代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

利根川・江戸川有識者会議の論点(3) ―計算モデルの四重の誤謬

2012年12月06日 | 利根川・江戸川有識者会議


 10月16日に第7回の利根川・江戸川有識者会議が開かれ、国交省による1947年の洪水氾濫図のねつ造問題などが指摘されてから、4回続けて予定されていた有識者会議がキャンセルになりました。こちらは授業を休講にしたり、仕事を他の先生に代わってもらったり都合をつけて予定を空けるのが大変なのですが、国交省はいつも直前になって会議のキャンセルを伝えてきます。正直、ひどい迷惑をこうむっています。

 どうやら国交省は、選挙が終わるのを待っているのではないかと思われます。政権が代われば、私も来年3月の任期終了をもって委員から外されるのかも知れません。

 群馬県選出の自民党の議員の方々の中には、「美しい日本の国土・自然・農業・文化などを守るためにTPP反対」とおっしゃっておらる方がいます。その点、私もまったく賛同します。しかしながら、そうした方々は八ッ場ダムにも賛成なのです。私は、「何故、縄文から江戸までの貴重な遺跡の数々と、渓谷の自然美と、地域のコミュニティと文化を破壊する八ッ場ダムには賛成するのですか?」と問いただしたいです。子子孫孫に伝えていくべき、文化的・歴史的・自然的遺産を破壊することは、バーミヤンの大仏破壊に匹敵するような所業です。

 次回の会議がいつになるのかも分からない状況ですので、次回の会議に向けて私が書いた意見書を先に、ブログ上で公開させていただきます。

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        第8回利根川・江戸川有識者会議への追加意見書
                                    関 良基


(1)東大モデル: 平成10年洪水を再現できなければ検証にはならない

 前回の第7回会議で大熊委員から指摘のあった通り、国交省の新モデルを検証した「東大モデル」は、観測データの整った過去60年間で最大洪水である平成10年洪水において10%以上の計算の乖離が生じています 。計算流量の方が実績流量よりも過大に計算されているのです。小池委員は、これを「誤差」と呼びました。しかし、これを「誤差」で処理することは看過できません。

 これは実際には「誤差」ではなく、森林保水機能の増加による実績流量の低減効果が現れたものです。森林生長の効果による平成10年洪水での実績流量の低減幅(10%以上)は、八ッ場ダムの洪水調整節効果(数%程度)を上回るのであり、「誤差」で処理してはなりません。

 また、京大モデルも昭和33年洪水以外では、いずれも計算流量と実績流量のあいだに10%以上の大乖離が確認できます 。これらを「誤差」として処理することも東大モデル同様不可能です。
 そもそも国交省が利根川の流出解析をやり直し、新モデルを作ったきっかけは、2010年10月12日に河野太郎議員が行った国会質問と馬淵澄夫元国交大臣の答弁によって、昭和30年代から平成10年にかけて、森林保水機能を反映する飽和雨量の値に経年的変化が確認できたためです。当然、新モデルの構築を指示した馬淵澄夫国交大臣(当時)は、昭和30年代の洪水ではなく、平成10年の洪水を再現できるような流出解析モデルを構築することを求めていたはずです。

 ところが、東大モデル・京大モデルの双方においては、再び、昭和33年洪水に適合して、平成10年洪水からは乖離するモデルとなっています。これは馬淵元国交大臣が求めた検証の目的に反しています。本末転倒と言わざるを得ません。これでは国会質問にさかのぼってやり直さねばなりません。

(2)過大な計算流量を導く四重の誤謬

 現行の流出解析モデルには以下のように四重にわたって計算値が過大になる誤謬があります。誤謬は他にもありますが、本稿では私が重要と思う四点を指摘させていただきます。科学的には承認されていない仮定がいくつも積み重なっているのです。誤謬も四つ積み重なれば、現実から乖離した計算流量が計算されるのも当然だと思われます。

①国交省の貯留関数法モデルの流出率の係数が利根川の地質構造を正しく反映していないこと

 前回述べた通り、第三紀の火山岩層や花崗岩類では、300㎜程度の雨で最終流出率が1.0になることはありません。国交省が用いる貯留関数法の最大の誤謬は、流出率を傾き0.5程度の線と傾き1.0の線の折れ線として計算していることだと思います。実際の自然の流出過程では、そのように0.5から1.0へと突発的にギアチェンジが起こるといった現象は起こりません。0.5の次にいきなり1.0に飛んで計算してしまえば、大規模洪水では計算上の乖離が大きくなるのは当然です。
 実際、突発的にギアチェンジさせるというモデルの欠陥のために、旧建設省は過去において利根川の基本高水を2万6000㎥/秒と主張していたのでした。

②中規模洪水に当てはまったモデル定数は大規模洪水になれば当てはまらなくなること

 前回の会議でも若干触れましたが、中規模洪水から同定したK,Pと、大規模洪水から同定したK,Pは値が異なります。中規模洪水から同定したK,Pを用いて、それより規模の大きい洪水を計算すると、計算値が過大になっていくことは国交省の資料でも確認できます。
 小池委員は第6回会議で、大きな出水の際にPの値はだんだん0.6に近づき、0.6になれば貯留関数法の両辺の次元も合うようになると述べておられました。利根川の新モデルではPの値は0.3から0.68の範囲に散らばっていて、0.6に収束していません。この事から、3日雨量200㎜程度の中規模洪水から同定されたKとPの値を用いたのでは、やはりカスリーン台風のような300㎜を超える大規模洪水で計算値が過大になっていく傾向が発生すると思われます。

