前のエントリーに引き続き手前ミソな話題で申し訳ございません。私の著書が発売されたので紹介させていただきます。『複雑適応系における熱帯林の再生 ―違法伐採から持続可能な林業へ』(御茶の水書房、5700円)というものです。専門書なので相当に大きな書店にしか並んでいないと思われますが、ネットだと、こちらやこちらやこちらやこちらで注文できます。
写真は、本の表紙です。表紙の上の写真は伐採活動の様子、下の写真は伐採跡地で進む人工造林の様子です。本の内容は、この写真にあるような違法伐採活動に依存している地域社会(フィリピンのルソン島北部)において、略奪的な林野利用から持続可能な森林管理に移行していく様子をフィールドワークによって実証したものです。私が1995年から2000年の足掛け6年にわたって、毎年通って継続的に行なった調査の結果をまとめたものです。
発売されたら何か紹介文を書こうと思っていたのですが、前の11月8日の記事のコメント欄で、複雑系経済学の開拓者である経済学者の塩沢由典先生がすばらしいコメントをして下さいました。ありがたいことで感激いたしました。以下、塩沢先生が下さったコメントの一部を再録させていただきます。(私の下手な自己紹介文よりもよほど良いので)
<引用開始>
「(前略)熱帯林が生態系として複雑系だということは、いろいろな人が考えてきたことだとおもいますが、そこに人間社会も嵌め込んで複雑系と考えるというのは、関さんが始めてではないでしょうか。そこが植物生態学者から熱帯雨林に入った方と森林経済の立場から熱帯雨林に関心をもたれた関さんとのちがいなのでしよう。持続可能な経済・社会・生態系を再生させるというのも、じつに雄大ですばらしい構想です。(中略)
あとがきには、この概念が投稿雑誌でなかなか受け入れられなかったと書かれています。これまで大変だったことでしょうが、がんばってください。
サンタフェ流の複雑系を切り売りするのでなく、「ささやかな抵抗」を意図されている点にも感心しました。たしかに複雑系ブーム後、言葉だけを追って、複雑系の特性などまったく感心がないのではないかと疑わせるような研究がたくさん出ました。
どこか外国に留学して、新しいテーマをつかむと、帰国して、その解説をすることで「権威」として活動する。これでは、明治時代とあまりかわりませんね。日本にもすこしは独創的な学問の伝統があることを社会科学方面の研究者も知るべきでしょう。自然科学の方面では、もうあまりこういうことはなく、独自のテーマを追求している人が多いのですが、社会科学方面では、まだ遅れているとおもうことがしはしばです。(後略)」
<引用終わり>
この本に「書評」を下さったのは、塩沢先生がはじめてでした。こんなに早く書評が載るというのもネット時代の効用でしょうか。
以下蛇足ですが、この本の「売り」と自分で考えている点を挙げさせていただきます。
(1) 伐採フロンティア社会の構造を明らかにしたこと
東南アジアの商業伐採跡地の社会構造というのは、これまであまり真剣に研究されてきませんでした。商業伐採跡地の開拓社会は、一般の東南アジアの低地農村社会とも、山地の先住民社会とも大きく異なる、きわめて独特な構造を持っています。この本では、社会がなかったところに社会ができて、その内部で規範や組織が進化していくというシステムを扱っています。
(2) 複雑適応系のシステム理論を分析枠組みとして用いたこと
複雑適応系のアプローチを採用しています。もっとも、米国のサンタフェ研究所のアプローチの受け売りではなく、丸山孫郎の「構造生成」概念(1961年)と、それを発達させたウォルター・バックレイの「複雑適応系」概念(1967年)を継承して発展させたものです。その中で、塩沢先生による経済システムの進化論アプローチも大いに参考にさせていただいたのでした。
既存の社会科学諸分野の要素還元主義的ディシプリンは批判的に検討いたしました。「ミーム」「適応戦略」「ゆらぎ」「逸脱増幅」などなど、生物学・物理学・サイバネティックスなどの諸分野から、怪しげな(?)概念をたくさん導入してきています。
既存の人文・社会科学諸分野に対して、一応、挑戦状を叩き付けたつもりなのですが、かえって返り討ちにあうかも知れません。ご批判お待ちしています。
(3) 天然林伐採から人工造林への転換の道筋を明らかにしたこと
これは実証的なデータを積み重ねて論証しています。フィールド調査による実際のデータに基づいて、天然林採取林業から人工林育成林業への転換過程を明らかにしたのは、多分、世界的に見ても、この研究が初めてだと思います。
(4) 米国のコモンズ論に対する批判
