『エゴイスト ~egoist~』を最後にまとめておかないと、次の作品に進めませんね。全8週の第4週からは、体当たり新人スタイリストだったはずの明里(吉井怜さん)が、実母で落日大女優の玲子(川島なお美さん)の引きでまさかの女優デビュー、物語の地合いが一変しました。
スタイリスト時代から滑舌もっちゃり加減が気になった吉井さん演じる明里が、人気ナンバーワン若手女優としてもてはやされる展開には、さすがに違和感を覚えた視聴者が多かったのではないでしょうか。世界的名声を誇る朝倉監督(森次晃嗣さん)からの劇場映画主演指名を受け、レストランで食事かたがた面接オーディションを受けた辺りから「ワタシは女優よ」スイッチが入っていったのはなんとなくわかりましたが、まぁ、地味に暮らしていたそこらへんのポッと出の若い娘が、何かで俄かに有名になって、行く先々でちやほやされるようになったら、多かれ少なかれ年中テンパって様子様子して、あんな感じになっちゃうかもと想像できなくもない。
芸能界ではない一般人の世界でも、物心つくころからずっと「美人」「可愛い」と言われ慣れて育った女の子は、いい年になればちやほやに対処するすべを身につけていますから、逆に物腰もファッションもさっぱりと自然体なことが多いですが、ずっと地味で来て、進学・転校や就職転職、あるいは人為的なお直し、ダイエットなどを機に突然“モテデビュー”してしまった子だと、“可愛くしていることに目的があって、それが露呈している”ため、明里ほどではなくても何かにつけスタックアップして、年中鎧兜まとって痛々しいもの。明里のキャラクターはそこらへんをカリカチュアライズしていたのかもしれません。
ただ、明里が振りかざす“女優のプライド”は、女優としての名声と引き替えに、実娘の自分を乳飲み子のうちに捨てた玲子への面当てにほかならず、演技のプロとしての自負や誇りではないので、大きな声を出してツンケン高飛車に振る舞えば振る舞うほど虚勢が透けて見えなければなりませんが、そこらへんの描写がちょっと物足りなかった。とにかく明里と玲子と香里改めKAORI(宮地真緒さん)、あとイノセントスフィア出身のトモ美(一青妙さん)以外女優がいないような芸能界ですからね。
多少難があってもこのドラマを視聴続けようと決めた最大の動機は、2ヶ月クールに短縮したことの是非を見届けたいと思ったからですが、この点、残念ながらもろ手を挙げて是と言える出来ではなかったように思います。4対6ぐらいで非が上回った気がする。
ひとつは放送期間中にも書いた通り、テンポ感や見逃せなさを追求するあまり、短い期間、少ない話数にエピソードやイベントや見せ場を隙間なく詰め配置し過ぎ、たとえば前述のように明里が“女優たること”に異常に執着し出した動機や過程など、人物の重要な心理のあやが駆け足になってしまったこと。
特に、スペシャルドラマ大ヒット以降の明里の“女優の現場”での階段の上がり方、成長と図に乗り方のプロセスを、劇中劇や共演者たちとの衝突などで描き込めなかったのは、予算の関係(劇中劇用のセットやロケ現場を構成する手間と費用)もあるでしょうが、やはり話数、時間の少なさの弊と言わざるを得ない。序盤の西条玲子主演『シングルウーマン』やスペシャルドラマ『絆』にはちゃんと劇中劇シーンがあったのに。
これに付随してもうひとつ、昼帯ドラマに無くてはならない“障害の多い恋愛”要素がきわめて希薄になってしまった。玲子亡夫の連れ子・俊介(林剛史さん)と明里が、TVのこっち側から見て“結ばれてほしいお似合いのカップル”になかなか見えなかったのです。俊介が、禁断の関係が続いた継母玲子と明里、どちらをより切実に愛しているのか、ドラマ的に長いことはっきりしなかった上、玲子の俊介に向ける気持ちも“継母としての親心”を原点に、社会的にはタブーであっても決して醜悪に否定的に描かれていたわけではないので、一層明里⇔俊介のベクトルは薄くなった。
