピラエ ツンベルク)」で、Spiraea(スピラエ)はギリシャ語の螺旋を意味するSpeiraが語源で、Thunbergii(ツンベルク)はスウェーデンの植物学者のツンベルクさんからと言われています。
また、別名には「小米花(こごめばな)」、小米柳(こごめやなぎ)」などの名前があり、枝いっぱいに咲く小さな花を米に見立ててつけられました。

・ピンクの雪柳です。


日本では古くから庭木として馴染みの深い花木で、枝は1~2mくらいに伸びて弓状になり、白い小さな花が穂状に咲きます。
枝は地際からたくさん伸びて満開の時期は滝が流れるように株全体が真っ白い花に覆われます。

・花は葉腋に2~7個ずつつき1個の花直径は70~10㎜の小さな花です。


雪柳は、3月~5月に白い小花を細い枝にびっしりと咲かせ、開花中に伸びだす細長い葉が秋には美しく紅葉します。
春の花、夏の青葉、そして秋には紅葉と一年中楽しめるのが雪柳栽培の楽しみなところです。



ホワイトデーの由来

2010-03-15 | 伝統行事
バレンタインデーから1ヶ月が経ち、昨日は「ホワイトデー」でした。
生憎の日曜日ということもあって「本命チョコ」や「ファミチョコ」のお返しを除いて、今日が実質の「ホワイトデー」でしょうか?           
「バレンタインデー」に「義理チョコ」や「世話チョコ」、「友チョコ」をもらった男性の皆さん、今日はお返しを忘れないようにしてくださいね。

日本ではバレンタインデーのお返しは、3倍返しが礼儀とされているようです。
そして、そのお返しはチョコレートや飴が主流のようですが、恋人同士ではアクセサリーやペア時計なども贈られているそうです。
女性の中には、この3倍返しを目的にチョコレートを贈る人もいるようですよ。
女性も計算高くなりましたね。しかし、義理チョコと分かっていても若い世代の男性の皆さんは嬉しいですよね。

さて、今日はホワイトデーの由来について調べてみました。

この行事は日本独特のもので、欧米にはこのような習慣はないようです。
バレンタインデーは、”愛する人にチョコレートをプレゼント” のキャッチフレーズで業界に定着しました。
チョコレートをもらった若い世代では、それに対してお返しをする風潮が生まれてきたようです。
これを受けてキャンデーの販売促進を図るべく、1978年(昭和53年)6月に、全国飴菓子業協同組合が、「ホワイトデー(3月14日)はキャンデーの日」と決定し、
1980年(昭和55年)3月に第1回のホワイトデーとして、”愛にこたえるホワイトデー” を実施したのが始まりで、現在に至っているそうです。

日本の影響をうけて、韓国と台湾でも「ホワイトデー」の習慣が生まれ、韓国では更に、4月14日の「ブラックデー」、5月14日の「イエローデー」が生まれたそうです。
ブラックデー」とは、バレンタインデーに贈り物をもらえず、恋人ができなかった人同士が黒い服を着て集まり、黒い餡が特徴のチャジャンミョンやコーヒーを飲食する日だそうです。
そして「イエローデー」とは、ブラックデーまでに恋人ができなかった人はこの日に黄色い服を着てカレーライスを食べないと恋人ができないとされている日だそうです。

なお、4月14日までにカップルになった男女は「ローズデー」といって5月14日にバラの花束を贈り合ってデートをする日となっているようですね。
韓国の独身男性は大変ですね。



「ヒスイカズラ」の花

2010-03-14 | 

先日、50年来の東京の友人、大澤氏から珍しい花の写真をメールで送って頂きました。
この花は、フィリピンの限られた地域にのみ自生していると言われている「ヒスイカズラ」です。
彼は時々東京の神代植物園に行くようですが、以前から花の写真を送っていただいており、この写真も多分私のために撮影していただいたのではないかと思っています。有難うございます。

