安倍首相の最後の外交舞台となった先にシドニーで開かれたAPEC首脳会合の特別声明で、「2020年までにAPEC域内の森林面積を2000万ha増やす」という数値目標が入りました。これだけ増やせば炭酸ガスの排出量の11%削減に相当します。この数値目標に関しては、大いに評価します。
それにしてもAPECといえば、以前はワシントンコンセンサスの市場原理主義的改革ばかりをひたすら話し合う場でしたが、今回のはずいぶん様変わりしたものだと思います。森林の他に、エネルギー効率も「25%向上」が目標になりました。
「森林を2000万ha増やす」というのが計画目標だとしたら(実際には努力目標ですが・・・・)、もはや市場原理とは真っ向から対立するものになります。何せ、市場原理になんか任せといたら森林は減るばかりですからね。
消費者の効用最大化とか、企業の利潤最大化なんてものを無視してでも、社会的に必要な森林面積を市場原理よりも優越した価値として認め、計画的に実行せねば、こんな数字は決して達成できないでしょう。
前にもこのブログで書きましたが、APEC域内の森林面積というと、計画目標が市場原理に優越している社会主義の中国とベトナムで森林は大幅に増加しています。FAOの統計によれば、中国では近年は年間平均で400万haほど森林が増加し、ベトナムでは年間平均24万haほど増加しています。中国とベトナムの植林活動で年間1億トンほど炭素を吸収しています。しかしながらインドネシア一国で年間平均180万ha森林が減少し、同国のみの森林破壊で年間6億トン以上の炭素を排出しています。森林が増える量は、減る量に全然追いついていないわけです。
農業革命よりこの方、世界の森林面積は減少し続けてきましたが、歴史的な「反転」を実現せねばなりません。
2000万ha増やすという目標を達成するには、植林だけでは不十分で、天然林の減少を防ぐことがどうしても必要になります。市場原理に任せて天然林の伐採とプランテーション開発を野放図に行っているインドネシアのような国を、どうにかせねばならないのです。
木材やプランテーション作物の自由貿易に規制をかけてしまうのが、もっとも手っ取り早い方法だといえるでしょう。また、森林を破壊する産物に輸出関税と輸入関税を高くかけるという政策も有効でしょう。それによる輸出利益の損失分は国際的に補填してやらねばなりません。最近、WTO非加盟のロシアが木材の輸出関税を大幅に値上げしましたが、ロシアの森林保全には相当にポジティブに寄与するでしょう。
しかし、さすがに本来域内の自由化が目的の集まりであるAPECで貿易規制なんて話題が出るわけもありませんが・・・。
植林を効果的に進めるにはどうすべきか?
さて最近、私も著者の一人として、アジア域内で植林をどう進めるのかという問題について提言した「ポリシーブリーフ(政策提言書)」を出しました。発行元は、私が以前にパートタイマーとして働いていたとこです。タイトルは、「Designing Forestation Models for Rural Asia: Avoiding Land Conflict as a Key to Success」というものです。ここから全文ダウンロードできます。何を書いたのかというと要するに、「植林はいいけど農民の土地は奪っちゃだめですよ」って主張です。これは、ワシントンコンセンサスのイデオロギーに真っ向から挑戦する提言です。アジアの多くの地域ような山間部の人口密度が高い場所では、植林地の経営は企業がやるよりも小規模農家がやった方がよいという主張なのですから。国際的にどう評価されるかはまだ分かりませんけど・・・。
ちょっと原文を引用します。
****<引用始め>****
Therefore, where forestation areas overlap with land used
by local people, a contract type forestation model is
preferable to a company managed type model. A contract
approach can be superior from the viewpoints of social
justice, biodiversity conservation, and sustainability.
Nevertheless, contract type models require careful planning
to be successful. Special attention needs to be paid to
engaging smallholders, lest only large farmers capture the
contracts, and providing participating households with
well-designed technical and financial support.
