雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

有名になった神戸高校

2009-05-31 04:27:17 | 発想$感想
一躍有名になった神戸高校は私の母校である。

とんだことで、有名になったものである。
2週間も休校して再開されたのが、またニュースである。

RSSで『神戸高校』を引いてみると、いっぱいブログが並ぶがどれもこれもインフルエンザである。
それも神戸高校の印象度はあまり芳しくないのである。



私は正確に言えば、神戸高校ではなくて、その併設中学校、旧制神戸一中の卒業である。神戸一中最後の年次で私の後の年次からはすべて新制中学となったのである。
3年生のときに学区制が敷かれて、高校は明石に転校を余儀なくされたのだが、
当時は結構いい意味で有名校だったのである。

神戸一中、カーキ色の制服、運動場での立食、カバンではなく白い風呂敷、独特の雰囲気があった。
私にとって、神戸一中は独特の響きもあるし、本当に誇れる母校なのである。

私は学生時代、この神戸一中の2年間だけは本当に一生懸命勉強した。
よく出来るのがいっぱいいたが、結構成績はよかったのである。
3年生になって男女共学になって以降、学校で一生懸命勉強した記憶はない。
野球ばっかりやって、成績もそんなに特別によかったわけではないのだが、その後ずっと変な自信になっていたのは、中学時代の2年間があったからだと思っている。

スポーツも強かった。野球は春の選抜に明石と一緒に出たし、サッカーも強かった。
特にサッカーはそのころの全日本のメンバーは、大半が一中の先輩たちであった。
男女共学になった3年生のとき、天皇陛下の関西行幸があって、神戸高校の3階の教室を改造して宿舎になったのである。信じられますか?日本にも神戸に泊まるホテルもない時代があったのである。
私たちのクラスはなぜか選ばれて天覧授業を受けたのである。


それが学区制でみんなばらばらになってしまった。
一番固まって転校した先が私立の灘高である。学生だけではなくて、先生まで灘へ移られたのである。
灘の進学校はそこからがスタートだと思うのだが。

家内も実は神戸高校卒業である。
そんなことで、私の結婚式の披露宴で、何か喋って歌えと言うので、
神戸一中の校歌を高らかに歌った。
私にとっては、ほんとに胸を張って校歌を歌える学校なのである。


そんな思い出のある神戸高校が、こともあろう二インフルエンザで有名である。
私が、インフルエンザ対策にどうもきつく当たるのは、この辺にも理由があるのかも知れない。

神戸高校は、インフルエンザだけで有名なのではなくて、伝統のある名門校である。
神戸高校とRSSで検索したら、インフルエンザ以外にこんな話題のブログがあってもいいと思って書いているのである。

有名人もいっぱいいるのだが、1年上に高島忠雄がいた。同期の神戸高校には扇千影がいた。

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紙の単車屋さん

2009-05-30 04:40:25 | NPO The Good Times
不思議なご縁である。

ちょうど1年前の5月28日である。
全然面識も何もない紙単さんから、コメントを頂いて、それをブログに書いてる。


そんなことがあったのは覚えていたのだが、やり取りの内容まではすっかり忘れてしまっていた。
最近、NPOにはまっていて、ここに参加して欲しい人たちのリストが私なりにあるのである。
その第1号が、昨日のホシノインパルなのである。



今日ご紹介する、紙の単車屋さんとは面識もない。
関係があるとすれば、上にリンクしたブロウのコメントのやり取りだけなのである。

私の営業と言うか、マーケッテングなるものをはじめて体験したのは東北である。
仙台の服部カワサキに一昨日の朝電話してNPOの話をし、
電話に出た番頭さんの武田さんに、『紙の単車屋』さんの電話番号を聞いたのである。

すぐ出先の紙単さんは、つかまった。
出先だったので、製作中のホームページを見てもらったら何となく解るからと電話を切ったのである。
ほんの短い会話であったが、紙単さんとお話をしたのはこれが最初なのである。


昨日の朝、大要こんなメールが届いていた。

『本日はNPO法人入会のお誘いを頂きまして、ありがとうございました。
さっそく、HPならびに雑感日記を拝見させて頂き、是非参加させて頂きたいと思います。
私のHPは現在ブログ形式にリニュアルを予定しており、6月に再始動の予定です。去年は色々とありましたが、NPOに参加させて頂くことで新しい可能性に出会えるのなら嬉しいと思います。お誘い心より感謝いたします。
紙の単車屋    切絵師

メッセージと共にバナーも添付されていた。
なぜ、私がほとんど何にも知らない紙単さんを誘ったのか?
まあ、いろいろあるのだが、ただのカンなのである。
然し、『大きな可能性がある』と思ったそんなカンである。

いろいろ理由のある中で、これも大きな一つの理由であった。
紙単さんへのご返事に、こんな風に書いた。


『今回、お誘いをしたのは、いろんな理由があるのですが、その中の、一つが岩手県盛岡です。
東北6県は、私の始めての営業体験で、マーケッテングを意識したのはそのころですし、そのきっかけを作ってくれたのは、もう亡くなりましたが、岩手カワサキの久保克夫社長です。当時岩手県はカワサキのバイクの販売、日本一でした。

久保さんと当時の販売店を沢山回って、いろんなことを教えてもらいました。
「仕組みで物を売る」「戦略的に考える」「差別化した自分だけのものを持つ」
私の基本になっているこれらのことは、すべて久保さんから習ったものです。

そんな私のマーケッテングの故郷が盛岡であり、岩手県です。
服部君も出身は伊達ではなく、南部のはずですし、久保さんがよく言っていた「南部の国」は私にとっても特別の想いがあります。』


ほんとに、訳の解らぬような理由だが、盛岡が懐かしいのである。
そこに、このNPOの東北の拠点が出来たらと、思ったりしている。

村島君とも20年間疎遠であったが、今回このNPOで東京拠点としてやってくれることになっている。会員カードは彼が発送してくれる。
村島君、大和屋嘉平さんも昨日メールをくれて、
彼のユーザーは、北は北海道網走から南は石垣島まで、その数2万人もいる。
部品の発送時に独自製作のチラシで入会のご案内も同梱して案内したい。
自営のお客様もおられるし、東京では船の科学館等での活動を考えているとか。
東京の方たちも参加していただければ東京も盛り上がると思います。

と結んであった。
今の商売も20年ほど前、ゼロからの出発である。
当時の機能別ARK構想で唯一具体的な形で残ったお店である。


私は、いつもただ、仕組むだけである。
その仕組みを動かしその機能を上手に発揮してくれるのは、熱心な共感者たちである。
今回の仕組みは、可能性としては壮大で自由度も大きい、自分で言うのも何だが、よく出来ているし、目指す目標は一つ、この輪に参加する人たちの『Good Time』の演出なのである。

