『不毛地帯』はどうも困ったことになってきました。“戦争と日本人”という骨太な軸に、男のビジネス成り上がりサバイバルバトル風味で肉付けした、大人のストーリーを期待して録画視聴していたのですけれど、全国の視聴者の“困り声”が聞こえてきそうな案配です。
別にいいんですけどね、壹岐(唐沢寿明さん)は妻を亡くして男やもめ、千里(小雪さん)は能役者との長年の婚約を解消してフリー、何の障害もありません。
壹岐に視点を寄せて見ると、千里は非業の自決を遂げたかつての上官(中村敦夫さん)の遺児。千里の兄・清輝(佐々木蔵之介さん)は、階級や所属こそ違いますが同じ日本軍将校として、南方で大勢の部下を戦死させた自責の念から、肺結核に冒されながら山に籠って厳しい仏門修行で自らを痛めつけており、壹岐にしてみれば“世が世なら自分だったかもしれない”男をふたり家族に持つ女性が千里です。言わば自分の娘のような、妹のような存在。
壹岐と千里の間は、一般的な孤独な男女の惹かれ合いではなく、“戦争で家族が受けたダメージ”という影をともに背負う同士という側面もあります。向き合っているのではなく、同じ方向に延びる影を背に、同じ方向に向いている。
ソ連軍に「戦争責任は昭和天皇にあると証言せよ」と強要され自決した秋津中将は、壹岐にとって“自分もそうすべきだった”というリグレットと、“生きて秋津さんの無念を、終戦後の日本で晴らし、ご遺族を見守り支えねば”という責任感とを刺戟される、永遠の遺影。
その秋津の娘・千里が婚約を解消して女性としての幸せを先送りし、ニューヨークにまで追いかけてきてくれた以上、壹岐は受け容れ、気持ちにこたえてやらないわけにはいかない。千里と夫とのひそかな交流にやきもきしたまま亡くなった妻・佳子(和久井映見さん)への気遣いももちろん失っていないのだけれど、壹岐にとって千里は、異性として愛しいとかそそられるというのとは違う、“冷厳にはねつけ拒否すること能わざる”存在なのです。
そして千里が、父の最期に最も近くにいた人として、ほとんど父自身と重ね合わせる存在として壹岐を仰ぐのも、また自然。そして三十路に入っても独身で求道者的に(千里の場合は陶芸)生きることを選んだ女性が、擬似父、擬似兄のイメージで見る男性に自分を曝け出す場合、“身も心も捧げる”“抱いてください”というタームでしか、表出する言語を持たないということはあると思うのです。
千里が陶芸でなく、たとえば現代風のキャリアウーマンのように、外国語が堪能とかビジネスに有用な才を持っていたならば、“慕う男を仕事でサポートし、かけがえのない存在と思ってもらう”という道がありますが、軍人の父のもと戦前教育で育った娘の千里には、その面では壹岐と接点は持てません。佳子が健在の間は、自分の母もそうだった軍人の妻への敬意と遠慮があったし、“壹岐さんを好ましく思っているけれど、やましいことは決してない”と自認したいがための、ことさら潔白な言動をつらぬきましたが、いまや壹岐は異国で、家事はメイド頼みの独身生活を送るやもめです。千里としては“いま行かなければ、いま告白しなければ、一生後悔する”という彼女なりの覚悟がある。
そして壹岐は、他ならぬ秋津千里の目に覚悟を見てとれば、拒否することはできません。彼女を拒否することは自分の娘、自分の妹を拒否することであり、ひいては非運の上官を拒否することであり、彼と共有した日本国の尊厳、己の己たるプライドを否定することにもつながる。
………ただの、トウのたった男女が借り上げ社宅のアパートメントで抱き合ったりキスしたりしてるだけではない、こういう重い重い“戦争漬け、もしくは戦争の傷の後処理で青春を過ごした”世代の心理のアヤ、小説として味読するならばじゅうぶん伝わってくるし納得もできるのです。
ただねぇ、残念ながら、映像、なかんずく、TVのドラマなわけですよ。どうしても「こっ恥ずかしい…」「見苦しい…」感が拭えない。血中オンナ濃度がきわめて低い月河でさえこう感じるのですから、世の一般的な主婦や、働くOLさんならもっと不潔感や拒否感を覚えるのではないでしょうか。
ドラマでも映画でも、主要キャストのひとりのミスキャスト“単体”で作品がまるごと壊れることはないと思っている月河ですが、今作の小雪さんの千里役はどうにもフォローの余地が見当たりません。可憐さや、内的な陰翳のひだがほとんど感じられない。小雪さんが演技しているのをちゃんと見たのは映画の『ラスト・サムライ』だけですが、持ち前のモデル仕込みのスタイルを活かしてちゃんと機能していたし、TVのドラマで、主役級でずいぶん好評な作もあったはず。今作に限って、製作陣から彼女への役の読み込ませ方が足りないのか、演出が彼女パートだけ力不足なのか、逆に手を抜いてるのか、とにかくえらくデクノボウで邪魔くさい女に見えてしまう。千里が内に背負っているであろうもの、覚悟を決めざるを得なかった動機であろうものに比べて、表情や挙措が、単調にもほどがある。
妻役の和久井映見さんに比べて、割烹前掛けの似合う糟糠感や地味さが少なく、凛としてモダンな感じの人をということでの起用かもしれませんが、もうちょっと誰かいなかったかな…と思います。せっかくの2クール大作の大役なのに小雪さん自身もプラスにならなくてもったいない。
男性陣では里井の岸部一徳さんが依然、群を抜いていいですな。“次期社長”がチラつくと途端にわかりやすく相好が崩れる卑しさ加減もさることながら、心臓に爆弾を抱えている設定なんだろうけど、あのホラー演技ですよ。見ました?胸突き破ってエイリアンみたいの出てくるかと思った。さもなきゃクズかごに顔突っ込んで、上げたら顔面緑色に変わってるとか。
いつも思うんですけど、俳優さんって、酒飲まないでベロンベロンな演技したり、痛くもカユくもないのに断末魔演技したりするんですよね。それが仕事、プロとは言えすごいなと思います。