イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

刑事コロンボ『黒のエチュード』 ~指揮即是空~

2020-06-27 01:32:37 | 海外ドラマ

 外出自粛推奨で良かったことのひとつに、テレビ、FMラジオや雑誌など、最近流し気味だった媒体ソフトを改めてまじめに見だしたことがあります。

 久しぶりに新聞ラテ欄のテレビ番組表をちゃんと見ると、おぉ、NHKBSプレミアムで『刑事コロンボ』がまた放送されているではないか。一昨年と違って、今度は人気投票上位だけでなく旧シリーズの45エピソードを一挙に放送中らしい。

 6月3日『黒のエチュード』。これも調べると日本国内初放送は1973年で、以降少なくとも2回は見ているはずですが、改めてアタマからちゃんと見ると、忘れていたパートのほうが多い。

 ショパンの有名曲『黒鍵のエチュード』を思い出させるサブタイでもあって、てっきりピアニストが犯人の話だったと間違えて覚えていました。

 冒頭、犯人が殺人の計画をまとめるかのように自邸のピアノを乱れ弾くシーンから始まるので勘違いしていたかもしれません。犯人アレックス・ベネディクトはクラシックオーケストラの指揮者で、ピアニストは殺されるほう、アレックスの不倫の愛人。

 アレックス役ジョン・カサヴェテスは『グロリア』のジーナ・ローランズの夫で、俳優よりはインディペンデント映画の雄として知られ、ピーター・フォークとも長い親交があったとのこと。日本で言えば、松尾スズキさん主演の芝居に宮藤官九郎さんが客演するようなものでしょうかね。ちょっと違うか(だいぶ違うか)。

 例によって倒叙で最初に描写される殺人シークエンスを見ていて、忘れていた理由がなんとなくわかりました。出合いがしらや思いつきではなく一応計画殺人なんだけど、手口がえらく粗くて、シロウトが見てても完全犯罪になりそうもないんです。

 犯行のために自分がナマ身で移動しなければならない動線が長いし、真っ昼間グラサンだけで裏口を抜け出し修理工場のガレージに忍び込んで、預けておいた自動車をみずから運転。シャッターも自分でガラガラ引き上げ引き下ろす。殺し方も彼女の演奏中を背後から、2サスみたいな灰皿で頭部に一撃というアラワザで、トリックらしいトリックと言えば、自分の車を「アイドリング不調」と口実作って工場に預けておいて“コンサートの前で楽屋にこもっていたから外出はできない”との偽のアリバイと、キッチンのガス全開にして椅子から転落しオーブン扉のカドに頭を打って死んだように見せかける自殺偽装ぐらい。おまけに遺体をピアノからキッチンに運ぶ際に衿に挿していた花を床に落としてしまい、指揮中に気がついて、警官だらけの現場に自分で駆けつけ拾って挿し直しているところをコロンボに見られる始末。わかりやすく怪しすぎ、コロンボを手こずらせる互角の勝負とはほど遠い。

 しかもコロンボはアレックスが来る(そして花を挿すのを見とがめる)前から、ジェニファーのスクラップブックを閲覧し、「こんな美人で、才能があって前途洋洋の若い娘が自殺するはずはない、何かある」「男だよ男」とほぼお見通し。初放送の1973年当時、この辺で集中力を失って流し見になったから、犯人はピアニストだったとか記憶が怪しくなったのかもしれません。

 しかし、今回改めて、夫の不倫に事件後に気がつくアレックスの妻ジャニスのほうに注目して視聴すると、コロンボのアリバイ崩しや犯人との駆け引きとは別の味が、このエピソードにはあります。

 ジャニスは金持ちの娘です。見たところジェニファーよりうんと年が行っているわけでもなくせいぜいアラサー、金髪に空色の目、テニスウエアも似合うすらりとした容姿で客観的にはそれこそアンジャッシュ渡部じゃないけど「何の不満があって浮気なんか」と思う申し分ない美人妻(ちなみに演じるブライス・ダナーはグウィネス・パルトローの母)。