「自分が玲子の娘」と偽って玲子のもとに入り込んだ香里の「兄ちゃんじゃヤだ、恋人になりたい」というストレートな求愛のほうが、見ていて「感心しないけど、このコ一生懸命だよな」と気持ちを沿わせられました。最初はワイドショー野次馬的好奇心、そのうち“セレブ御曹司”という合コン的リスペクト、やがて「明里のことが好きなのね、私負けない、奪ってやる」と競争心にも火がついて、気がつけばマジ惚れ…という過程は、香里と俊介じゃファッションセンスや立ち居からしてお似合いとは到底言えない、ひとり相撲な分、一層説得力のある片思いぶりだったと思う。
明里の場合、俊介との一夜きりで終盤は妊娠してしまったので、気持ちが俊介よりお腹の子に行ってしまったこともあります。“子を捨てない”は実母玲子を越えるために、明里としてはどうしても譲れない項目。よって男としての俊介のほうも蚊帳の外気味になった。
明里に先んじて、玲子のほうが先に俊介の子を身ごもり、産む決心をした矢先に、俊介の身を案じるあまりの事故で流産の悲しみに耐えていることも、明里の影を薄くしました。全体的に、玲子が“ヒロインの親世代”扱いでおさめるにはあまりにヒロイン性を持ちすぎている(公式トップや宣材写真でも明里・香里との3ショット)ためにぼやけた箇所が多い。2世代にまたがる3人ヒロインをコントロールし切るについても、8週40話では容量不足だったかもしれない。
俊介役・林剛史さんについては、月河は本当にほとんど『デカレンジャー』のホージーだけの印象だったので、大企業御曹司で大半スーツ姿になってみると、こんなに身体の線の細い人だったとは思わなかった。身体だけではなく、顔もホージー時代より細くコケてませんか。『デカレン』ボーイズ写真集での個別インタビューで、子供の頃はお腹が弱くP(ピー)ちゃんと呼ばれていた…との話も読んだ記憶があり、2ヶ月放映とは言え昼帯の過密収録もこたえたのではないかと思いますが、ヒロインを救い幸せにしてあげてほしい王子さまというより、“強いエゴイスト女性たちの被害者”なイメージのほうが終始強い役になってしまいました。関西人の林さん、ホージー的な“スカしすぎて可笑しい”味がもう少し出て、ユニークな相手役になるかと思っていたのに、昼帯のプロデューサー陣は、ヒーロー俳優さんをキャスティングしても、当のヒーロー作品を観て演技や持ち味のチェックなどしないのかな。
もうひとつは、話数ゆえに“物語世界を広げられなかった”ことがあります。女優が3人か4人しかいないような昼ドラサイズのフィクション芸能界でも、“芸能界と縁のない世界”の存在や呼吸を合い間に入れ込むことで、ドラマ世界にパースペクティヴが生まれ、立体感ができる。
同じ小森名津さんメイン脚本の『女優・杏子』(01年)では、杏子が活躍したり干されたりする芸能界の対極として、杏子の俄か付き人となった介護ヘルパー受験勉強中の智子と、マル暴刑事のその兄、という世界を提示しました。
杏子が暴力団関係の店にイベント出演していたことで事情聴取される際、智子の頼みで兄が助言を与えたり、智子のヘルプ先の老夫婦が往年の人気女優と駆け落ちしたカメラマンだったり…と、智子世界絡みのエピは、杏子さんの活躍浮き沈みに比べれば概して地味で退屈なくらいだったたけれど、この世界が描出されたおかげで、杏子とライバルの神崎かすみ以外ドラマ主役級の女優いないみたいな昼ドラサイズの芸能界でも、それなりのリアリティを持ち得た。現実味のあるフィクションのためには、冴えないエピも退屈も、中だるみも必要なのです。