*****<引用終>****
企業よりも農家が森林の経営をした方がよい。その理由は、企業のモノカルチャー造林と異なり農家は多品種生産するので生物多様性も高まる、価格がちょっと下がっても農家は企業と違ってすぐ経営を放棄したりしないので持続可能性も高い、何よりも貧困削減に寄与するというものです。生産コストの「効率性」など若干犠牲になっても、生物多様性や環境的便益、社会的厚生が高まった方がトータルに見ればよいのです。
例えばインドなんか、企業が森林を経営するのをハッキリと禁止しています。私有地においては農民しか森林の経営者にはなれません(国有地では国と住民組織の共同管理になります)。興味のある方はぜひ本文を読んでやってください。写真も豊富にあります。
日本農業への企業参入について
ここまで書いた関連で日本の農業問題も一言。今、日本政府は戦後の農地改革の遺産である自作農主義を放棄して、農地の利用権を企業に自由に貸与可能にしようとしています。農民が主体となった法人である場合うまくいくケースもあるでしょうが、ろくでもない企業がろくでもない投機的ビジネスをするケースが続出することが目に見えます。この政策は即刻止めるべきです。民主党の公約の直接所得補償政策で行くべきです。法人経営を許すにしても、農家が自主的に集まって作る農業生産法人に限定すべきでしょう。そちらの形態でしたら農的なものは失われませんし、農民側にしても相続税の負担から逃れられるなどメリットが大きいです。
さて、経団連と結託した日本のマスコミときたら民主党案を「バラマキ」と批判して、企業農場の自由化を賛美してばかりです。輸出企業に広告料で買収されて、論調も輸出企業寄りに捻じ曲げられている彼らが、何で政治家の受け取る企業献金を批判できるのでしょう。
だいたい企業に農地を集めたって、環境と景観が破壊されるだけで、そんなにドラスティックに競争力が高まったりしません。企業農場は日本の自給率の向上に関心を持つよりも、海外の大金持ちにでも特殊なニッチを見出して輸出用食料生産に狂奔するかも知れません。企業農場の自由化が、日本の食糧の安定供給に寄与するとは思えないのです。
今後、日本の工業製品の輸出市場としての米国は減衰する一方なのですから、米国の要求に沿う形で農業自由化する義理もなくなるのです。
もういい加減、新古典派のミクロ競争力至上主義の発想からは脱却すべきです。「効率」なんてものよりももっと大事なものがたくさんあるのです。食料の安定供給、食の安全、社会の安定、環境、伝統的景観などです。政府が国家予算を投入して農業を守るのがベストなのです。
それは決してバラマキなどではありません。そちらの方がマクロレベルでの内需拡大につながって、製造業から見ても輸出の減少を補う内需を生み出しますし、政府から見ても貧困増加による社会的コストを減少させるのですから、マクロレベルで見れば経済全体は効率化されるのです。
それにしてもAPECといえば、以前はワシントンコンセンサスの市場原理主義的改革ばかりをひたすら話し合う場でしたが、今回のはずいぶん様変わりしたものだと思います。森林の他に、エネルギー効率も「25%向上」が目標になりました。
「森林を2000万ha増やす」というのが計画目標だとしたら(実際には努力目標ですが・・・・)、もはや市場原理とは真っ向から対立するものになります。何せ、市場原理になんか任せといたら森林は減るばかりですからね。
消費者の効用最大化とか、企業の利潤最大化なんてものを無視してでも、社会的に必要な森林面積を市場原理よりも優越した価値として認め、計画的に実行せねば、こんな数字は決して達成できないでしょう。
前にもこのブログで書きましたが、APEC域内の森林面積というと、計画目標が市場原理に優越している社会主義の中国とベトナムで森林は大幅に増加しています。FAOの統計によれば、中国では近年は年間平均で400万haほど森林が増加し、ベトナムでは年間平均24万haほど増加しています。中国とベトナムの植林活動で年間1億トンほど炭素を吸収しています。しかしながらインドネシア一国で年間平均180万ha森林が減少し、同国のみの森林破壊で年間6億トン以上の炭素を排出しています。森林が増える量は、減る量に全然追いついていないわけです。
農業革命よりこの方、世界の森林面積は減少し続けてきましたが、歴史的な「反転」を実現せねばなりません。
2000万ha増やすという目標を達成するには、植林だけでは不十分で、天然林の減少を防ぐことがどうしても必要になります。市場原理に任せて天然林の伐採とプランテーション開発を野放図に行っているインドネシアのような国を、どうにかせねばならないのです。
木材やプランテーション作物の自由貿易に規制をかけてしまうのが、もっとも手っ取り早い方法だといえるでしょう。また、森林を破壊する産物に輸出関税と輸入関税を高くかけるという政策も有効でしょう。それによる輸出利益の損失分は国際的に補填してやらねばなりません。最近、WTO非加盟のロシアが木材の輸出関税を大幅に値上げしましたが、ロシアの森林保全には相当にポジティブに寄与するでしょう。
しかし、さすがに本来域内の自由化が目的の集まりであるAPECで貿易規制なんて話題が出るわけもありませんが・・・。
植林を効果的に進めるにはどうすべきか?
