★家と庭と書いて『家庭』という。
そういう意味では、庭はなかなか重要な要素なのだが、最近の都会のマンションには庭はないのが一般的である。
私自身は、何故か庭は好きで、特に魚がすむ池は、こどもの頃から好きだった。
念願の自分の家を持った時にも小さなガレージの下を池にして、これは今でも残っている。
一時は小さな庭、いっぱいに結構、本格的な池を造って鯉を飼っていたのだが鯉ヘルペスで全滅して、池は埋めてしまったりした。
いま思うと、ちょっと残念だったなという思いが強いのである。
こんな池もそうだが、我が家の庭は、戦前から明石の本家に出入りしてた『庭師』の藤本さんが独りでコツコツと作ってくれた庭で、私は池以外は全て任せきりで出来た庭である。
藤本さんは私よりちょっと上だったが、『私は造園屋ではない』が口癖で『花や実のなる木は邪道』だなどと言って、すべての樹を自分で選んで何年もかかって植えてくれたのである。
そんな木の中の一本が『五葉の松』だったのである。
ガレージ廻りの石組みをお願いした時に、言われた金額の他にちょっと『ご祝儀』を包んだら、そのお礼にと持ってきてくれた『五葉の松』である。
こんな盆栽風の立派な松だったのだが、昨年あたりから元気がなくなって、とうとう今年になって枯れてしまったのである。
樹も生き物だから、結構枯れるのである。
もうこの家に住んで50年近くになるのだが、柘植も2本枯れたし、もみじも、そのほか何本かは枯れてしまった。
藤本さんが来られなくなってからもう何年もになるのだが、私が定年になって『バラ』をやり出してから我が家の庭も年々様変わりしているのである。
表の丸い柘植が植えられていたところは全部薔薇にしてしまったし、玄関の横の立派な柘植が枯れた後には、みかんと柚子を植えている。
アメリカハナミズキも苗から育てて今年は立派に花を咲かせたが、若し藤本さんが見たら、様変わりした庭を見て嘆くかも知れないのである。
★昨日は五葉の松が枯れた後には、全然異質な花も咲き実もなる『さくらんぼ』を植えたのである。
これも苗から育てて今年で3年目だが、今年は少しだけだが実をつけたのである。
食べてみたら結構いけるので、正面に持ってきて少し大きく育ててみようかと思っているのである。
『実のなる木』もみかん・柚子・さくらんぼもあるし、ブラック・ベリーもいっぱい成る。
ひょとしたら今年は3年目の『葡萄』が実をつけるかも知れないのである。
鯉などのいる日本庭園の趣もいいのだが、現実に実が成ったり、花が咲いたりするのはなかなかイイ。
5月中旬、薔薇が咲き始めている。
そんななかに『さくらんぼ』が新たに仲間入りをしたのである。
五葉の松を抜いて、鉢から さくらんぼを植えかえたのだが、元気に大きく育つだろうか?
来年の5月が楽しみである。