クリントン政権時代、米国のUSAIDは途上国の民主化や住民参加型開発の導入などの援助プログラムで、かなり成果をあげたとされています。フィリピンのCBFM(コミュニティを基盤とする森林管理)プログラムも、そうした成果の一つとされています。私は「CBFMは、今のままでは失敗する」と結論いたしました。
米国型の「協同組合」の理念を、社会構造の全く異なるフィリピンに導入したことや、資源所有に関する米国の学者たちの理論的な欠陥などが、失敗の原因です。
詳しくは、ぜひ本を読んでいただきたいです。本の値段が高くて申し訳ございません。私のような無名の研究者が本を出すというのはじつに大変なことで、出版社も「売れない」と判断してあまり刷ってくれませんので、必然的に単価は高くなってしまいます。
研究者というのは最初の一冊を書くまでが本当に大変です。私はこれまで、他の先生方が編集する本などで、その中の一つの章のみを分担執筆するという形でずいぶんと本は書いてきたのですが、そうしたことを積み重ねて、ようやく一人で一冊の本を出せるまでになりました。
この本が成功すれば、私ももう少し不自由せず、生活も安定するのかも知れませんが、評価が低ければそれまででしょう。
まあ、日本の場合には残念ながら、実力とは関係ないところで、「ゴマスリ能力」や「他人蹴落とし能力」に長けた研究者が出世したりしてしまうことも多いのですが…。
写真は、本の表紙です。表紙の上の写真は伐採活動の様子、下の写真は伐採跡地で進む人工造林の様子です。本の内容は、この写真にあるような違法伐採活動に依存している地域社会(フィリピンのルソン島北部)において、略奪的な林野利用から持続可能な森林管理に移行していく様子をフィールドワークによって実証したものです。私が1995年から2000年の足掛け6年にわたって、毎年通って継続的に行なった調査の結果をまとめたものです。
発売されたら何か紹介文を書こうと思っていたのですが、前の11月8日の記事のコメント欄で、複雑系経済学の開拓者である経済学者の塩沢由典先生がすばらしいコメントをして下さいました。ありがたいことで感激いたしました。以下、塩沢先生が下さったコメントの一部を再録させていただきます。(私の下手な自己紹介文よりもよほど良いので)
<引用開始>
「(前略)熱帯林が生態系として複雑系だということは、いろいろな人が考えてきたことだとおもいますが、そこに人間社会も嵌め込んで複雑系と考えるというのは、関さんが始めてではないでしょうか。そこが植物生態学者から熱帯雨林に入った方と森林経済の立場から熱帯雨林に関心をもたれた関さんとのちがいなのでしよう。持続可能な経済・社会・生態系を再生させるというのも、じつに雄大ですばらしい構想です。(中略)
あとがきには、この概念が投稿雑誌でなかなか受け入れられなかったと書かれています。これまで大変だったことでしょうが、がんばってください。
サンタフェ流の複雑系を切り売りするのでなく、「ささやかな抵抗」を意図されている点にも感心しました。たしかに複雑系ブーム後、言葉だけを追って、複雑系の特性などまったく感心がないのではないかと疑わせるような研究がたくさん出ました。
どこか外国に留学して、新しいテーマをつかむと、帰国して、その解説をすることで「権威」として活動する。これでは、明治時代とあまりかわりませんね。日本にもすこしは独創的な学問の伝統があることを社会科学方面の研究者も知るべきでしょう。自然科学の方面では、もうあまりこういうことはなく、独自のテーマを追求している人が多いのですが、社会科学方面では、まだ遅れているとおもうことがしはしばです。(後略)」
<引用終わり>
この本に「書評」を下さったのは、塩沢先生がはじめてでした。こんなに早く書評が載るというのもネット時代の効用でしょうか。
以下蛇足ですが、この本の「売り」と自分で考えている点を挙げさせていただきます。
(1) 伐採フロンティア社会の構造を明らかにしたこと
東南アジアの商業伐採跡地の社会構造というのは、これまであまり真剣に研究されてきませんでした。商業伐採跡地の開拓社会は、一般の東南アジアの低地農村社会とも、山地の先住民社会とも大きく異なる、きわめて独特な構造を持っています。この本では、社会がなかったところに社会ができて、その内部で規範や組織が進化していくというシステムを扱っています。
(2) 複雑適応系のシステム理論を分析枠組みとして用いたこと
