代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

民主主義とは輿論政治を実現すること

2016年02月23日 | 赤松小三郎
 いまからちょうど150年前の慶応2年から3年に、赤松小三郎が講義の場で門人たちに語っていた言葉は、本人の思想の核心を伝えるものである。小三郎の門人の大垣藩士で、後に陸軍少将となった可兒春琳は、大正時代になって、小三郎の講義の様子を次のように述懐している。可兒は、小三郎が京都で開いた衣棚の塾に寄宿しており、小三郎の身近でその薫陶を受けていた。
 小三郎は、大垣出身の可兒を含め、鳥取、肥後、越前など各藩の門人を、京都今出川の薩摩屋敷内の塾に連れていき、薩摩藩士たちと一緒に講義を受けさせていた。可兒が聞いたのと同じ言葉を、東郷平八郎、上村彦之丞、野津道貫、黒木為ら、のちの日本陸海軍の指導者たちも聞いていたはずなのである。

 可兒によれば、小三郎は英国陸軍の歩・騎兵と射撃に加え、世界の戦史、物理学、航海術、そして課外科目として世界の政治組織についても教えていた。「世界の政治組織」の講義の中で話していたことは以下のようなものであった。


「先生は常に輿論政治を主張して居られた『如何に賢明なる人とても神でない限り思ひ違い、考へ違ひがある。又少数の人が事を行ふ場合、感情、誤解、憎悪が附随するから失態がある。是非これは多数政治に據らねばならぬ――。』 先生は丁度今日の議会政治を主張しました。それは未だ開国するとかせぬとかかまびすしい時でしたから驚きました。(中略)
『外国の亡国の例を見るに、皆此の身分や階級の為、人材を野に棄て、貴族と称する輩が自己の無能を顧みずして専横を振舞ふたにある。(中略)多数の選挙によって選んだものを宰相とするのである。英国式を参考として日本の国柄に合はせるがよい。』常に先生はかく説かれてゐた。(千野紫々男「幕末の先覚者 赤松小三郎」『伝記』南光社、1935年5月:73頁)」



 小三郎は薩摩屋敷で堂々と、貴族を「無能」と呼び、無能を自覚しないまま世襲で権力を得た貴族の専横が、諸外国における亡国の原因であると激しく断罪していた。在野の人材を野に捨てる世襲権力に対する怒りが、小三郎の政治活動の原動力であった。

 小三郎は、「英国式を参考として日本の国柄に合わせる」という、新しい公議政体のかたちをはっきりと述べていた。天皇を戴くが、それは日本の国柄に合わせ、国民統合の象徴的存在としてであり、イギリス国王よりも、天皇の権限を縮小しようとしていた。

 イギリスの貴族院も同様である。小三郎は、現実との妥協から日本の議政局の上局はイギリスと同じように貴族(公卿・諸侯・旗本)で構成されるとしたが、イギリスの上院が終身制の貴族議員で構成されるのに対し、小三郎は、公卿と諸侯と旗本の中から「入札(選挙)」で30人を選ぶとしている。イギリスの貴族院を参考にしつつも、貴族であっても、能力があって、私欲なく、道理をわきまえ人材を議員にするためには選挙を経なければならないとしたのだ。単純なイギリスの模倣ではない、日本独自の方向を模索している。

 小三郎が、「米国式」ではなく「英国式」にこだわった理由も、明快に述べられている。小三郎は、アメリカの大統領のように、個人に大きな権限を集中させることは、決断の際の思い違いや、個人的の感情に左右されるリスクあり、失敗につながりやすいと考えていた。それゆえ、多数が合議して結論を下す「輿論政治」を主張したのである。強い個人のリーダーシップに依存するアメリカ型の大統領制よりも、こちらの方が日本の国柄に合致していると考えたのである。

 「輿論政治」という言葉は、今日では死語になってしまった。日本語として是非とも復活させねばならない概念だ。「輿論(ヨロン)」という概念は、今では「世論(セロン)」に置き換わってしまったのであるが、本来は全く違った意味で使われていた。

 「輿論(ヨロン)」と「世論(セロン)」この点に関しては、佐藤卓己氏の『輿論と世論』(新潮選書、2008年)に詳しい。「世論」とは世上の雰囲気であり、世間の空気のことである。それは操作されたり扇動されたりしやすく、移り変わりも激しいものである。
 それに対し「輿論」とは公的な場で、感情に流されず、理性的に討議されたうえでしっかりと練られた上で形成された公的な意見のことである。

 「民主主義」とは、決して移り変わりやすく流されやすい世論に迎合することではない。私欲に流されず、道理を明弁する国民代表により、議会の場で公に議論して政策を練り上げ、形成し、執行していくことである。これこそ小三郎が理想とした「輿論政治」の姿なのである。



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