『NPO The Good times ,let the goodtimes roll.』 なのである。
NPO The Good Times に出会った人たちが、みんなハッピーになるように、行動し、努めます。


昨日、初めて出会った紙単さん。

昔、初めて忍者の伊藤さんに会った時の情景や
当時はまだ春日井スズキと言う名前であった、ミスターバイク、鈴鹿ツインサーキットの斉藤さんとのやり取りを
懐かしく思い出している。

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ホシノインパル

2009-05-29 04:21:32 | NPO The Good Times

ホシノインパルのホームページの中に、星野一義レース経歴として下のように書かれている。

1963年、カワサキコンバットに入ったときから、68年まで5年間カワサキのモトクロスライダーとして、カワサキに籍を置いたのである。66年までは、私自身レースチームを統括していた時期である。
初めて星野を意識したのは、この経歴にも書かれている64年の和歌山でのデビュー戦のときである。星野一義、まだ17歳の秋である。
確かに、星野はレース場をカワサキのマシンで走ったのだが--。
この日のことは、この『星野が初めてレース場を走った日』と言うブログでアップしている。
当時のカワサキコンバットには、今星野と一緒にホシノインパルを経営している金子豊君もいた。
私は67年からは、営業に異動し仙台で東北6県を担当したのだが、モトクロスの盛んな東北には、星野もこのブログによく登場する星野の兄貴分の60おじさんもよく遠征に来ていたし、郷里の秋田に戻っていた金子豊君もよく顔を出していた。
金子君とはカワサキコンバット時代よりも仙台時代のほうが、いろいろとよく付き合ったものである。



【 星野一義 レース経歴 】

1947年
■7月1日静岡県静岡市生まれ
1963年
■神奈川県海老名市のカワサキ・コンバットという2輪のレーシングチームに入る
1964年
■2輪モトクロス・レースを開始。和歌山でのデビュー戦は、転倒・脳震盪で入院
1965年
■4/17~18日、第12回全日本モトクロス大会ノービス90ccクラスで初優勝、年間4勝■MCFAJランキング/ノービス90ccチャンピオン
1966年
■モトクロスで年間5勝を挙げる
1967年
■MFJ全日本モトクロスランキング/ジュニア90cc、同125cc両クラスで2位
1968年
■カワサキ(神戸・木の実レーシング)の契約ライダーとなる
■MFJ全日本モトクロスランキング/セニア90cc、同125cc両クラスでチャンピオン
■セニアクラス最優秀選手としてヨーロッパへ派遣
1969年
■日産自動車の契約ドライバー採用テストに合格
■11月にスカイラインGT-Rを駆って4輪レースデビュー
(富士スピードフェスティバルで4位)
1970年
■筑波サーキットのオープニングレースにて4輪レース初優勝(スカイラインGT-R)
1971年
■富士ツーリングチャンピオンA部門6位
1972年
■4月の『レース・ド・ニッポン』でチェリークーペで総合2位=クラス優勝(with 歳森康師)


(2011-3-4, カワサキの想い出、そして未来 で 兄貴分山本隆と )

 



経歴の72年、一緒に組んでいる歳森康師もカワサキにいた。彼が先に4輪に転向して、星野を4輪の世界に誘ったのである。歳森は今,ひょこむのトモダチでもある。


今日は、カワサキの昔話でもなんでもない、このブログ、NPOのカテゴリーで書いている。
実は、昨日の午後ホシノインパルの金子豊君にNPOのことで電話をしたのである。要件はNPOをやるので『団体会員で入れ』ということである。
エラそうに言っているのではなくて、『入って下さい』などと言うのは、逆におかしな雰囲気になってしまうのである。まあ、そんな風に言える昔の仲間なのである。

ただ、星野も金子もパソコンがダメなのである。
製作中のホームページで説明したいのだが、それがダメである。パソコンの出来るお嬢さんに代わって貰って、説明をしバナーを送ってくれるように依頼した。

金子君には『だまされたと思って』と言ったら、『だまされたと思って入る。』二つ返事だったのである。

仕事の話は、もっぱら事務所のお嬢さんとして、金子君とは久しぶりの雑談をした。
『お元気そうですね。お幾つになられました?私も66ですから。星野もタバコを止めたら肥えちゃいました。ゴルフやってますか?』
昔とまったく、同じように喋れたのはよかった。

ホシノインパルのホームページは、毎日1万以上のアクセスのようである。
いろいろ、商売が難しくなって、海外、東南アジアでもってます、などと言っていた。
ホームページを充実するようにしているとか、パソコンは出来なくても方向は間違っていない。流石である。


ひょこむのときは、星野も金子も金谷も清原もみんなパソコンがダメで、誘えなかったが、今回はパソコンは特に必要でないので、気楽に誘えるのがいい。
今度のNPOで副理事長として助けてくれるタッチャンは、九州のサーキット、オートポリスではみんなと繋がっているのだが、今度はまた違った意味でのお付き合いである。

いろいろなご縁があるものである。
60おじさんも久方ぶりに、弟分の星野との再会ができるかも知れない。
60おじさんに、この件『星野、お前が電話するか?』と聞いたら『ちょっと疎遠になってるから』と言うので私が誘ったのである。
『じゃ、太一ちゃんは頼むな』星野と同じ時期にデビューの吉村太一君、今スズキのレース総監督である。
また、違った意味でのネットを通じて、このNPOを通じて、レースのOB会ができたらいいと思っている。

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今年のプロ野球と怪我

2009-05-28 04:10:23 | スポーツ
日米のプロ野球、どちらも開幕から2ヶ月が経とうとしている。

最近のスポーツのレベルが昔に比べて高くなり激しさを増しているからであろうか、やたらと怪我で躓く選手が目立つように思う。

松坂も何かもう一つだし、松井もずっと不安である。
岩村がいいと思っていたら、ダメになってしまった。
城島も怪我で休むというニュースである。

阪神の矢野もいつになったら復帰するのだろう。

サッカーの選手が、怪我が多いのは半ば格闘技のようなスポーツだから、仕方がないのかと思っていたのだが、最近はプロ野球の選手も、同じように怪我で泣くような状況になってきた。


昔以上に体作りには熱心なのに、こんなに怪我をしたり体を痛めるのは、プレーの水準が上がったのかなと思ってしまうのである。

ただ、昔から名選手は怪我をしないとは言われてきた。
王、長島がそうだし、金田や稲尾など今の選手に比べたら無茶苦茶の酷使なのに、怪我で休んだなど聞いたことがない。これは一体どういう共通点があるのだろか。

今の選手で言えば、イチローである。
何年も続けて、200本以上を打ち続けている。
打率と違って、増えても減ることはない本数にこだわってはいるのだが、それとて休んだのでは、達成できないのである。

今年はWBCの疲れからか、ストレスからか。
開幕には間に合わなかったのに、復帰してからのペースは凄まじい。
既に昨年のペースを1本上回ったと言われた翌日に4の4である。
今年も、出足の遅れで心配された200本もこの調子なら大丈夫なのだろう。

このスーパースターに国内で対峙するのは、金本である。
この記録は、もう誰にも出来ないだろう。
追っかける人もいないのではないかと思う。
あの年で全イニングに出場しないと記録は途切れるのである。
怪我をした時点で、終わりなのである。

イチローが天才なら、金本は鉄人である。
二人にとって、技術的な問題など今のレベルなら問題ない。最大の敵は怪我である。
その怪我を、何年にもわたってしないと言うのは不思議なほどである。
どこが違うのであろうか?