複雑適応系のアプローチを採用しています。もっとも、米国のサンタフェ研究所のアプローチの受け売りではなく、丸山孫郎の「構造生成」概念(1961年)と、それを発達させたウォルター・バックレイの「複雑適応系」概念(1967年)を継承して発展させたものです。その中で、塩沢先生による経済システムの進化論アプローチも大いに参考にさせていただいたのでした。
既存の社会科学諸分野の要素還元主義的ディシプリンは批判的に検討いたしました。「ミーム」「適応戦略」「ゆらぎ」「逸脱増幅」などなど、生物学・物理学・サイバネティックスなどの諸分野から、怪しげな(?)概念をたくさん導入してきています。
既存の人文・社会科学諸分野に対して、一応、挑戦状を叩き付けたつもりなのですが、かえって返り討ちにあうかも知れません。ご批判お待ちしています。
(3) 天然林伐採から人工造林への転換の道筋を明らかにしたこと
これは実証的なデータを積み重ねて論証しています。フィールド調査による実際のデータに基づいて、天然林採取林業から人工林育成林業への転換過程を明らかにしたのは、多分、世界的に見ても、この研究が初めてだと思います。
(4) 米国のコモンズ論に対する批判
クリントン政権時代、米国のUSAIDは途上国の民主化や住民参加型開発の導入などの援助プログラムで、かなり成果をあげたとされています。フィリピンのCBFM(コミュニティを基盤とする森林管理)プログラムも、そうした成果の一つとされています。私は「CBFMは、今のままでは失敗する」と結論いたしました。
米国型の「協同組合」の理念を、社会構造の全く異なるフィリピンに導入したことや、資源所有に関する米国の学者たちの理論的な欠陥などが、失敗の原因です。
詳しくは、ぜひ本を読んでいただきたいです。本の値段が高くて申し訳ございません。私のような無名の研究者が本を出すというのはじつに大変なことで、出版社も「売れない」と判断してあまり刷ってくれませんので、必然的に単価は高くなってしまいます。
研究者というのは最初の一冊を書くまでが本当に大変です。私はこれまで、他の先生方が編集する本などで、その中の一つの章のみを分担執筆するという形でずいぶんと本は書いてきたのですが、そうしたことを積み重ねて、ようやく一人で一冊の本を出せるまでになりました。
この本が成功すれば、私ももう少し不自由せず、生活も安定するのかも知れませんが、評価が低ければそれまででしょう。
まあ、日本の場合には残念ながら、実力とは関係ないところで、「ゴマスリ能力」や「他人蹴落とし能力」に長けた研究者が出世したりしてしまうことも多いのですが…。
複雑系には怪しげな印象もありますが、読まずに評する愚はしません。なんとか読んでみます。
>複雑系には怪しげな印象もありますが、読まずに評する
>愚はしません。
塩沢先生も書いておられましたが、一時期「複雑系」がブームになったことにより、流行を追っかけようとして、複雑系のシステムの本質をよく理解していないのではないかと思われる本がたくさん出たこともあって、それが複雑系に関する社会的な評価を落すことにもつながったように思えます。
流行が去っても、複雑系で本を書こうという人々は、真摯にその方法論の本質を理解し、発展させていこうとしていると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
気軽なコメントを書いて申し訳ない。
しかし高い本ですね。
学術書とはこんな値段なのですか。
『バカの壁』ぐらいに、もうちょい初心者向けっぽいのを1000円ぐらいで売った方が売れるような気もするしますが。
養老さんのレベルにならなると何十万部と売れるので1000円以内の値段もつけられるのですが、私ごときにはとてもとても不可能なことです。
このブログだって、一日100アクセスがやっとですので。今後ともよろしくお願いいたします。
おそらくすでにご存知でしょうが、「早瀬晋三の書評ブログ」でこの著作が紹介されていました。そして、ネットを漂っていたら、偶然このブログにたどり着きました。
早瀬先生の書評を読んで、購入を決めました。
バカ学生ですが、農学も齧っているので、一読してみようと思います。
それでは、失礼します。
歴史学者の早瀬先生から見ると、私が提示した枠組みは「わからない」と唸ってしまう部分が多いだろうと思います。しかし、分かってくださった部分もあったようで、大変に嬉しいことでした。
また、農学部のゴンタさんの目から見てどう思われるか、感想などいただけると嬉しく存じます。
私は社会科学系の研究をしているので、違法伐採をどうやって止めるのかという点が本のメイン・テーマです。また情報交換できると嬉しく存じます。
何かありましたらこちらにメールください。
alpinist@blue.plala.or.jp