一昨日(7日)の小泉進次郎議員と滝川クリステルさんのダブルめでたい発表の後の、各方面フォロー報道(「本当はホレこんなに計算された発表日程だった」等)の中で、ひそかにいちばん株が上がったのは進次郎さんのおニイ小泉孝太郎さんではないでしょうか。
進次郎議員=「めでたい、お相手ともども華ありお似合い、でもデキ婚微妙」→プラマイゼロ“前日と変わらず”、クリちゃん=「前からしたたかだと思ってたらやっぱりしたたかだった」→同じく“前日と変わらず”、に対し孝太郎さんは、“いい兄貴”感があふれ出ていて、前日比△100円ぐらいになったと思います。
話題のトマト柄シャツ、月河は初見の画像がちっこい画面だったのでイチゴに見えました。『警視庁ゼロ係』で屋上栽培してたアレだな?とすぐピンと来ましたが、7月からの今Seasonはトマトになってたのね。イチゴはバラ科ですが、トマトはナス科なので、「ナスビの花にはムダがない、みんな実と成る」という意味を秘めた、すでにお腹にデキてるカップルへの、婉曲で上品(?)な考えオチ的ハナムケかもしれない(んなことないか)。
何が微笑ましいって、三代も四代も大臣や代議士を輩出してる政治家一家のアラフォーの長男坊と次男坊が、おウチ飲みしながら「オレ今度結婚するんだ」「(彼女の)写真見る?」なんて言ってる世界があるの、なんかホッとしますよね。二人ともいいトシなだけじゃなく、幼いときに実のお母さんが赤ん坊の末弟連れて家を出ちゃって、男手で育って来た、非常に特殊なご家庭の息子さんたちです。
おニイが早くから芸能界志願で政治家業にタッチせず、二人まったく別の道を歩んできたのも良好関係の元かもしれない。同じ政治家界の鳩山兄弟とか、角界の若貴兄弟とか、兄弟同じ世界でお互いの手の内ハラのうちを横目で見ながら並走でやってると、やっぱりクソッとかケッとかチッとか思うことが多くて徐々にプライベートでもヒビが入っていくのかも。
芸能界では、高嶋政伸・政宏兄弟とか、渡哲也・渡瀬恒彦兄弟など、良い感じの兄さん弟さん結構いますけど。男子限定血縁世襲でもってる歌舞伎界なんかなら、もっといるんじゃないかな。不勉強でよく知らないけど。『いだてん』の中村勘九郎さんにも、二つ下の七之助さんという弟さんがいるし。
芸能界は、角界や一国の政界と違って、たとえば俳優でも“フィールドやキャラの棲み分け”が可能ですからね。うち揃って総理総裁、横綱という“頂上のひとつっきりの椅子”を目指してるわけじゃない。
たぶんここで書くのは初めてじゃないかと思いますが、月河はここしばらく、「好きな俳優さんとかいる?」と訊かれたら(“とか”には、アーティスト・芸人・キャスター・男子アナ等“媒体に顔晒す業全般”が包摂されると見られ)、「いる。小泉孝太郎くん」と答えているんです。
もっと前からぞろぞろいる、おもに特撮ヒーローorアンチヒーローOBの諸君をさしおいて、なんで孝太郎さんかといいますと、何がいいってこの人「ラク」なんですね。
「好きな男性芸能人は?」という質問への答えとして、実にラク。俳優としての活動期間がそこそこ長く(約18年)、休養や充電や干され期間が挟まらずほぼ出ずっぱり、知名度、顔認知度が過不足なくて、しかも「この人と言えばアノ作品のアノ役!」と、ほか全部思い出せなくなるほどのものすごい大ヒット作、当たり役があるかっつったら無い。色染まって取れなくなる級のゴシップもない。
いちばん好都合なのは、「好きな俳優さんいる?」に「小泉孝太郎くん」と答えると、ヘンに食いつかれたり掘り下げられたりしない。「あー・・」って、わりと“きれいめ”に会話のテンションが落ち着く。「おぉー(ニヤニヤ」「・・へぇー(怪訝→ドン引き」「えーウソー(嘲笑」「・・誰?何に出てる?(無知」とかのリアクションを、絶対呼ばない。「結構、出てるよね」「売れてるよね」、せいぜい「(演技)うまくなったよね」ぐらいで“この話題終了”してくれる。
たとえば、「高橋一生さん」「佐藤健くん」「綾野剛さん」なんて答えると、『いだてん』の金栗四三さんじゃないけどばばばばっ!と作品名や役柄名が幾つか、たちどころに出てきて「アレ見てたんだー」「ああいうの好きなんだー」・・ってことは・・と、映画やドラマにとどまらない趣味嗜好を類推されまくる。「横浜流星くん」なんていま答えたら、えらいこったよ。寿命縮まるよ。逆座標で「古田新太さん」「リリー・フランキーさん」なんてのもいたずらに燃料投下する。
・・まぁこういうのは、質問されたり勝手に答えたりする“客側”のラクさですが、孝太郎さんの側の持ち前の“ラクさ”の源は、失礼を承知で言えば“副業感”だと思う。
脇レギュラー多数、主演シリーズ作も少なからず役者稼業二十年選手になろうかというアラフォー男性俳優さんつかまえて失礼も甚だしいので、もっと穏当に“初々しさを失っていない”と言ってもいいんですが、この人の、正視に耐えないほどの大根君だった頃~ヤなヤツ、クセ者役までこなせるようになったコンニチまで、常に持つ“うっすら、でも途切れない余裕ぶっこき方”“ガツガツしなさ”、“微量浮いてることへの無自覚”を表現するには、“副業感”以上に適切なワードが思いつかないのです。
「この人、別に役者やらなくても人生困らないだろうなあ」という安心感、チカラの抜けどころが常に用意されている。名士の二世で何不自由ないお坊ちゃまだから当然・・というだけでは、必ずしもありません。有名大御所俳優の二世タレントなど、バラエティで自虐トークとか罰ゲームやらされていてもどこか「親父が偉いから出させてもらっていい気なもんだよ」と嫌悪感をかき立てるだけですが、孝太郎さんの場合、“別に困ってない”感じがほぼ百パー好感のほうにつながっている。これは孝太郎さんの持つ、演技力とか容姿などの芸能スペックとは別建ての“才能”と言っても良いでしょう。
もうだいぶ前になりますが、ここで“長嶋一茂さんのハードルの低さ”についてポジティヴに書いたことがあります。“常に比較される対象(=父・長嶋茂雄さん)が凄すぎるから、劣っても誰も「しょうがないよね」「あのレベルを求めちゃ酷」と非難しない”“人生の最初に(父親と比較されるに決まっているのに果敢に)野球を選択したから、やめたあとイマイチでも「野球ばっかりやって来たんだし」と斟酌してもらえる”という、一生もののギフトを一茂さんも持っていますが、非難はされず斟酌はしてもらえても、“好感”にまで至っているかというと、やはり疑問符が付く。“天然”(=ポジティヴ)と“イケシャアシャア”(=ネガティヴ)の間でかなり(野球選手だけに)(?)スウィングしている。
“別に困ってない”をポジティヴな持ち味に変換できるのはやはり才能です。孝太郎さんは胸を張っていい。困ってないんだから、張らなくてもいいか。どっちなんだ。
役者が“副業”っぽいなら、本業は何かというと、やっぱり“変人政治家一家の長男坊=おニイ”。つまりは、急に前日比値上がりしたわけじゃなく、元から高値安定株だったのでした。なんだかむしょうにトマトが食べたくなったぞ。
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