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追記である。
こんな紹介文をつけて、このブログほかのブログに紹介した。


今日は、今年のプロ野球と怪我について雑感です。

最近の野球の選手、よくケガしますね。

昔に比べて、間違いなく体は頑強になっているのですが、--

なぜですかね。



イチローや金本はケガしませんね。

なぜですかね。



普通の人は、ケガなどめったにしませんが、

イチローや金本のようにはとてもいきませんが、病気にならないと言うことですかね。

ちょっと、本文で書き足らなかったのですが、トレーニングなど、勿論大事だとは思いますが、

今の人たちはちょっと科学的過ぎるのでは思ったりもします。歯を磨け、手を洗え、それくらいはいいのですが、除菌やマスクだなどと神経質すぎます。

抵抗力みたいなもの、昔の人のほうが持っていたのでは?

川上も、藤村も、王も、長島も、金田も稲尾もーーー。みんなそんなに科学的ではなかったのですが、ケガに対する抵抗力みたいなのがあった気がします。



プロ野球選手ではありませんが、一般人もちょっと予防などが、過ぎるのではと思ってしまいます。

もっと、普通に自然に生きるべきではないですかね。。今度のインフルエンザ騒動でも、昔ならいつの間にか知らぬうちに過ぎてしまって、何にも起こらなかったのでは、と思ったりします。

健康は、勿論大事ですが、少し度が過ぎてるのかも知れません。

個人情報保護法なども、そうですね。   過剰反応だと思います。いろいろそんなこと思っていたのですが、本文はさらっとしたものになりました。

http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/cb75fd854e884e3ecc93cbc8b15b8517



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The Good Times の仲間たち

2009-05-27 04:03:17 | NPO The Good Times

今、NPOを設立中です。
ホームページも製作中ですが、もうすぐ公開します。
一緒にやる仲間のホームページで紹介されているプロフィールを一足先に公開します。
ご存知の方も多いかと思います。

カワサキのほうが三木の方より先に並んでいるのは、おじんが多いということです。年齢順に並べています。
【理事長】
古谷錬太郎
(rfuruya) 川崎重工業で45年間、二輪車やジェットスキーのマーケッテングの分野を長く経験しました。今は、ブログなどネットの世界にはまっています。新しいこと大好きですが、まさかNPOの理事長をするとは思いませんでした。カワサキの昔の仲間と、今住んでいる三木の方たちと一緒にチャレンジします。
【副理事長】
渡部達也
(タッチャン) 二輪業界一筋に40年を経過しました。
国内100社と言われたバイクメーカーがようやく淘汰され現在の4社になろうとしていた時代の入社です。カワサキが取り扱うバイクやジェットスキーを始め、その他の商品営業や業務などを全国各地で経験、後半20年は、ユーザー対策を中心としたソフト会社でユーザークラブの運営や二輪免許専門指定自動車教習所又、九州の国際サーキット運営などが経験値です。これまでに経験したノウハウが「ザ・グッドタイムズ」の運営に役立てればと思っています。
【副理事長】
草間 透
まつりおとこ) 三木市に居住して36年経過しました。地域とのコミュニティを求めて、子ども会を始めPTAや兵庫県の500人委員会、三木市の各種委員会など多忙な日々を過ごしています。三人の子どもは巣立ち、今年還暦を迎えるヤングマン? です。

理事 平井稔男
(thirai) 旧くメイハツ時代からのカワサキの真打ちです。
販売は勿論、二輪車の安全運転活動などにも従事しましたが
レースの世界では、カワサキのあのTEAM GREENを率い連戦連勝を築いた監督でもあります。
晩年は兵庫県多可町にあるセントラルサーキットや韓国太白市のサーキット建設なども担当しました。また、新しいNPOの世界で頑張りたいと思います。

理事 山本 隆
(60おじさん) 元カワサキで、MFJ全日本モトクロスチャンピオンの座に3年連続座ったこともあります。引退後はMFJトライアル委員長も長く務めました。65歳の今もヴィンテージMXを楽しんでいるバイク馬鹿です
バイクショップ暦35年、「いなみ野ため池ミュージアム」加古川市ため池協議会連絡会 会長などもしています。

理事 村島邦彦
(大和屋嘉平) 大学時代に海外で初めてカワサキ ジェットスキ-に乗り商品に一目惚れ。
縁が会って1988年に東京でジェットスキープラザ調布TWTNEYのお店開業後にカワサキサ-ビスプラザ荻窪にてオ-トバイの修理純正部品・用品販売と通信販売事業に本格参入。
現在は浜田山にてオ-トバイ・ジエットスキ-部品用品通信販売。私は東京にてNPO活動を広めってまいりたいと頑張ってまいります。

理事 福井 昇
(s850m) 川重での17年間の企業勤めを経て、独立・起業:ジェットスキー国内販売店(国内第1号店)を営んでおります。
更に22年が経った現在、次の人生計画を求め模索途中です。
未来の子供達に、何か物作りの魅力・技術を残せないかと考へ、”大型鉄道模型”工作や当該レール敷設工事分野等で、良い企画・立案提供に協力したいと参加を致しました。
どれだけの事が可能なのか計り知れませんが頑張っていきます。

理事 登山道夫
(カバン屋) 三木市在住 カワサキの大型オートバイが大好き♪
カワサキの大型オートバイを世界中から逆輸入して早25年!
現在、「ドイツから良いものだけを日本に♪」を、合言葉に、RIMOWA社のスーツケースも輸入しています。
微力ながら、ご縁の有る三木市へ貢献すべく参加します。
人と人との繋がり、ご縁が広がる素晴らしさを信じて、頑張ります。

理事 新井謙治
(アラケン) 三木市緑が丘町で子ども会の事務局プラスキッズサポート代表として企画運営を担当しています。中学校のPTA会長も2年目です。高齢化の進むこの町で子ども会行事で地域を元気付けられたらと思っていま自分の生き方が他人の幸せに繋がる歓び、人との繋がり『ご縁』を大切にしたいと思っています。
性格的には楽天的で『まあいいか』で終わらせて、次に移れる得な性分かも知れません。