さて最近、私も著者の一人として、アジア域内で植林をどう進めるのかという問題について提言した「ポリシーブリーフ(政策提言書)」を出しました。発行元は、私が以前にパートタイマーとして働いていたとこです。タイトルは、「Designing Forestation Models for Rural Asia: Avoiding Land Conflict as a Key to Success」というものです。ここから全文ダウンロードできます。何を書いたのかというと要するに、「植林はいいけど農民の土地は奪っちゃだめですよ」って主張です。これは、ワシントンコンセンサスのイデオロギーに真っ向から挑戦する提言です。アジアの多くの地域ような山間部の人口密度が高い場所では、植林地の経営は企業がやるよりも小規模農家がやった方がよいという主張なのですから。国際的にどう評価されるかはまだ分かりませんけど・・・。
ちょっと原文を引用します。
****<引用始め>****
Therefore, where forestation areas overlap with land used
by local people, a contract type forestation model is
preferable to a company managed type model. A contract
approach can be superior from the viewpoints of social
justice, biodiversity conservation, and sustainability.
Nevertheless, contract type models require careful planning
to be successful. Special attention needs to be paid to
engaging smallholders, lest only large farmers capture the
contracts, and providing participating households with
well-designed technical and financial support.
*****<引用終>****
企業よりも農家が森林の経営をした方がよい。その理由は、企業のモノカルチャー造林と異なり農家は多品種生産するので生物多様性も高まる、価格がちょっと下がっても農家は企業と違ってすぐ経営を放棄したりしないので持続可能性も高い、何よりも貧困削減に寄与するというものです。生産コストの「効率性」など若干犠牲になっても、生物多様性や環境的便益、社会的厚生が高まった方がトータルに見ればよいのです。
例えばインドなんか、企業が森林を経営するのをハッキリと禁止しています。私有地においては農民しか森林の経営者にはなれません(国有地では国と住民組織の共同管理になります)。興味のある方はぜひ本文を読んでやってください。写真も豊富にあります。
日本農業への企業参入について
ここまで書いた関連で日本の農業問題も一言。今、日本政府は戦後の農地改革の遺産である自作農主義を放棄して、農地の利用権を企業に自由に貸与可能にしようとしています。農民が主体となった法人である場合うまくいくケースもあるでしょうが、ろくでもない企業がろくでもない投機的ビジネスをするケースが続出することが目に見えます。この政策は即刻止めるべきです。民主党の公約の直接所得補償政策で行くべきです。法人経営を許すにしても、農家が自主的に集まって作る農業生産法人に限定すべきでしょう。そちらの形態でしたら農的なものは失われませんし、農民側にしても相続税の負担から逃れられるなどメリットが大きいです。
さて、経団連と結託した日本のマスコミときたら民主党案を「バラマキ」と批判して、企業農場の自由化を賛美してばかりです。輸出企業に広告料で買収されて、論調も輸出企業寄りに捻じ曲げられている彼らが、何で政治家の受け取る企業献金を批判できるのでしょう。
だいたい企業に農地を集めたって、環境と景観が破壊されるだけで、そんなにドラスティックに競争力が高まったりしません。企業農場は日本の自給率の向上に関心を持つよりも、海外の大金持ちにでも特殊なニッチを見出して輸出用食料生産に狂奔するかも知れません。企業農場の自由化が、日本の食糧の安定供給に寄与するとは思えないのです。
今後、日本の工業製品の輸出市場としての米国は減衰する一方なのですから、米国の要求に沿う形で農業自由化する義理もなくなるのです。
もういい加減、新古典派のミクロ競争力至上主義の発想からは脱却すべきです。「効率」なんてものよりももっと大事なものがたくさんあるのです。食料の安定供給、食の安全、社会の安定、環境、伝統的景観などです。政府が国家予算を投入して農業を守るのがベストなのです。
それは決してバラマキなどではありません。そちらの方がマクロレベルでの内需拡大につながって、製造業から見ても輸出の減少を補う内需を生み出しますし、政府から見ても貧困増加による社会的コストを減少させるのですから、マクロレベルで見れば経済全体は効率化されるのです。