最近、中国政府の京都議定書に対する態度と植林政策について大きな動きがありました。私の研究内容と重なるので、ここに書き留めておきます。
APECの森林目標と退耕還林
私はここ数年、国家主導の計画的造林事業で成果をあげているように見える、中国で調査を続けてきました。現在の中国が急速に森林面積を増やしているのは、主に退耕還林プロジェクトの成果です。
1999年に始まった退耕還林とは、国が8年間の補償金・補助金の支給をするのと引き換えに、急傾斜地に開墾された農地を林地へ転換するというプログラムです。その計画目標は3200万haの造林であり、人類史上最大の造林計画といえます。
さて、先に開かれたAPECの首脳宣言では、「2020年までに域内で2000万haの森林増加を目指す」という野心的な数値目標が含まれました。何のことはない、タネあかしをすれば、その面積の多くの部分を中国の退耕還林プロジェクトに依存しているわけです。私がこの間、調査してきたのは、その退耕還林プロジェクトでした。
私の調査の結果をかいつまんで要約すれば、「退耕還林は、官僚主導のトップダウン計画であり、住民の裁量に委ねられている部分がほとんどない。このため条件不利地域においては、補助金の支給期間を超えて住民が森林を維持管理するモティベーションはない」というものでした。とくに問題なのが、造林地の林間で農作物の間作や家畜の放牧をするといったアグロフォレストリーの実施を、国が条例で禁止してしまったことにあります。
農民たちは、違法にでもアグロフォレストリーを実施しており、違法行為を実行する農家の方が、はるかに意欲的に造林地を管理しています。それに対して国のトプダウン計画に従順な農家ほど、植林地管理の意欲も低くなります。官僚主導計画は農民の意欲を奪い、それは結局、農民が造林地の維持管理を放棄することにつながるのです。
私は、8年間の補償金・補助金の支給期間をすぎれば困った農民の多くが再開墾に及ぶだろうと予測し、各村の植林計画を住民参加で行い、アグロフォレストリーも合法化するように、中国政府にも訴えてきました。
中国政府・間作の合法化を決定
そして今年の8月9日、中国政府・国務院は画期的な政策転換を行いました。退耕還林農家への補助金支給期間を8年延長して合計16年にすると共に、造林地での間作(アグロフォレストリー)も許可したのです。その必要をかねて訴えてきた私にとっては、非常に嬉しいニュースでした。
ちょうど今年から来年にかけて、初期に退耕還林を始めていた地域において補助金の支給が打ち切られる時期になっていたところでした。農民の不安が高まっているギリギリのタイミングで、英断が下されたのです。
中国の行政システムは、現実の問題に対処しようとする中で、かなり柔軟に路線転換をすることができることも示したといえるでしょう(実際問題、中国の官僚システムの方が、日本に比べてよほど柔軟だと思います。日本ほど硬直的な官僚支配システムを持つ国は、世界的にも珍しいのです)。
さて、私が考えるに、中国の国務院がこの政策転換を決定した要因は以下の二つでしょう。地球温暖化問題と農村の貧困問題です。
2013年以降のポスト京都の枠組みでは、中国にもCO2の排出抑制に積極的に取り組んでもらわねばなりません。それが国際社会の意志です。
現在、中国は植林の進展によって年間1億トン近くの炭素を吸収しています。今後、森林による炭素吸収量はさらに増加するでしょう。とすれば、森林による吸収量の増加で、化石燃料の消費拡大によるCO2排出増加のかなりの部分をカバーできる計算になります。
これまで京都議定書で、排出削減義務を負うことを一貫して拒んできた中国は、植林と温暖化対策を決して結びつけようとはしませんでした。植林事業の目的はあくまで洪水対策であり、土壌流出防止であり、砂漠化対策だったのです。
しかし、「ポスト京都」の枠組みに積極的に関与するという覚悟を決めた中国政府は、ついに切り札の「森林カード」を切ったといえるでしょう。中国政府は、APECの首脳会議で温暖化対策として森林面積を増加させるという数値目標を設定させるために積極的に動きました。温暖化対策としての植林を積極的にアピールするように態度を転換したのです。
こうした中で中国政府は、是が非でも退耕還林を成功させねばならなくなりました。じつは朱鎔基前首相は、洪水対策としての植林を熱心に主導しましたが、その結果、多くの農地が林地に転換され、食糧不足が深刻になってくるという別の問題が発生しました。その結果、温家宝首相は、退耕還林政策の停止も考えていたそうです。しかし、ポスト京都議定書に積極的な関与をせざるを得ないと覚悟を決めた温家宝は、一転して退耕還林の継続と補助金の延長に踏み切ったのです。
国際社会も中国のこうした植林政策を評価する中で、中国に対しより積極的なポスト京都の枠組み構築への参加を促さねばなりません。
農民の勝利?