理事 河田明彦
kwakky) 自治会活動(副会長)、市民活動(環境教育)、自主防犯グループリーダー、市防災リーダー、三木市「第9」合唱団団員、など何足もワラジをはいています。まちづくり一般、人権問題、環境問題に関心があります。映画・演劇・音楽をこよなく愛し、性格は、楽天的。人を笑わせるのが好きです。

理事 藤田秀明
(油吉) 三木市吉川町に住んでます、34歳です。昨年まで吉川町商工会青年部の部長をしていました。
様々なイベントを吉川町を中心に展開、活動しています。昨年のカブトムシの収益では、地元の小学校4校に図書を寄贈しました。今年もまたいっぱいイベントをします。
元気で、楽しくをモットーに、小さな子どもに喜んでもらうような活動をしていきたいと思っています。

監事 小川 優
(jhojin) 川崎重工に41年、その内20年は本社財務で借金と資金運用、残りは単車部門で企画・管理・経理を担当しました。その間4年間タイ王国に駐在し、単車の製造、販売事業に携わりつつタイでの生活を目一杯楽しみました。川重現役時代の平成17年に得度し、僧侶となるも未だ煩悩の炎が燃え盛る好奇心旺盛な坊さんです。


相談役
高橋鉄郎 元川崎重工業副社長、川重OB会の相信会会長、出身事業部は単車、汎用機関連。
特に単車では、カワサキ初のモトクロス伝説の『青野ヶ原』の中心メンバー、その後技術、生産、営業、企画分野を担当、CKD新市場開拓、米国KMC会長、国内KMJ社長なども歴任。
事業本部長時代に、中断していた
『Kawasaki,Let the goodtimes roll.』のコンセプトの全世界での採用を決定。

アドバイザー
森田優治
(モリチャン) 三木市出身、川崎重工在籍19年中はオートバイのエンジン開発とチームグリーンなどレース活動、主に2サイクルエンジンのチューナーとして従事し、中でもKIPSはレースマシンに採用され、モトクロスの世界制覇に貢献しました。
現在は、神戸市でカワサキの専門店を経営しています。今後は多くのユーザーたちとNPO活動に協力して行きたいと思っています。

森田 優
(さるとる) 三木市のために働いている35歳です。
三木市産業環境部観光振興課に所属しています。
さるとるファイト!三木市が大好き!!」というブログを毎日綴っており、公私共に三木漬けの毎日を過ごしています。
座右の銘は「大きくなるたび もっと大きな夢を見る」です。

宗高秀行
(minmin) フリーソフトを使って自宅サーバーを運営しています。joomlaというCMSソフトを使ってHP作成など。
フリーソフトの考え方に感動し、その基本になるインターネットの技術に、これまで築いてきた人類の科学技術の素晴らしさを思います。また。双方向性の情報のやり取りでき、人類の歴史の流れを変えていく大きな力になるのではと感じています。
フリーソフトの素晴らしさを知っていただこうと、三木市の緑ヶ丘パソコンクラブで活動させていただいています。
NPOでも何かお役に立つことができればと参加させていただきました。





結構、面白いメンバーだと思っている。

このほかにも、ひょこむのハンドルネームで
兵庫県のあほねんさん、三木市役所の滝の瀬さん、広報のJJさん、
カワサキの広報のアツコさん、明石原人さん、赤穂の商店街会長のかわい子ちゃん、など多士済々なメンバーが、関心を持ち支えてくれることになっている。
その輪も、どんどん広がるだろう。

今作っているホームページは、今話題の「オートバイのよる町おこし」を展開して、注目を集めている埼玉県小鹿野町の「バイクの森」博物館のホームページも担当している『まっしま』さんがNPOのメンバーの一人として参加してくれている。
彼はかっては、鈴鹿8耐に出場の経験もある。

NPO法人 『The Good Times』
それを運営するメンバーたちはすべて『ひょこむ』というSNSで繋がっている異種、異質な実力者、専門家の集団である。
この人たちが創り上げる多彩な仕組みから、グッドタイムを十分に満喫して欲しいのである。

おじんもいっぱいいるが、結構アタマは柔らかいのである。
この法人は、企画ソフト法人だから、体や頭脳が柔らかさを失ったら、それは引退の時期だと思っている。
ホントは65才の60おじさんも、ヴィンテージのMXでは、若手を寄せつけずブッチギリの走りを見せる。 まだまだ大丈夫なのである。

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インフルエンザ、常識が一番

2009-05-26 04:08:27 | 発想$感想
竹村健一さんががよく『日本の常識、世界の非常識』などと言っていたが、
『常識とは』普通に、自然に考えたらいいのだと思っている。

今回のインフルエンザ騒動も、典型的な『日本の常識、世界の非常識』のクチであるように思う。
昨日から学校は再開されて、何とか普通の常識に戻ったのだが、如何にも対応が遅すぎる。

今頃になってマスクはあまり意味を成さないとか言ったりしているが、この半月あまりの対応や騒ぎは、一体何だったのだろうか?
世界の対応の水準から見て日本の対応は突出しているように思う。



確かに、新型インフルエンザという問題だから、専門家がきっちり対応しなければいけないのはよく解る。
私がこの問題を最初にブログに取り上げたのは、5月12日のことである。
アメリカのインフルエンザ』と題して、アメリカの娘との電話のやり取りや、ちょうどそのころアメリカから日本を訪れていた、娘婿の日本での日本側の対応が、どう考えても常識を逸脱していると思ったのである。
ここのブログにも、5月14日に『ちょっと書きにくいが』と題して取り上げている。
これがきっかけか、軒並み修学旅行は中止になった。


今頃になって、『アメリカは5月はじめには、学校も閉鎖したが、すぐ解除した。』などと言っている。
そんな情報は当時は入っていなかったのか?
メキシコでは死者が出たが、その後はみんな軽微で、すぐ回復しているのである。
普通の風邪と比べて、ウイルスは新しいが、その症状は同等なのである。

新聞や海外のニュースもそうだったし、たいした対応はしていないのである。
普通に考えたらそれが常識だと思った。

『例え掛かったとしても、死んだりはしないのだからーーー』が抜けているが、
『対策も要るだろうが、こんなのやりかけるときりがないのである。』とブログを結んでいる。



どうも、日本は『大変だ、大変だ。』と大騒ぎをするのが、好きである。
一人ひとりが、自分の考えを持たずに、『流れに乗って、右往左往する』
政府やお上が決めないと動けないし、ちょっとでも間違ったら、『その責任を追及する』その結果、どれくらい大きな損失であったか?


