本日(2015年4月10日)発売の新刊書を紹介させていただきます。昨年9月に逝去された宇沢弘文先生が生前に私と編集した『社会的共通資本としての森』(東京大学出版会、5400円+税)という本です。専門書なので、値段が高くて申し訳ありません。出版が遅れて関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことお詫び申し上げます。
詳しくは以下の東大出版会のHPを参照ください。
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-030252-4.html
宇沢先生は、経済学以外の諸分野の研究者たちと協働で、社会的共通資本概念を深化・発展させるため、東大出版会から「社会的共通資本シリーズ」の刊行しておりました。これまで『社会的共通資本としての医療』『社会的共通資本としての川』が出て、この『森』で三冊目です。以下、教育、都市、金融・・・・と宇沢先生の構想の中で続刊の計画はできていましたが、先生の逝去にともない、先生が自ら編集された本としてはこれが最後の本になりそうです。
宇沢先生の社会的共通資本概念は、ますます注目を集めるようになっており、間宮陽介先生がいみじくも「宇沢ルネサンス」(『現代思想 3月臨時増刊 宇沢弘文 -人間のための経済学』76頁)と評したような現象が発生しています。市場原理主義と官僚主義が末期的状況に陥る中で、社会的共通資本は、それら双方の弊害を乗り越えるための鍵となるのではないかと世間の期待を集めた結果の現象であろうと思います。
宇沢先生の逝去後、宇沢先生が生前に書かれたエッセイや論文を集めた本が多く出版されています。それらは、数式を使わずに一般向けに分かりやすく書いたもので、社会的共通資本に関して専門的な理解をしたい読者には物足りない部分もあるかと思います。社会的共通資本に関して、数式も交えたより専門的な理解をしたい方、ぜひ本書を参照してくださると幸いです。
社会的共通資本概念の深化
宇沢先生の書かれた序章(「社会的共通資本と森林コモンズの経済理論」)では、ヴェブレンの制度学派的アプローチと社会的共通資本の関係、新古典派の公共財と社会的共通資本はどう違うのか、森林はなぜ社会的共通資本とせねばならないのか、ローカルな森林コモンズとマクロな森林管理の制度資本形成は矛盾せず両立可能であること・・・などの論点について数式も用いて、厳密な議論を展開しています。社会的共通資本に関して、啓蒙的な本よりも一歩踏み込んだ内容を理解したい方、手にとって下さると幸いに存じます。
社会的共通資本に関しては、経済学者のあいだからは「定義があいまいだ」「公共財概念ととどう違うのか」などさまざまな批判もされています。
新古典派的な公共財概念とヴェブレンの制度学派的な社会的共通資本概念がどう違うのかに関しては、ぜひ宇沢先生自らの説明を参照くださりたく存じます。
「何を社会的共通資本とするのか定義があいまいだ」といった声に関しては、宇沢先生自らが、何が社会的共通資本となるか先験的には決まらないということを力説してこられました。本書において、社会的共通資本のネットワークは、人間の経済活動・制度資本・自然環境などが相互に作用しながら共進化し、生成・発展していくシステムであると捉えています。社会的共通資本概念の深化を試みました。
森林を事例としていますが、森林の公益的機能と森林文化と森林管理制度は、相互に作用しながら進化・発展していくという認識で叙述され、第一部を森林の公益的機能(緑のダム)、第二部で森林文化、第三部で森林を管理する制度資本の形成という三部構成になっています。
緑のダム機能に関する最新の知見
さらに森林の治水機能(緑のダム)に関心がある方もぜひ参照ください。第1章では、蔵治光一郎氏と五名美江氏による緑のダムに関する最新の研究成果が紹介されています。
第2章の拙稿では、利根川を事例に森林が質的に回復すればダムをはるかに上回る治水機能の向上があることを明らかにし、ダムを建設を強行するために国交省が展開している虚構を暴露させていただきました。