今作『エゴイスト』は、出てくる人物が全員芸能人か、芸能界関係者・経験者。ひとりでも智子兄妹のような“過去も未来も芸能界と関わったことも、関わるつもりもない”人物を配し、生息させ、主要人物に接触させ、“一般人が垣間見た芸能界・芸能人”という視点を入れると、物語世界の奥行きがずいぶん違ったはず。8週40話ではそういう世界構築が無理だった。
しかし非ばかりではなく、是ももちろんあります。裏方役・Zプロの善場社長(藤堂新二さん)、Zプロ所属の社員マネージャーで、玲子担当から袂を分かって明里につく近松寿美子マネ(蘭香レアさん)がともに、世話する女優たちに忠実で、世間知をわきまえた常識人であり、ときに苦言を呈したり泣きを入れたりしながらも、テメエひとりの欲のために寝返ったり裏切ったりはしない“アンチエゴイスト”で一貫していたことが、物語をどれだけ観やすくしたかわからない。
この2人がこれだけ魅力のあるキャラになったのは、藤堂さん蘭香さんの演技力の貢献も大でしょう。善場社長は玲子の独立話でいったんは事務所をたたむ気だったのですが、たぶん近松の尽力でオフィスZ&Cとして社長に残留。最終話、近松が電話で「社長お久しぶりです!…えッ結婚するんですか!」との台詞があったのは、ここまで人物として血肉を持ち得た社長を、消息不明でフェードアウトさせるわけにはいかなくなったのでしょう。フィクションの人物というのは、こんなふうに予想外の膨らみを持つことがあるものです。
過去の罪と挫折に悶々として、暗くくたびれていた主婦から、いろいろあってすっかり働く女性の顔になって、マネージャーとして居場所を見つけた綾女(山本みどりさん)がクチパクで「だ・れ・と?」と近松に訊いたところでカット。惜しい。知りたい。たぶん脚本家さんも、書き進むうち、「この社長、きっと視聴者に愛されるはず」との手応えがあったのではないでしょうか。
今日放送された最終話、出生にかかわる積年の疑問と謝罪を、自伝ドラマのアドリブ台詞でとり交わし、OK出ても「台詞の切り返しが弱い」「あそこは言葉より、一粒の涙のほうが視聴者の胸を打つ」とダメ出しし合う女優母娘…という可笑し皮肉さはなかなかよかったと思います。「あなたはなるわ、女優に」と明里に断言した玲子の目は、産みの実母ゆえか大女優の職業的勘か、結局慧眼だったことになりました。
終盤になって全員なぜか“いい人”化、さんざんやりあってきた恩讐をあっさり越えちゃう、というのはよくあるパターンですが、今作は、最終回前までに、“恩讐・愛憎、越えてもおかしくない”きっかけが、まあまあちゃんと描かれていたほうでしょう。
挙げたコブシの下ろしどころ、下ろしどきがわからない女性軍に代わって、香里実父でもあった世界の朝倉が、「他人を妬んだり恨んだり、陥れようとしたりせず、まず自分を磨き、自分を輝かせることだ」と、“エゴイスト”の対極の人生訓を垂れてかっこよく逝きました。森次さん、『仮面ライダー剣(ブレイド)』でも、終盤彗星のように登場して、みるみる役柄的重要度を増し、美味しいところを掻っさらって逝った記憶が。こういうポジションの俳優さんになっていたのだなぁ。
劇団をたたんで明里の座付き脚本家になった榊(西森英行さん)もディレクターデビューしてるし、もういっそ俊介坊ちゃま命の、郷田家家政婦松子さん(川口節子さん)も、家政婦紹介所の所長ぐらいになってそうな勢い。あの女性軍なら、今度は明里と俊介の愛娘・愛ちゃんの奪い合いを始めそうな気もしますが、それはまた別の話、ということなんでしょうね。
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