私は「ヒスイカズラ」の花は見たことがなく、写真で見るのも初めてです。
読者の皆様もご覧になったことがないのでは?と思い、ご紹介することにしました。

・これが東京・神代植物園の「ヒスイカズラ」です。


「ヒスイカズラ」はマメ科ヒスイカズラ属の蔓性の植物で、高さは20m以上にもなるようです。
花房は、大きいものでは1m以上にもなり、垂れ下がって、翡翠のような青碧色で大変美しい花です。
原産地はフィリピンのルソン島やミンドロ島などの限られた地域の熱帯雨林にしか自生しないようです。

・オームの嘴(くちばし)のような形をした翡翠(ヒスイ)色が美しい「ヒスイカズラ」の花です。


「ヒスイカズラ(翡翠葛)」の英名は「Jade Vine(ジェード:翡翠 ・バイン:葛)」と言い、和名はそのままを訳した形となっています。
この植物が育つ最低温度は2度で、日本における自然環境下での栽培は沖縄が北限だそうです。
マメ科という事で花後には長さ20cmほどのおおきな実ができるそうです。


・ヒスイ色が美しいですね。関西の植物園にもあるのでしょうか?一度見てみたい花ですね。


・色が黒い右側の房は蕾でしょうか?


一房に、たくさんの鮮やかなヒスイ色の大きな花が一度に咲くと見応えがあるでしょうね。

・蔓丈20mにもなるだけあって、左側で巻いている蔓は相当太いように感じます。


(参考)
広辞苑で「翡翠」を調べました。
それによれば、翡翠とは、カワセミの異称のことで、雄を「翡」、雌を「翠」と言うそうです。
宝石にもありますが、カワセミの羽の色のように美しくつややかなものを例えて使われる言葉でもあります。



イチゴ栽培(その3)マルチング

2010-03-13 | 家庭菜園

「冬眠をしていた虫たちが穴から出てくる頃」と言われる「啓蟄(3月6日)」が過ぎると、家庭菜園でも春野菜の準備が始まります。
そうした中、今日は「イチゴ栽培(その3)」としてマルチングをご紹介します。

昨年までの私のイチゴ栽培は、幅80㎝の畝に二条植えをしていましたが、毎年、収穫時期になると葉が茂って中心部に日光が入りにくくなり、風通しが悪くなって雨後には”灰色かび病”などの病気が度々発生しました。
今年はこれまでの栽培方法を”チェンジ”し、畝幅を狭くして1条植を試みています。
そして、生育状況や風通しの良否、かび病などの発生状況などを比較してみたいと思っているところです。

・黒ビニールによるマルチングの前の畝です。


2月下旬の初夏を思わせる暖かさによってイチゴ株の中心芽が急に伸び始めてきました。
新芽が広がってくるとマルチングの時に新芽を傷めるので、その前にマルチングを行います。
マルチングの前に、乾いている畝に2日にわたって水遣りを行い、更に、古い下葉を取り除き、病害虫予防の消毒をして、その翌日に黒いビニールでマルチングをしました。
マルチングの方法は、黒いビニールを畝に覆い、カッターナイフで株の上を十文字に切り、そこから手を入れてイチゴの葉を傷めないように丸めて握り、ビニールの上に導き出します。

・黒いビニールでマルチングをした畝です。


マルチングの前に散布した消毒が効いているのか、マルチングから10日ほど経った現時点では病気の兆候は見られません。
株の中心部には花芽がつき始め、早いものは花が咲いてきました。

・マルチングから1週間ほどで蕾がつき始め、一部では花が咲き始めました。


今年は「とよのか」と「あきひめ」の2品種を各50本余り植えていますが、植えた畝の下をモグラが穴を掘っており、例年ほど株の発育状況はよくありません。
この後、下葉の整理や冬の間に付いた花の除去などの手入れを行い、4月初旬にもう一度消毒して、5月の連休の頃の収穫を待つことになります。


(参考)
・イチゴはリンゴや梨と同じバラ科の植物で多年草です。
・原産地はアメリカ、南米のチリと言われています。
・生育温度は10℃から25℃くらいの温度が適温といわれ、10月に定植した苗は4月に花が咲き、5月初旬に収穫できます。
・苗作りはランナーと呼ばれるツルを育てて植えつけます。