 彼女の母親リジーは資産家で、アレックスが専属を務める南カリフォルニア交響楽団の理事長である。当然アレックスのいまの地位は娘婿だからこそ。リジーはアレックスの指揮者としての手腕は評価しているが、人間性には全幅の信頼を置いていない。金持ちの母親からは、娘の男はみなカネ目当てに映るものだ。この婿は自信家で派手好みで、油断がならないと思ってときどきチクリと釘を刺したりネジを巻いたりしている。アレックスも承知のうえで愛想良くし、リジーのご機嫌を取り結ぶのに余念がない。万が一不倫が知られたらいまの地位も、優雅な生活も失うことはわかっている。ジェニファーに「隠れた愛人はイヤ、奥様に話して」「話してくれないなら私が関係を公表する」と迫られて進退窮まり犯行に及んだのだ。

 開演時間が迫り「ウェルズが来ない、自宅電話も話し中のまま連絡がつかない」との報が楽屋に届く。受話器がはずれているのかもしれないと、アレックスは激怒して(見せ)、すぐに電話局を呼び出してジェニファーの番号を伝え調べさせる。秘書にも尋ねず電話帳もメモも見ないで七ケタの番号をすらすら言った。聞いていたジャニスはハッとする。夫はジェニファーと親密だったのではないか。

 ジェニファー宅から深夜に戻った夫に、ジャニスは「どんな関係だったの」と詰問するがアレックスは取り合わない。仕事仲間には深入りしない、わかっているだろう。「私に我慢してるってこと?」「あなたはなぜ私と結婚したのかしら」。ジャニスは少し前に睡眠薬を服用しようやく効いてきたところで、潜在的に抱えて来た不安がおもてにこぼれて来ている。ジェニファーは若く、才能にあふれていた。夫は惹かれていたかもしれない。ひるがえって自分はどうだろう。日頃は夫は優しく、よく冗談や猥談もし自分を楽しませてくれ、愛し合っていると信じて疑わなかったが、ジェニファーに比べたら温室育ちの自分は退屈で凡庸な女なのではないか。ジェニファーに無くて自分に間違いなくあるものと言っては金だけ、それも自分のカネではなく母親の財産だ。夫が魅力を感じているのは自分が相続するはずの財産だけではないのか。

 持てるものがあまりに多いと、自分に“付いている価値”に比べて、自分が“持っている価値”が低いように思われて落ち着かなくなるのです。ジャニスもおそらくは名門寄宿学校から名門女子大に進み、欧州遊学などもして箔を付けただろうし、指揮者夫人となったいまも週一のテニスレッスンなどしてシェイプアップにつとめているが、理事長としてオケを差配する母親と、夫との間で日頃からひそかに神経をすり減らしている。

 コロンボは「カミさんが先生の熱狂的なファンで」とアレックスの自尊心をくすぐりながら、「サインがもらえたら」を口実に豪邸を訪ね、固定資産税や使用人の話から年収を割り出し、自動車修理工場にも高価なスポーツカーを褒めながら自分の(おなじみの)ボロ車で押しかけて、アレックスの暮らしぶりを探る。工場の車の保管場所、侵入できる窓、犯行現場への往復は可能だ。往復した距離だけ走行メーターも歴然と上がっている。

 アレックスに致命傷を与えたのは、やはり現場に落とした花でした。犯行帰りで指揮台に立ったときの録画のビデオでは、アレックスのタキシードに花はありません。しかし指揮を終えて楽屋でジェニファー自殺の報を聞き現場に駆けつけ、出て来たところをテレビ局のインタビュアーに囲まれて答える映像では、なぜか花をつけている。「現場のピアノの下に、犯行の時に落としたのを拾ってつけた、その時しかない」とコロンボは問い詰める。アレックスは「違う、演奏が終わったあとでつけたんだ、あのときは混乱していたから」「妻がいつも新しいのを届けてくれるから」と、あろうことかいちばん夫の不倫を信じたくないであろう妻に意味ありげな視線を送り下駄を預ける。

 そして「奥さん、奥さんのご記憶もそうですか、終わったあとにお付けになりましたか」と、コロンボもジャニスにボールを投げるのです。

 ジャニスの答えは「いいえ、・・あとからはつけなかったわ」「アレックス、ほかのことならあなたのために何でもしたけれど、でも、これだけは・・」

 ・・コロンボはジャニスをテニスコートに訪ねたとき、あの花はジャニスが庭師の手を借りずに作った花壇で、コンサートで夫の胸を飾るために栽培していると、彼女が誇らしげに語るのを聴取しています。ジェニファーに愛人がいたようだと話すと、急に表情を険しくし「夫はお役に立てないと思います」「演奏家と個人的なお付き合いはしません」と憤然と立ち去った様子から、彼女がひそかに抱く夫への疑念も察した。