また、高まる農村不安に対処するため、現政権が農村の貧困対策に力を入れていることも、補助金延長とアグロフォレストリーの合法化につながった大きな要因でしょう。実際問題、今、補助金の支給を打ち切れば、多くの農民が本当に林地を再開墾する可能性が高いのです。中国政府は、それを回避するために、補助金支給期間の延長に踏み切ったのでしょう。
これまで中国の農民は、条例に反して、違法に植林地でアグロフォレストリーを実行し、政府の施策へ抵抗の意志を示してきました。ついに中国政府は、農民の違法行為を追認し、それを合法化するに至ったのです。
中国の政策転換は、しばしば民間レベルの違法行為を政府が追認するという形で起こります。1978年からの集団農場の解体と農地の家庭請負制の導入も、安徽省の農民の命をかけた違法行為を、小平が追認したことが始まりだったのです。
アグロフォレストリーの合法化という今回の中国政府の政策変更も、農民が政府に勝利した結果ともいえるのでしょう。これが中国の政治のダイナミズムであるといえます。
ただ私にとって困ったことは、今度出そうと思っている本で「中国政府はアグロフォレストリーを認めるべき」という政策提言を書いていたことでした。実際に認められた今となっては、記述を大幅に改変しなければならなくなったわけです。ああ忙しい・・・・。
APECの森林目標と退耕還林
私はここ数年、国家主導の計画的造林事業で成果をあげているように見える、中国で調査を続けてきました。現在の中国が急速に森林面積を増やしているのは、主に退耕還林プロジェクトの成果です。
1999年に始まった退耕還林とは、国が8年間の補償金・補助金の支給をするのと引き換えに、急傾斜地に開墾された農地を林地へ転換するというプログラムです。その計画目標は3200万haの造林であり、人類史上最大の造林計画といえます。
さて、先に開かれたAPECの首脳宣言では、「2020年までに域内で2000万haの森林増加を目指す」という野心的な数値目標が含まれました。何のことはない、タネあかしをすれば、その面積の多くの部分を中国の退耕還林プロジェクトに依存しているわけです。私がこの間、調査してきたのは、その退耕還林プロジェクトでした。
私の調査の結果をかいつまんで要約すれば、「退耕還林は、官僚主導のトップダウン計画であり、住民の裁量に委ねられている部分がほとんどない。このため条件不利地域においては、補助金の支給期間を超えて住民が森林を維持管理するモティベーションはない」というものでした。とくに問題なのが、造林地の林間で農作物の間作や家畜の放牧をするといったアグロフォレストリーの実施を、国が条例で禁止してしまったことにあります。
農民たちは、違法にでもアグロフォレストリーを実施しており、違法行為を実行する農家の方が、はるかに意欲的に造林地を管理しています。それに対して国のトプダウン計画に従順な農家ほど、植林地管理の意欲も低くなります。官僚主導計画は農民の意欲を奪い、それは結局、農民が造林地の維持管理を放棄することにつながるのです。