本の目次 『社会的共通資本としての森』
はしがき
プレビュー(宇沢弘文・関 良基)
序 章 社会的共通資本と森林コモンズの経済理論(宇沢弘文)
はじめに
1.社会的共通資本と制度学派
2.社会的共通資本とサミュエルソンの「公共財」の差異
3.社会的共通資本としての自然環境
4.社会的共通資本としての森
5.森林の所有権と「コモンズの悲劇」の誤謬
6.持続可能な発展の意味
7.森林コモンズの動学的最適性
8.国際的な課税と育林補助金で森林コモンズを支える制度
おわりに
第I部 森は緑のダム
第1章 森林の保水力と緑のダム機能(蔵治光一郎・五名美江)
はじめに
1.森林の保水力と河川の流量
2.森林と河川の関係を解明する科学的研究
3.森林の洪水・渇水緩和機能の長期変化に関する実証研究の例
4.これからの河川管理施策への含意
5.これからの森林管理施策への含意
おわりに
第2章 森林回復による治水機能の向上はダムに優る(関 良基)
はじめに
1.緑のダムを否定する国交省
2.森林の機能を軽視した洪水計算の虚構
3.日本学術会議の検証への疑問
4.利根川における森林保水力の経年的向上
5.中規模洪水モデルは大規模洪水には適合しない
6.貯留関数法の方程式の誤謬
おわりに
第3章 横川山の入会の変遷と「流域コモンズ」の可能性(保屋野初子)
はじめに
1.今日まで残った山林の入会
2.前史としての入会と横川山運営委員会
3.「治山治水」という外圧から内発まで
4.「公益性」を取り込んだ現代の入会――新しいコモンズ
5.「流域コモンズ」への再編は可能か
おわりに
第II部 森を育む思想と文化
第4章 コモンズとしての森林――学校林の歴史に宿るエコロジー思想(三俣 学)
はじめに――コモンズとしての森
1.わが国の学校林史におけるノースロップの功績
2.ネブラスカ州のアーバーデイの起源とその成果
3.研究と実践の双方から育まれたノースロップの森林思想
4.埋没したノースロップの功績を掘り起こした執念の林業家・久我俊一
5.自然環境の中に教育を埋め戻す思想と文化
おわりに
第5章 地域と森林の時間軸・空間軸――流域圏と農山村の遺産(山本美穂)
はじめに
1.那珂川の歴史地理学的位置付け
2.八溝山地における木造長屋門
3.森林を管理できる行政主体とは何か
おわりに
第6章 平和の森――先住民族プナンのイニシアティブ(金沢謙太郎)
はじめに――最後の森
1.生活の森
2.木材の森
3.平和の森
おわりに――みんなの森
第7章 イノシシと日本人の関係史――自然領域と人間領域の適正な配分(小寺祐二)
はじめに
1.イノシシと人間の日本列島への渡来
2.農耕社会の発展とイノシシ
3.経済システムの変化と鉄砲の普及
4.近代社会におけるイノシシの分布域縮小
5.現代のイノシシと人間
6.これからのイノシシと人間
おわりに
第III部 森を支える制度
第8章 制度資本としてのコモンズ――政令指定都市の中の森林・林業を事例として(池田寛二)
はじめに
1.制度資本の機能不全としての日本の森林・林業問題
2.制度資本としてのコモンズ
3.政令指定都市の急造と森林・林業地域
4.相模原市青根地区の森林・林業の歴史と現状
5.今こそ必要とされる制度資本としてのコモンズの構築
おわりに
第9章 自然災害リスク管理と保安林制度のあり方――オーストリア・チロル州の保安林改良事業と野渓監護事業を中心に(古井戸宏通)
はじめに
1.欧州における保安林制度の展開――オーストリアを中心に
2.チロル州における保安林・リスク管理と財政措置
おわりに
第10章 林業労働者のキャリア形成支援と「緑の雇用」制度(興梠克久)
はじめに
1.林業労働力の歴史的性格と政策展開
2.「緑の雇用」制度の効果と課題
3.職業能力の「見える化」とその先にあるもの
おわりに
終 章 森林を社会的共通資本とするために(関 良基)
はじめに
1.森林所有の諸形態
2.各国の森林所有構造の比較
3.制度進化の具体的事例
おわりに
あとがき(関 良基)