総理大臣も、厚生省の分割などつまらぬ問題ではなしに、こんな難しい問題の舵取りにこそ、リーダーシップを発揮して欲しいものである。
麻生さんがばら撒いた、お金の経済効果は、今回の判断ミスで、全部帳消しである。
部下に任すから、こんなことになる。専門の担当部門が判断するから、それも大臣ではなく、下の官僚に判断させるとどうしてもこうなってしまうのである。

官僚が判断できないのでなくて、責任の取りようがないから、無難なほうへ行ってしまうのである。結果、世界の常識からは大きく外れてしまう、日本独特のものになる。

大将のくせに、実戦の指揮が取れない。リーダーとしての判断力が皆無である。

何でも、騒いで文句を言う国民やマスコミや評論家にも責任の一端はあるとは、思うが。

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BUG IN MIKI 今年も行ってきました

2009-05-25 03:57:58 | みっきぃふるさとふれあい公園
BUG IN MIKI 2009、今年はインフルエンザの影響でどうなることかと思っていましたが、こんなに大盛況でした。


年々盛んになるような気もします。
会場はちらほらマスク姿も見られはしましたが、全然普段の雰囲気と変わりはなかったように思います。

会場の様子、何枚かとってきましたのでご覧下さい。




車のペインティングもやってましたし、毎年顔を出すテレビの有名人の姿も例年通りでした。
ON ANY SANDAの貴島さんにも会えましたし、このイベントの主催者『まっちゃん』とも、ちょっとだけ立ち話をしてきました。
いつもの通りの元気な松原さんでよかったと思います。

こんな元気なイベントがマスク姿ばかりではサマになりません。
海の向こうから来たワーゲンのイベントですから『世界の常識』のレベルでやれたらと思っていましたが、その通りでほっとしました。



普段は開放されない下のほうの駐車場も臨時に開かれてそこもほぼいっぱいの盛況でした。
戻ってきたら、私の車のすぐ後ろにこんな車が止まっていて、それを覗き込んでいた若い人に『クルマのオーナー』と間違われて、まんざら悪い気はしませんでした。ほんとにこんなクルマに乗っていたらどんな気持ちなのでしょう。
すぐ仲良くなって一緒に見せてもらいました。
ハンドルは小さいし、シートは赤い革張りだし、こんなに真近で見れる機会はめったにありません。

この人たちも、『まっちゃん』のところのお客さんだそうです。
神戸の方だそうですが、またどこかで繋がるかも知れません。

そんな日曜日の午前中でした。

今朝起きて『まっちゃん』のブログ見ました。想いの伝わるいいブログです。

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ブログのトモダチとブログ

2009-05-24 03:57:19 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram
ブログやネット上のトモダチは沢山いるのだが、
意外に、gooをやっているトモダチはほとんどいない。

いるのかも知れないが思い出せないのである。
私のブログトモダチで一番多いのは、exciteだろう。
武雄の人たちが樋渡さんを筆頭に武雄が多いのである。
このタケタクさんのブログの左側に紹介されている、沢山のブログもexciteが多い。

三木の役所関係も多い。
『なぜ?』と聞いたら、
ある役所の人がほかのブログに比べて、『広告が目立たない』ことが選択の一つの基準であったとか。
全然気がついていなかったし、私などでは選択基準には入らないであろうことを言っていた。立場で見方が変わるものである。


そんなgooに、一人のトモダチが突然参加してきた。昨日、excite で取り上げたminminさんである。
ごくごく最近のことなのだが、最初のブログにこう述べておられる。

『gooブログに参加することにした。
というのは、検索にすぐ引っかかるような気がしたからだ。
ある検索キーワードを入力すると、gooのブログがたくさん表示された。

今、ある別のブログというかSNSに参加している。5000人ほどの参加メンバーだ。gooブログは120万人の参加だそうだ。
すごい数だ。といっても、まだまだなんだな。1000万人ぐらいあっても良さそうなものだが。
一番参加メンバーの多いブログは何なのだろ。調べてみるといいかもしれない。』

minminさんは、私のひょこむのトモダチである。ひょこむへもお誘いしたし、今度のNPOにもお誘いしている、家もすぐ近くの仲間なのである。
ホームページなどの製作にも詳しいし、マーケッテングにも興味をお持ちである。

そんな方が、gooにジョインされたので、今後私がめっぽう弱い技術分野のことを聞ける人が出来てよかったと思っている。


そのminminさんが、『一番参加メンバーの多いブログは何だろう?』と言っておられる。

こんなので、いつも調べている。
「5月22日のアクティブユーザー数 」

アメーバブログ 258718 人
FC2ブログ 97977 人
Yahoo!ブログ 53304 人
livedoor Blog 43069 人
ヤプログ! 30352 人
楽天ブログ 29548 人
goo ブログ 28826 人

確かに、gooの参加人数は120万人だがアクティブユーザーは3万人ほどである。ダントツでアメーバブログである。

私はこの上位3つは参加している。その理由のほとんどがブログサービスそのもののマーケッテングである。gooを入れて4つ、そのほかにexciteと村ぶろ、
更にSNSのブログで ひょこむ、mixi、さよっち、さんでぃ、合計10ほどだが、ちゃんと書いているのは4っほどで後はリンクや転写でごまかしている。

こんな比較表を見るよりは、それぞれに特徴がちゃんとよく解るのである。

そんな結果、gooはなかなかいいと思っているので、私の主力ブログにしているのである。
若い人の多いアメーバとかFC2はやたらに機能が多すぎてついてゆけない。

gooで唯一満足できたいないのは、写真の処理が面倒なことである。
それをYahoo やexcite で補ってやっている。

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BUG IN MIKI 2009

2009-05-23 04:29:27 | みっきぃふるさとふれあい公園
BUG IN MIKI 2009 予定通り開催されるようである。

主催者の『まっちゃんのブログ』でも予定通り開催と書かれている。


主催者のまっちゃんとは少しだけだが、面識がある。
お店まで行って、お話をしたこともあるし、現場でお話もさせて頂いた。

個人で、ここまでのレベルのイベントに持ってこられたのは、大変なことである。
いろいろ、問題もあるのだろうが、『やれてよかったですね』と言うのが正直な実感である。

西日本最大のイベントと言われるだけあって、RSSで見てもいっぱいブログでいろんな意見が出ている。
勿論、『インフルエンザ問題』の対応が難しいし、どのブログもそのことに、触れている。
第3者の気楽な意見だから『やれてよかったですね』などと気楽なことを言っているのだが、当事者、特に主催者は大変だろうと思う。


昨日のまっちゃんのブログでは、無茶苦茶気を使われている。

『BUG IN MIKIは予定通り開催します。
新型インフルエンザの件で、心配しておりましたが、会場入り口、内に消毒液を設置するなど、予防対策をし、開催する事になりました。

ここで、皆さんにお願いです。
このような時期ですので、皆様各自でも、予防対策をお願いします。
マスクを持参するとか、会場内の消毒液を使用してもらうとか、ご協力お願いします。

VWで来られた方には、入り口で手に消毒液を散布させていただきますので、ご協力お願いします。』

などと来場者へのお願いが書いてある。
理屈で言えば、病気の人やウイルスを持ってる人が来なければいいのだが、潜伏期間があって、それが解らない。
マスクをしようにも売切れである。