③実際には森林保水力の経年的向上があるにも関わらず、国交省はそれをないものと仮定して計算していること

 この問題は、前回の会議でも述べましたので繰り返しません。
  
④総合確率法の問題 

 仮に①~③の問題がなく、正しく引き伸ばし計算ができ、各降雨波形における正しい計算ピーク流量群が計算できたと仮定します。それでもなおかつ、国交省が利根川で用いている総合確率法の計算方法は承認できません。

 国交省は、あるピーク流量を決め、その流量を生起させるさまざまな降雨波形の雨量群を求め、それぞれの雨量群の雨量確率を平均したものが流量確率に等しいと仮定しています。この仮定は非現実的であり、承認できません。

 国交省の仮定は、あるピーク流量を導く雨量確率の平均値が、流量確率に等しくなるというものです。しかし各々の降雨波形がどのような確率で発生するのかは不明です。本来であれば、その雨量確率に、その降雨波形の生起確率を掛け、さらにそれを平均するといった操作をせねばならないと思われます。国交省が利根川で用いた総合確率法は、雨量確率が流量確率と等しくなるということを前提にしています。これは各降雨波形が等しい確率で発生するという仮定がなければ成立しません。日本学術会議が用いた表現を用いれば「降雨の時空間分布の影響が小さい」という仮定がなければ成立しないのです。

 国交省の新モデルを検証した日本学術会議も、この点を認めています。下の資料は日本学術会議が行った公開説明会の場の配布資料の27頁を引用したものです。
 



出所)日本学術会議「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価」2011年9月28日、公開説明会配布資料。(下線部は筆者加筆)
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/haifusiryoukoukai3.pdf


 日本学術会議は第一パラグラフで、「降雨の時空間分布の影響が小さければ、流量確率は雨量確率に等しい」と述べております。つまり「降雨の時空間分布の影響が小さい」という条件を満たさねば、総合確率法を用いてはいけないことになります。

 ところが、同じ頁の第二パラグラフにおいて日本学術会議は、「利根川流域では流出特性が流域内で大きく異なり、降雨の空間分布の影響が大きいと予想され、解析結果でも予想が裏付けられた」と論じ、こうした条件では「総合確率法による解析が推奨される」と述べています。第一パラグラフと第二パラグラフの内容は全く矛盾しています。検証した当事者たちも、混乱しているとしか思われません。
 一方で「降雨の時空間分布の影響が小さいこと」を「流量確率は雨量確率に等しい」という仮定を置く条件としながら、他方では「降雨の空間分布の影響が大きい」利根川において、「流量確率は雨量確率に等しい」という仮定を置く「総合確率法による解析が推奨される」と述べているのです。矛盾以外の何物でもなく、意味不明です。

 総合確率法を利根川に適用してよいのか否に関しては、第6回会議において、小池委員も自信が持てず、気象庁気象研究所の藤部先生に聞いたところ、「断定はできないがそういう考え方をしても良い」というご発言だったので、それを採用したとのことでした。しかし、その藤部先生にしても、「断定はできない」というのです。おそらくこの方法を利根川に適用することに対しては、専門家でもその正当性に自信を持てない状態なのではないかと推察されます。正しいのかどうか専門家ですら分からないような方法を用いて、4600億円の財政支出を正当化することなど許されてはなりません。

 常識的に考えると、仮に、1/80の雨量確率に対応する計算ピーク流量群が正しく求まったとして(実際には①~③の誤謬があるので計算流量は正しく求められませんが)、1/80の流量確率は、それらの計算ピーク流量群の平均値とするのが妥当と思われます。なぜ、そうした方法ではいけないのでしょうか。
そうした常識的に妥当と思われる方法を用いると、利根川の1/200の基本高水はどのような値になるのでしょうか。新モデルでは、どのような計算値になるのか不明ですが、現行モデル(旧モデル)の計算値を用いれば基本高水は1万7971㎥/秒となります。当然、1/80ではそれよりも相当に下がるでしょう。

 やはり少しでも大きい計算値が出る方法を採用しようとして、常識的な方法を排除し、誰にも分からないような方法の採用に至ったように思えてなりません。

(3)結論

 複雑で難解なモデルになればなるほど、市民は理解不可能になっていき、異論も出なくなります。しかし、複雑な計算の裏には、科学的には承認されていない仮定がいくつも積み重なっていることが分かります。
 これでは納税者は何も信じられなくなってしまいます。納税者にお願いして税金を使用させていただく以上、行政の計画は、市民にも分かりやすいシンプルなものであるべきだと思います。以上のように、誤謬に満ちた仮定を何重にも積み重ねた計算結果に依拠して、何千億円もの税金の支出を正当化することはできません。 
 


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