私は、8年間の補償金・補助金の支給期間をすぎれば困った農民の多くが再開墾に及ぶだろうと予測し、各村の植林計画を住民参加で行い、アグロフォレストリーも合法化するように、中国政府にも訴えてきました。
中国政府・間作の合法化を決定
そして今年の8月9日、中国政府・国務院は画期的な政策転換を行いました。退耕還林農家への補助金支給期間を8年延長して合計16年にすると共に、造林地での間作(アグロフォレストリー)も許可したのです。その必要をかねて訴えてきた私にとっては、非常に嬉しいニュースでした。
ちょうど今年から来年にかけて、初期に退耕還林を始めていた地域において補助金の支給が打ち切られる時期になっていたところでした。農民の不安が高まっているギリギリのタイミングで、英断が下されたのです。
中国の行政システムは、現実の問題に対処しようとする中で、かなり柔軟に路線転換をすることができることも示したといえるでしょう(実際問題、中国の官僚システムの方が、日本に比べてよほど柔軟だと思います。日本ほど硬直的な官僚支配システムを持つ国は、世界的にも珍しいのです)。
さて、私が考えるに、中国の国務院がこの政策転換を決定した要因は以下の二つでしょう。地球温暖化問題と農村の貧困問題です。
2013年以降のポスト京都の枠組みでは、中国にもCO2の排出抑制に積極的に取り組んでもらわねばなりません。それが国際社会の意志です。
現在、中国は植林の進展によって年間1億トン近くの炭素を吸収しています。今後、森林による炭素吸収量はさらに増加するでしょう。とすれば、森林による吸収量の増加で、化石燃料の消費拡大によるCO2排出増加のかなりの部分をカバーできる計算になります。
これまで京都議定書で、排出削減義務を負うことを一貫して拒んできた中国は、植林と温暖化対策を決して結びつけようとはしませんでした。植林事業の目的はあくまで洪水対策であり、土壌流出防止であり、砂漠化対策だったのです。
しかし、「ポスト京都」の枠組みに積極的に関与するという覚悟を決めた中国政府は、ついに切り札の「森林カード」を切ったといえるでしょう。中国政府は、APECの首脳会議で温暖化対策として森林面積を増加させるという数値目標を設定させるために積極的に動きました。温暖化対策としての植林を積極的にアピールするように態度を転換したのです。
こうした中で中国政府は、是が非でも退耕還林を成功させねばならなくなりました。じつは朱鎔基前首相は、洪水対策としての植林を熱心に主導しましたが、その結果、多くの農地が林地に転換され、食糧不足が深刻になってくるという別の問題が発生しました。その結果、温家宝首相は、退耕還林政策の停止も考えていたそうです。しかし、ポスト京都議定書に積極的な関与をせざるを得ないと覚悟を決めた温家宝は、一転して退耕還林の継続と補助金の延長に踏み切ったのです。
国際社会も中国のこうした植林政策を評価する中で、中国に対しより積極的なポスト京都の枠組み構築への参加を促さねばなりません。
農民の勝利?