「東大寺二月堂のお水取り」の由来

2010-03-12 | 伝統行事
奈良に春を呼ぶ行事と言われている東大寺二月堂の「修二会(しゅにえ)」が、3月1日から始まっています。
今日は「二月堂のお水取り」の由来について調べました。

「二月堂のお水取り」の由来
東大寺二月堂の「修二会」とは、正しくは「十一面悔過」といい、東大寺の二月堂の本尊「十一面観世音菩薩」に、僧侶たちが世の中の罪を一身に背負い、一般の人々に代わって苦行を引き受ける者となって苦行を実践し、国家安泰などを祈る祈願法要です。
一般に「お水取り」と呼ばれているこの行事は、今年(平成22年)で1259回目を迎え、奈良時代から一度も中断することもなく続けられているそうです。

この行法はもともと旧暦の2月1日から2月14日まで行われていた行事で、2月に修する法会であることから「修二会」といわれていますが、現在は太陽暦を採用しているため、3月1日から3月14日まで二月堂でおこなわれています。

「修二会」の由来については、天平勝宝3年(751年)10月東大寺の実忠(じっちゅう)和尚が奈良の東、笠置の山中竜穴の奥で、菩薩たちが行っていた有り難い行法を拝観して、これを地上に移そうとして二月堂を建てて、始めたのが始まりといわれています。
そして、菩薩たちが行っていた有り難い行法を人間界でもやりたいと神に頼みましたが、天上界の一昼夜は人間界では400年に相当すると言われて断られたため、それならば行堂を走ることによって時間を縮めるということにして許しを得たとされ、そのことが「走り行法」の謂れと伝えられているようです。

「お水の由来」
実中(じっちゅう)和尚が「十一面悔過」法要中に全国の神の名前を唱えて勧請したとき、若狭の国の「遠敷明神(おにうみみょうじん)」だけが遠敷川で魚を取っていたため遅刻しました。
その責任をとって明神が「遠敷川から水を贈る」と言い、お祈りをしたところ、地中より2羽の白と黒の鵜が飛び立ち、そこから聖水が湧き出したと伝えられています。
この跡が閼伽井屋(あかいや・別名:若狭井)になったといわれており、ここから汲み上げる水が香水とされ、行事に使用されています。

・東大寺二月堂の「修二会」の行事の一つ「お松明」です。(ウィキペディアより)
ファイル:Todaiji Syunie Nara JPN 001.JPG

「修二会の主な行事」
・「お水取り」
お水取りの行事は、選ばれた東大寺の僧侶11人が、世の中の罪を一般の人々の代わりに背負って、十一面観音に懺悔し、国家安泰を祈願するもので、3月12日の深夜から13日の未明にかけて行われ、堂前の若狭井の井戸から香水を汲み上げる行事です。
この香水は本尊十一面観音に献じられ行の中でも使われます。残りの香水は参詣者にも分けられるようです。

・「お松明(たいまつ)」
3月1日から14日までの「修二会」の期間中毎日行われます。
大松明を持った童子が観客の頭上に火の粉を散らしながら舞台を走り抜け、その「お松明」の火の粉を浴びると健康になるとか幸せになると信じられています。

・「達陀(だったん)」
だったん帽とよばれる帽子を被り、法螺貝や金剛鈴が鳴り響く中を、松明を持った「火天」と、灑水器(しゃすいき)を持った「水天」が相対し、内陣が炎と煙に覆われる
行事です。
 *達陀(だったん)とは「焼く」と言う意味の梵語だそうです。心の穢れを焼き尽くし、新しい水で浄化し、新しい春の始まりとされているようです。

・「達陀帽(いただかせ)」

達陀の行法で用いた金襴の帽子を幼児にかぶせ、災難を受けず、賢い子に育つようにと願う人気の行事で、最終日の翌日15日に行われます。

・「走り行法」
二月堂のお水取り」の由来「南無頂上」「南無最上」と唱えながら礼拝行道することから始まり、次第に速度を速め、あらん限りの猛スピードで呪文のようなつぶやきを唱えながら走り、五体板に膝を打ち付けます。