 アレックスは土壇場で妻が自分を庇ってくれるほうに、コロンボは愛が本物だからこそ裏切りを許さないであろうほうに賭けた。アレックスの負けでした。

 浮気はしたけれど、君を失いたくないから彼女のほうを排除しようとしたんだよ、僕は君を選んだんだよと、アレックスは伝えたくて目配せしたのかもしれない。しかしジャニスは“私に付いている価値”しか見ていない夫の一面を、すでに察してしまった。水が盆からこぼれていなかった時間に戻ることはもうできないのです。

 気休めのように夫は「僕は有罪だ・・でも君を愛していた、いまわかった」「証言のときそれを思い出してくれ、いいね」と言い置いて警官に連行されていきました。

 心ならずも、自分がとどめを刺す役回りとなりしばし茫然としているジャニスにコロンボは「・・お察しします」と声をかけ、もうひとりの警官に「お宅までお送りして」と指示します。

 部屋を出るジャニスの胸には、「夫の言う通りです、あとで付けたんです、見ました」と答えれば、夫を救えただろうか?との自問自答が去来していたに違いありません。共犯同然となるが、夫は感謝してくれるでしょう。しかし、その夫と、この先もずっと、水のこぼれた世界で、嘘を共有しながら生きていく未来を、ジャニスは描けませんでした。

 あるいは、せめて妻の手でとどめを刺されたくて、アレックスはコロンボの詰問に「話しなさい」と下駄を預けて来たのかもしれない。そう考えるほうが、ジャニスは救われるかもしれません。

 オープニングクレジットで、Special Guest Star扱いになっているリジー役のマーナ・ロイが、さすがの貫録でドラマを引き締めます。戦前は謎の女的な役を得意としていましたが、戦後はシリアスな作品で賢い女性、誠実な人妻役を多く演じ、このエピがアメリカで放送された1972年には60代後半だったと思いますが、サテンのイブニングドレスも、都知事並みのあざやかなグリーンの、マリン風スーツもよくお似合い。

 リジーはひとり娘ジャニスに、随所で支配的な言動も垣間見せつつ、ジェニファーの自殺が三面記事で報じられると、財団理事の一人で新聞社の主筆らしいエヴァレットが配信社の幹部と昼食をとるクラブで待ち伏せ、「いい所でお会いできたわ」と偶然を装って、今朝秘書に作らせたというジェニファーの名を冠した奨学金の議案を見せ、記事に書くよう促します。「有名人ですからゴシップは仕方がないけれど、出ないに越したことはないでしょう」「あの人はうちのオーケストラには来たばかりで、身内というわけではなかったわ」と、言葉巧みにオケのイメージが悪くなる報道を封じます。

 このあと、ジェニファーの隣家に住む少女の目撃証言でジェニファーの前彼=オケのトランペット奏者ポールが聴取を受ける羽目となり、理事会で彼の処分が取り沙汰されたときのリジーの対応もお見事。

 「オーケストラは娘のジャニスと同じ私の宝、どちらかでも傷つける者は容赦しません、例外は認めません」と断言するリジーにコロンボは舌を巻き「ベネディクト先生でも?」と尋ねます。リジー「それこそ許せませんね」。コロンボはこれで、アレックスの危うい立場が改めてわかり、鍵を握るのがジャニスであることも確かめたはずです。

 音楽家とその世界が主役となるエピですが、劇中音楽はオケの演奏場面より、むしろポールが副業で演奏するジャズクラブの音、隣家の少女が習うバレエ教室の曲への切り返しがいちばん印象に残りました。これも今回の視聴での新発見。

 あと、アレックスの豪邸の使用人役で『ベスト・キッド』シリーズのミヤギ師匠でおなじみパット・モリタの顔が見えました。

 未確認なのですがリジーにクラブで待ち伏せされる理事エヴァレット役は『ポリス・アカデミー』シリーズの金魚鉢校長でおなじみジョージ・ゲインズだったような気がする。アレックスにジェニファーの遅刻や、自殺で発見されたことを知らせる秘書兼マネージャーのビリー(ウィリアム)役は、シリーズ後半のエピでこのブログでも一昨年の放送時に書いた『秒読みの殺人』のフィルム映写技師役だった人のように見えましたがどんなもんでしょう。正しい情報をご存知のかたはぜひ指摘してください。


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