民間の人がやるイベントだから、予防などと言っても限度がある。
危ないと思う人は来なければいい。
自分の判断できた限りは、どんなことがあっても主催者に責任を被せたりはしないことである。

主催者がこんなお願いをしなければならぬ日本の風土が、ちょっと以上におかしい。欧米人なら絶対にこんなことにはならないと思う。
でも、もし主催者なら、こんな風にお願い事をしないと格好がつかないのかも知れない。




大変だなと思っていたら、『百万の味方が現れた』
三木市が主催する、DCキャンペーンは、中止ではなく実行されるようである。
さるとるさんのブログにいろいろ書いてある。

こんなのは考え出したらきりがない。
どちらが正しいなど、答えなどないのである。
結果問題がなければ、万々歳なのである。

お堅い行政の判断としては、拍手である。
もしその隠れた理由が、民間がやる西日本最大のイベント『BUG IN MIKI』の盾になってやると言う親心からであれば、まさに大拍手なのだが。


三木市のイベント実行で、まっちゃんも、少しはほっとしたことだろう。
何もないことを祈るばかりである。
私は、是非現場に行ってみたい。
多分ヴィンテージMXの貴島さんも店を出してるに違いない。

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信ずる者たちでヨコに繋ごう

2009-05-22 04:25:35 | カワサキ単車の昔話
「信ずる者たちでヨコに繋ごう」

「信ずる者」ヨコに繋げば『儲かる』と言う字になる。
結局、こんな冗談みたいな話で、みんなで、進むことになったのである。


もう40年も前の話だが、大阪や名古屋で新しく『カワサキ特約店制度』をやろうと検討していたころである。

『大、中型車を売るにふさわしい販売網と現実はかけ離れている。
自転車屋さんが数多く集まっている50ccを売る販売網から、技術もいろんな二輪の知識も備えた、大、中型のスポーツバイクを売る販売網の再構築を図るべきだ。』

もっともな話だが、当時はモペット販売がが中心で、現実の大阪の例で言えば、600店にも近い自転車屋さんとの取引で、成り立っていたのである。部品ばかりの取引が多く新車の特にスポーツ車など、何年に1台と言うような閏年に近い販売店がほとんどだったのである。
だが、どのようにしてそんな体制に持って行くのか?
半年以上も喧々諤々の議論が続いた。

目標は600店との取引を全部白紙にして、趣旨に賛同した25店でスタートしそれ以外の店とは取引しないと言うまことにドラスチックな構造改革だったのである。
代わりに、担保や保証金、販売目標など厳しい条件であったが、1店1店と対等の立場で店の希望も取り入れた手書きの契約書を1店ごとに取り交わしてのスタートであった。


その議論の最中、名古屋の当時の責任者鍋島英雄君、ナベちゃんが、『理想は解るけれども、なかなか割り切れない。私が納得できるように説得してくれたらGOします。』
と言うのである。
彼は、弁護士の司法試験も目指した秀才で、理論家なのである。
なかなか、彼を納得させるのは難しかったのである。

半年も続いた議論の末、彼が最後に納得したのが理屈でもなんでもなくて、
『信ずる者は、儲かる』などという、いい加減な冗談みたいな言葉だったのである。


その後、難しい説得をするときに、何回か使うことにした。
然し、ほんとに『そう』なのである。
つまらぬ理屈よりは、信ずる者が集まってヨコに繋げば、ほんとに何事も上手くいくのである。


今回のNPOもどうも、それに近いのである。
今の世の中に存在しないような、NPO法人だから説明、説得が難しいのである。
『アラケン』さんのように『よくわからんが,アンタが言うからまあやってみよう』と先方から言ってくれる人もいるが、大概の人には説明、説得が必要である。

一昨日、さるとるさんやかわい子ちゃんとの話のときに久しぶりにこの言葉が飛び出した。
さるとるさんには、いたく気に入って頂いて、彼のブログにも書いて頂いている


『儲かる』と言うのが、少し次元が低いのだが、その意味するところは、『Good Time いいときが過ごせる』とでも置き換えてみて欲しい。
言っていることは、意外に本質を突いている。

私が、目指している 『共感ネットワーキング』 は、信ずる者、趣旨に共感する人たちの集まりの輪でありたい。

共感しない人たちまでみんな入れてしまう縦型の組織が機能しないのは、共感しない人たちが重石になっているのだと思う。
その人たちを引っ張ったり、文句を言う人への説得で、エネルギーを使い果たし、力尽きてしまっているように思う。
とても真に目指す目標などには到達しない。『実現しない』のである。

『信ずる者』ばかりが集う宗教が上手く回るのは『共感ネットワーク』だからかも知れない。

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昨日いろいろ思ったこと

2009-05-21 04:27:26 | 発想$感想
よく方針の伝達とか言いますが、上から下への伝達は形の上では出来ても、実際は何にも伝わっていないことが多いものです。
特に、会議や大勢の人に対する伝達、指示はまあ言えば『形を整えるだけのもの』で、本当は伝わっていないものだと思っています。

今、新しいNPOのコンセプトや展開の方向をいろいろ話し合っていますが、昨日のkwakkyさんのブログに、
『繰り返しお話をお聞きする中で、

次第にこのNPO法人の可能性がうっすらと見えてきたような気がします。
要は、わたしたちが先頭を切って忙しく立ち回るのではなく、

会員のみなさんがどれだけやる気をもって、
知恵と工夫を出して他の異種な団体とコラボできるかにかかっているのです。
このNPOには、その可能性に注目してさまざまな団体・個人が集まってくると思います。

三木市緑が丘町でまずこのNPOの足場を築き、ここで成功体験を積み重ねていくことが肝要です。
それが呼び水となって、他の地域へ広がっていくのです。

最終的には全国区です。
決して、夢物語ではありません。
そのことが、次第に実感できるようになってきました。』

とこんな風に書いて頂いて、やっと幾らか解って頂いたとほっとしました。
繰り返し、10時間以上も二人で話しても、やっとこの程度と言うのがホントのところでしょう。
現実に具体的なことが、どんどん出てこないと実感されません。



昨日の樋渡さんの武雄市長物語、

『厚労省分割!? と題して非常に興味深い内容でした。

確かに
『民主党が叫ぶ「政権交代!」もこの「厚労省分割」も手段。目的はあくまでも、何を目指すのか、であってーーーーー』 手段であることは間違いないのですが、
『政権交代』は同じ手段でも、ちょっとモノが大きいですから、目的になってもいいのではと思ったりしました。

『消費税を上げ、直間比率をせめて先進国並みに見直すべきだと思う。』は、大賛成です。
『まず、与野党がきちんと国民に提示し、次の総選挙で国民が選択することが筋。』その通りだと思います。いやなことを言わない政治は『ごまかし』だと思います。
選挙に通らなければ、選挙に勝たなければ、何も始まらないのは現実ですが、
耳障りのいいことばかりを言うのももう一つです。
国民がちゃんと見分ける目を持たぬといけないのだと思います。