また、高まる農村不安に対処するため、現政権が農村の貧困対策に力を入れていることも、補助金延長とアグロフォレストリーの合法化につながった大きな要因でしょう。実際問題、今、補助金の支給を打ち切れば、多くの農民が本当に林地を再開墾する可能性が高いのです。中国政府は、それを回避するために、補助金支給期間の延長に踏み切ったのでしょう。
これまで中国の農民は、条例に反して、違法に植林地でアグロフォレストリーを実行し、政府の施策へ抵抗の意志を示してきました。ついに中国政府は、農民の違法行為を追認し、それを合法化するに至ったのです。
中国の政策転換は、しばしば民間レベルの違法行為を政府が追認するという形で起こります。1978年からの集団農場の解体と農地の家庭請負制の導入も、安徽省の農民の命をかけた違法行為を、小平が追認したことが始まりだったのです。
アグロフォレストリーの合法化という今回の中国政府の政策変更も、農民が政府に勝利した結果ともいえるのでしょう。これが中国の政治のダイナミズムであるといえます。
ただ私にとって困ったことは、今度出そうと思っている本で「中国政府はアグロフォレストリーを認めるべき」という政策提言を書いていたことでした。実際に認められた今となっては、記述を大幅に改変しなければならなくなったわけです。ああ忙しい・・・・。
これでこれまで違法間作をするか、農地から離れるしかなかった農家にも農業収入多様化のチャンスが広がってくることと思います。「以耕促抚、以耕促管」日本の国土交通省の官僚組織にはできない英断ですね。
このニュースは「中国政府もなかなかやるな」と思わせるものでした。我々の政府は……どうでしょうね。
>日本の国土交通省の官僚組織にはできない英断ですね。
ホントです。森林で洪水を防ごうと一生懸命「緑のダム」を整備しているお隣の国の官僚たちの爪のアカを、「森林整備は洪水対策にならない」と恫喝し続ける国交省河川局の役人たちに飲ませてやりたいです。
林業に係わる方々が山の手入れをして森林を活性化させることを理由にするとか、農家やJAが田畑の作物で吸収することを理由にして、権利を企業に販売する事が出来れば、税金による補助金等の削減に寄与するのではないでしょうか?
もし田畑からメタン等他のガスが出てるから無理なら、森林も同じ理由で地球温暖化を防ぐ決め手にはならないのではないでしょうか?
最近のNHKの特集と民主党の補助金政策を耳にして、こんな解決策が可能なのか思いつき、こちらに書き込ませていただきました。
>森林の面積を増やしてCO2を吸収可能なら、CO2排出
>権取引を日本の農林業に活かせないのでしょうか?
日本はかって植えた人工林の成長で4500万トンほどの炭素を年間吸収していると計算されています。それで政府は既に、日本に割り当てられた炭酸ガス削減量(1990年比で6%削減)の最大3.9%を森林の成長に負わせようとしています。森林は既に植えたものが育っているだけなのですが・・・。とにもかくにも、その効用により、実質で2.1%削減すればよいというかなり都合のよい理屈になっています。
というわけで、森林整備は、既に排出削減にカウントされています。ただ農家林家が国の補助金なしで、追加的に自力で植林すれば、新たな吸収量になります。それは理屈の上では企業に売ってよいと思います。
>田畑からメタン等他のガスが出てるから無理なら、
>森林も同じ理由で地球温暖化を防ぐ決め手にはなら
>ないのではないでしょうか?
今、森林整備の過程で間伐材を山の斜面に放置しています。この間伐材が腐食する過程でメタンが出ていると思います。(たぶん、ちゃんと計算されていないはず。)ですので、私の立場は、「間伐材は、水害対策上も温暖化対策上も、山の上に放置してはいけない」というものです。
間伐材の腐食によるメタン発生は、その気になれば防ぐことができます。政府が公共事業として間伐材をすべて山の下まで運搬することです。間伐材の市場価格と運搬コストの差額は、すべて補助金でやります。地球と地域を守るためですから、公的補助は当然です。
その間伐材は山の下まで降ろした後は、自由に市場で販売し、木質ストーブ、発電、さらにバイオエタノールなどの形態でエネルギー利用すれば、ものすごい量のCO2削減効果を持ちます。
間伐材や廃材を有効に活用していけば、日本の一次エネルギー供給の2~4%に達するという計算はあります。CO2削減戦略の重要な柱になるはずです。もちろん、排出権売買の対象としても使えるでしょう。
中国に関しても、温暖化対策で植林をしたわけではないのですが、結果として炭素を吸収しているということで、中国が割り当て削減義務を負っても、森林の吸収量にかなり負わせることが可能です。(いま中国政府は、森林にどこまで負わせられるか必死に計算していることでしょう)