★昨日は、何も予定がなかったので、じっくり家で過ごしたが、
Facebook に
前衆議院銀中山成彬さんの朝鮮問題に関する国会質疑のYou Tube が掲載されていたので聞いてみた。
その感想である。
20分ほどだが時間のある方はお聞きになればいい。
★私は終戦の年が中学校1年生で、その年の12月に日本に引き上げるまで、朝鮮京城 今のソウルにいた。
そういう意味では、朝鮮は故郷であり、韓国は基本的に好きなのだが、『戦前の日本の統治』について誤解があり過ぎるように思えてならないのである。
中山成彬さんが言っていることのほうが普通で、当時の朝鮮の姿であったように思う。
当時は、すべてが日本人でみんな日本語を話すので、私は朝鮮語など殆ど知らないで育ったのだが、確かに日本人と朝鮮人の人との間で生活環境に差があったりしたのは事実だが、全般的に日本は朝鮮のために、いろんなことで貢献していたのは間違いのない事実なのである。
小学校4年生のころまでは、夏冬日本に帰省していたので、戦前の日本の神戸などもよく知っているが、当時日本一と言われていた神戸の市電よりも京城の市電のほうがよかったし、日本の国鉄の特急列車よりは、朝鮮の特急のほうが広かったし、神戸の三越よりも京城の三越のほうが立派で大きかったのである。
祖父が電力会社を創立したこともあって、伯父は南鮮合同電力の経営に携わって、日本でも有数の電力会社であったはずである。
いろんな面で当時の日本を内地と言っていた外地の朝鮮のほうが、生活水準自体も進んでいたと思うのである。
★中山成彬さんは、こんなパネルを使って説明していたが、
右下は、確か京城駅である。
朝鮮のすべての公的な建物や建造物は内地のそれよりも立派だったし、小学校は鉄筋でどこにもプールがあったし、暖房はストーブなどではなくてスチームが設置されていた。
創氏改名については、確かに日本名にした人もいたが、殆どの人は朝鮮名のままだった。
調べてみたらこんな記述があった。
氏の届出は、1940年2月11日から8月10日までの6ヶ月であったが、1940年4月の道知事会議で「きたる7月20日迄に全戸数の氏届出を完了する様特段の配慮相成りたし」などの訓示があり、行政側が推進することとなった。以後、2月0.4% 3月1.5% 4月4% 5月12% 6月27% 7月53% 8月80%と、4月を境に急上昇に転じている。そして、最終的に朝鮮の全戸の約8割が氏を届け出、設定創氏を行った。一方、日本内地に在住していた朝鮮人で設定創氏をした者の割合は14.2%にとどまった。
一方「法定創氏」とは、上記期間内に自発的に届出をしなかった残余の者につき、従来の姓をそのまま氏としたものである。これにより、創氏政策は本人の意向に関わりなく、全ての朝鮮人民に適用された。創氏で夫婦同氏制が導入されたため、法定創氏でも既婚女性は本人の意思に関わらず個人名が変更された(例:戸主の朴○○の妻である金××は、創氏後は朴××となった)。
「創氏改名」は法的な強制力があったが、朝鮮の民族名から日本風の氏への変更は、法的な強制はなく、「法定創氏」により従来の姓名と同一の氏名を名乗り続けた朝鮮人も少なからず存在した。実際に「従来の金や李をそのまま氏としたいものは(設定創氏の)届出をしないで放って置けばよい」(総督府法務局『氏制度の解説』昭和15年2月)と総督府は説明していた。
1940年といえば、私は小学校1年生だが、確かに『加藤清正』と名乗った朝鮮人がいるなどと言う話を聞いたことはあるが、そんな日本名を名乗っている朝鮮人に少なくとも出くわしたことはなかったように思う。
最も言われている、慰安婦問題は勿論当時は遊郭もあったのだが、20万人もの婦女子を強行連行するなどはなかったというほうが普通の常識なのだろう。
確かに労働者として内地に送られた人もいたのだろうが、『内地に行きたい』と言っていた人も何人かは知っている。
★確かに、朝鮮人の中には日本の統治に反対の人もいたのだろう。
昭和20年8月15日、終戦の日私は中学校の校庭で天皇陛下の玉音放送を直立不動の姿勢で聞いたのだが、その数時間後帰宅しようと思ったら、京城の市電は朝鮮の旗を持った朝鮮人ばかりで、日本人は乗せて貰えずに家まで歩いて帰ったのである。
その後12月まで朝鮮にいたのだが、何の不安もなかったし朝鮮市場に行っても問題もなかったのである。
むしろ、日本に引き上げてきてからの、闇市などでの朝鮮人のほうが極めて悪質だったように思うのである。
先日、安倍さんが訪韓されて、一応の解決を見たのは喜ばしいと思っている。
歴史問題は、いろいろな考えがあるのだろうが、真実はそんなにひどいものではないのではなかろうか?
どこの国にも、先鋭的なことを言う人たちはいる。
『国会周辺のデモの発言が過激だ。安倍はバカ、死ね・・雰囲気に煽られて、言葉がエスカレートする。大学教授や音楽家などお里が知れるとはこういうことか。日頃ヘイトスピーチを批判するマスコミが好意的なのが可笑しい。軽いノリで登壇する若者達、天安門広場で戦車の前に立ちふさがる覚悟があるか。』
これは中山成彬さんのツイッターだが、これは日本の一部の若者たちや左翼的な人たちである。
韓国だけを責めるわけにもいかないのである。
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