昨日は、午後インフルエンザで騒がしい神戸に、こんな用件で行ってきました。
車ですから、人ごみには入らなかったのですが、町は6割の人がマスク姿でした。
今、マスクが売り切れでないそうです。
s850mさんが、わざわざ親切に電話で要りませんか?と尋ねて頂いたのですが、
『かける気がしない』のでお断りしました。
自分の予防のためにマスクをする気は、なぜか一切ありません。

なぜ?と言われても困るのですが、多分うつらないと思っています。
普通のインフルエンザとほとんど一緒だと思います。
発想が、大陸的でアメリカ人並みなのかも知れません。
でも、どう考えても、『騒ぎすぎだと思います』

別に、特別の理由や信念があって言っているのではないのですが、『大丈夫だろう』と呑気に思っているだけです。
ただ、仮に組織の長の立場なら、そんなのんびりは許されないのかも知れませんが。


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町おこしになるだろうか?

2009-05-20 04:15:16 | NPO The Good Times
『町おこしになるだろうか?』
というちょっと長いブログをアップした。

ご承知の方も多いと思うが、今NPOの設立中である。
6月末には間違いなく立ち上がる。
今いろいろ準備中だが、少々熱くなっている。

このNPOの仕組みは大体決まっているのだが、
基本的なコンセプト構想は、日本全国、どこでも誰でも通用する仕組みになっている。
今製作中のホームページは、 『みんな繋いで楽しくいい時を過ごそう』 と書かれている。
そんなNPO The Good Times なのである。



『楽しくいいときをを告げるトリ』ということで、キャラクターのニワトリも決まった。
バックに使った色オレンジは、三木の金物を鋳る炎、情熱を表すオレンジである。


そんな段階だが、昨日夕方に、わざわざ赤穂から商店街の会長さんの『かわい子ちゃん』が三木を訪ねて下さたのである。
別に『まちおこし』を目標にしているわけではないのだが、
かわい子ちゃん』は商店街の会長さんだから、彼女の目的は『まちおこし』である。

仕組みとしては、町おこしに十分機能する。キーは、それを使う人が上手に使えるかどうかにかかっている。
他人に責任を転嫁しているのではなくて、使う方がその気で、本気になって使うかどうかの問題なのである。

どんな風にやれば上手くいくのか?

人はいろいろ居て、
自ら手を上げてくる人、
あいつが言っているのだから、よく解らんがやってみようという人、
難しく理屈は言うが説得して納得すればどんどん走る人、
文句は言うだけ言うが、結局何もやらぬ人、これはダメである。

どんな人でもとにかく、『やろう』という人を集めることである。

今回のNPOもその立ち上げに、『お願い』などあまりしていないのである。
勝手に『NPOをやります』というコミユニテイをひょこむの中に立ち上げたら、みんな、やろうとジョインした仲間たちが理事やアドバイザーになって設立されようとしているのである。

仲間たちの中でも『ノッテイル人』『ノッテキタ人』『ノルヨウニ仕向ける人』
こんな匂いを嗅ぎ分けて、今対策中である。

船長の身は一つだから、順番を間違うと船は走りださないのである。

かわい子ちゃんは、三木からは遠い人だが『ノッテイル人』である。
無茶苦茶『ノッテイル人』がモリチャンである。
アラケンさんもkwakkyさんも『ノッテキタ』
勿論、ずっと冷静に『ノッテクレテル』人も居る。

昨日は、かわい子ちゃんが来られたので、さるとるさん、kwakkyさんと
4人で3時間、いいお話が出来たと思う。


もう一つ、ニュースである。昨日の朝、突如としてこの船に『乗って来た人』が居る。
昔、船場モータース、今、『株式会社 船場』社長はまだ岡田博さんだと思うが、
その次男の康さん、『協賛団体会員』として参加したいというご意向のようである。

もう何十年もの、ご無沙汰だが以前にもこのブログで書いたことがある。
船場さんは、カワサキの現在の販売店網の原点なのである。
カワサキ特約制度、当時日本ではじめての画期的なものだった。
カワサキのリスクも無茶苦茶大きかった。それが乗り越えられたのは船場さんや当時はまだ若くて元気があり過ぎた忍者の伊藤さんなどの協力があったからである。

今回は、そんなリスクなどは一つもないのだが、そんな昔の仲間の息子さんが手を挙げてくれたのが嬉しいのである。
三木とカワサキでスタートするのだが、赤穂も船場もこれに共感して頂いて、最初の段階から一緒にスタートできることはあり難いことだと思っている。

まさにコンセプト通り、『異種、異質、異地域の連携』の様相になってきた。

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鳩山民主党とーー。

2009-05-19 04:51:50 | 政治
新しい民主党の総裁に鳩山さんがなった。

ちょっと頼りないかなと思っていたのだが、
人間みんなその地位に就けば、それなりの発言をされるものである。
従来の幹事長時代のそれとはまた違った、何かを感じられるような気がするのである。

初日、まだ人事も発表されていないときにアップしたブログである


週があけて、人事も発表された。
岡田幹事長である。
政治の世界のことはよくわからぬが、幹事長というのはNO.2のポジションのようにも思う。
止めた小沢さんも選挙対策の代表代行である。

民間と違って、責任を取って辞めたといっても、選挙で落選したり、議員辞職でもしない限り、いつの間にかまた出てくる。
今回はそのままみたいなものである。

よく言えば、結束してことに当たる体制だし、小沢さんの影響力が依然として強い院政とも言えるのかも知れない。

各紙の世論調査などを見ると、おおむね好感を持って受け入れられたようである。
民主党を推すほうが自民を上回った感じである。
一般的には、一度民主党にやらせてみうかということだろう。

果たしてやれるのかどうか、それはよく解らぬが、やらしてみないといつまで経っても日本に二大政党の時代は到来しない。
いずれにしても、もう自民党のやり方では、新機軸は打ち出せないように思うのである。

それにしても、総選挙はまた遠のいたような気がするが。
早くやって欲しいものである。

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夢を語れば支える輪も広がる

2009-05-18 04:25:09 | NPO The Good Times
昨日、『夢を語れば支える輪も広がる』こんなブログをアップしました。

昨日の日曜日、朝から夕方まで、夢を語り明かしたような1日だった。
でも、間違いなく『支える輪は広がった』と思う。
夢といっても他愛のないものである。

このNPO、将来何人の会員が集まるであろうか?
ということに終日話題は集中したのである。

実は、会員カードを作るのを、1000枚にするか、2000枚にするか、迷ったのである。結果は2000枚にした。
正直ちょっと多かったかなと思ったりしたが、そんなこと、やって見ないと解らないのである。

