★公園を散歩してきた。
多分、日本国中同じような情景ではないかと思うが、あちこちに建てられた看板。
グランドの横に、こんな注意書きが。
日本人の大人は、こんな判断が出来ないのか? 幼稚園児のような大人が一般的なのか? それとも、ボールが当たって車が傷んだら、役所に文句を言いに行くのか?
行政は、看板立てて注意しましたよ、という責任逃れか?
この看板幾ら掛っているのだろう?
一つや、二つではない。いたるところに立っている。
これは、ちょっと古いのかな?
『違反者は罰金に処せられる事があります』
自転車の交通違反もみんな処せられる『ことがあります』
アメリカのように、『違反したら厳重処罰』になぜならないのだろうか。
決めても守らない日本、決めたら守るアメリカ、この違いは歴然である。
もっと以前に、
社会の中で生きる常識が日本人には欠けている、というより子どもの時からそんな教育をしない。
社会の中でのことなのに『子どもだから』 『酒を飲んだ上のことだから』と理屈をつけて許してしまう、日本人の発想は、世界では通用しない。
全てのことに『まあ、まあ』で済ませてしまう。
アメリカの小学生は、一人では街を歩けないし、通学もできないし、公園でも遊べない。親の付き添いはMUSTなのである。
決めたら徹底的に規則順守なのである。
★ 物事には『真に達成したい目標』というのがあるはずである。
然し、日本の場合『目標を達成するような振りをする対策』で終わってしまっているのが、行政でも企業でも殆どなのである。
行政の場合など、例えばある産業振興のために最初は考えられた催しなど、そのうちに前例踏襲、予算だけは増え続けるが、最初に立てた目標など何処かに行ってしまっている。
私の住んでいる町の有名な『三木金物まつり』などは、最初は金物産業振興だったはずだろうが、
今は、業界の残品処分や、地元野菜の安売りや、『人集めのお祭り』になってしまって、そのために使う予算は何百万の単位だが、前年の実績が常に踏襲されている。
『仕組み造り』などと言っても、組織を造り、役職を振り当て、予算をつけたら、それで終わり、本来の目標の達成など、とてもできない。
日本の行政の造る『仕組み』は『イカサマのまやかし仕組み』なのである。
大阪の教育委員会のシステムについて、橋下さんが怒っているが、まともに考えたら、教育委員会の言い分に説得力はない。
形を整えているだけなのである。
★公園の犬の糞の問題、
公園に犬の糞が散乱しないように、気持ちのいい公園になれば、目標は達成である。
看板を立てたら、そうなるのなら、対策はそれでいい。
これでもかというほど看板を立てるのは、実績がそうならないからである。
一度、何処かで紹介したが、アメリカでの犬の糞対策、これはなかなかのものである、
Danthree in California という娘のブログから。
アメリカの犬も、日本の犬もこれは同じ、どちらも可愛いい。
看板も立てられているし、注意書きも書かれている。 これも同じである。
・・・・MUST BE REMOVED とその処理はするように指示しているが、
ちゃんとやってくれるのを見越して、 THANK YOU !
とお礼を言っている。
やらないと処罰などという発想はない。
間違いなくこの対策で『目指す目標は達成される』と自信満々なのである。
それがちゃんと出来るように、その対策がなされている。
糞を取る袋はあちこちに、用意してある。
家まで持って帰らなくても、捨てる場所がいっぱい用意してある。
この看板と一緒に至るところにこのDogge Bagが設置されています。
この袋は香り付き・・・と至れり尽くせり。
ここまでされたら拾って捨てて帰らないわけにはいきません。
みんな、エチケットを守ってくれて「Thank you!」って感じです。
どうすれば、ホントの目的が達成されるのか?
それに向かっての対策になっている。
こういう対策を『仕組み』というのだということを、日本のお役人も解って欲しいものである。
そんな、予算がナイという声が直ぐ聞こえてきそうだが、予算がナイのではなくて、それを考える知恵と姿勢がナイのである。
幾ら、看板立てて予算を使っても、『目指す目標が実現しない』のは、税金の無駄遣いというのである。
私が、『仕組み、仕組み』と、しつこくいうのは、
『その通りに仕事を進めてゆけば、意図した目的が自然に実現するもの』が仕組みだと思っているからである。
この犬の糞、アメリカと日本の発想の仕方が、特徴的でオモシロい。
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