こんなカードである。まずちょっと見てください。

20年前、KAZEの会員も1000人からスタートした。3年後55000人になったが、確かにあの時は全国の販売網という組織はあった。
然し、仕組みの上から行くと今回のほうが、縛りはないし、年会費も取らないし、増える一方なのである。
イチローの安打数と同じで、どんどん増える一方で減りはしないのである。
私の根アカな性格は『カワサキ』という銘柄に縛られたKAZEでも5万人も行ったのだから、10万人は不思議ではないと、こんな経験のない人たちを煙に巻いているのである。
ひょっとしたら100万人も、これはちょっと大きすぎるかなと思うのだが。

確かに、可能性がないわけではない。
10万人というとカードNOの桁数は、6桁である。もしそんなことになったら、2桁や3桁のカードNOは間違いなく貴重である。というような話になったのである。


朝の三木総合防災公園、雨が今にも降り出しそうな状況で、流石に集まったのは4人だけでした。そんな中での、会員カード論議。

昨日だったか、モリチャンは1000枚は引き受けますと言ってくれたのだが、手元には1000枚しかないし、NO.0201~0400までの200枚だけにして貰ったのである。
モリチャンの言う1000枚は、やる気でやれば、可能性100%である。
年会費3000円のKAZE会員でも2000人以上も集めた販売店はあったのである。
入会金1000円だけの年会費なし、終身会員のメリットは、団体会員が増えるに比例してどんどん膨らむような仕組みである。

そのバイク屋さんだけのメリットではなしに、可能性で言えば1枚のカードで、近くのすし屋もラーメン屋もゴルフ場もなども誘って一緒にどんどん輪を広げたら、町おこしも出来るかな、と思ったりしているのである。

ある程度、集中してやるほうが効果的なので、三木市緑が丘町からスタートなのである。

カードナンバーの話になって、せめて毎月ここに集まっていたメンバーは2桁のナンバーのカードが欲しいと言い出した。
2桁はそんなに残っていないので、後20枚だけお渡しすることにしたのである。



午後は、kwakkyさんと、町内の自治会の私もよく知ってるさる有力者の方と話をした。勿論、NPO話である。
ここでは、基本的なNPOのコンセプトを中心に、カードナンバーの話もその他の夢もお話した。
帰り際に、有力者の方は1000円を出して、2桁のナンバーのカードを機嫌よく持って帰られたのである。
まだ、会は正式にはスタートしてはいないが、たとえ預かり金でも、初めての記念すべき現金収入1000円である。
多分、今後いろんな方に紹介して頂けること間違いない。


家に戻ったら子ども会のアラケンさんがやってきた。

実は、個人会員のカードNO0001番は私なのである。
12名の理事さん方には年齢順に12番までのカードをお渡しすることにしている。
まだはっきりと決めてはいないが、『団体会員にも加入順にNOを振りたいと思っている』と昨日アラケンさんに話したのである。

アラケンさんは、ご自分が担当している『緑が丘の子ども会育成会』を団体会員登録001番にすべく、今日会に諮って会長さん以下の了解を取って、わざわざ知らせに来ていただいたのである。

このNPOの仕組みは全国区だが、そのスタートは三木市緑が丘町なのである。
その子ども会が登録第1号であることはイメージ的にもいい。
全国の団体会員のトップを走っても決しておかしくないような、確りとした子ども会なのである。
今朝もやっていた、『資源ごみの回収』はこの子ども会が主催していて、三木市でダントツ実績なのである。

これは決定と思ってもいいであろう。6月6日理事会に賭けるが、まず間違いないと思う。
そんな、結構、『夢も語ったが支えも広がった』日曜日であったのである。

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二輪車新聞の二つの記事

2009-05-17 04:24:31 | 発想$感想
昨日二輪車新聞が送られてきた。
ここに載っていた二つの記事、これについての感想を。

ひとつは、こんな埼玉県小鹿野町の二輪車博物館の記事である。

埼玉県の西の方の小さな町に二輪車の博物館が出来る話は、
何かのご縁であろうか、私の耳にも面白いルートで聞こえてきたのである。

それは彼岸も過ぎたころ、今回のNPOのホームページをお願いしている横浜の『まっしま』さんのひょこむのブログで知ったのである。
翌日、こんな『バイクでまちおこし』というブログもアップしている。

何人かの方からコメントも頂いたし、
町の担当者の方とも電話でお話しをした。『私はカワサキに乗ってます』とも言っていただいたのである。

5月の連休には『まっしま』さんは小鹿野まで行かれたようである。
何かお仕事でも関係がおありのようなことを言っておられた。
その『まっしま』さんにいま、NPOのホームページを作ってもらっている。

何か、ご縁のあるような記事に思えた。



もうひとつの記事は、大阪の船場モータースの展示会の記事である。

これは間違いなく、私も親しくさせて頂いている衛藤さんの記事だと思うが、
懐かしい船場さんの写真も写っている。それを見てびっくりした。
船場さん、『やはり出てこられたのだ。』
これは悔いが残った。『行けばよかった』と記事を見るなり、そう思った。

実は、この件については、息子さんから丁寧なメールを頂いていたのである。
少し省略して、ご紹介すると、

『おはようございます。
大阪 船場の岡田康(次男)です。

毎朝 ブログを読ませていただいております。
来月4/26に大阪中央公会堂で「ヴィンテージハーレー展」を行います。

場所は中之島の中央公会堂です。
親父も昼頃には顔を出すと思いますので。

展示会自体は1913~1948年式のハーレーが30台ぐらいと昔のボンネット
トレーラー、ライダーズブーツ、ライダーズジャケット等の展示です。
電車の駅から近く、入場無料でやりますので日頃見る機会の無い方々にも
楽しんで頂けたらと思います。

ここ中央公会堂の地下に有るレストランは隠れた穴場です。雰囲気、サービスは高級ホテル並みですが
価格はライス、スープ付きの大正ロマン定食で¥1,680とリーズナブルです。』


私は、すぐ大阪の忍者の伊藤さんや、竹内さんに連絡して『船場さんが出てこられるらしいから、この機会に集まろうか?』と提案したのだが、
情報がいろいろあって、『船場さんはやはりこられないらしい』ということになって、じゃ仕方ないなということで中止になったのである。

これは、間違いなく『私の判断ミス』である。
読み返して見ても、息子さんからのメールには、『親父も昼ころにはーー』とちゃんと書いてある。
なぜ、情報をもう一度チェックしなかったのか?

これは、せっかくの機会だったのに申し訳ないことをしてしまった。
息子さんの折角のご好意を無にしてしまったのである。
行けば、衛藤さんにも会えたであろうし、衛藤さんから要望のあるNPOの情報も提供できたのに、と残念である。

『頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬーーー』という電通の鬼10則を座右の銘にしてきたのにーー、やはり「ぼけたかな」と反省しきりである。

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