16.02.25 城南宮
もう半月ほども前のことになり、ここに出すこともないのですが、
一応は記録としてしたためます。
城南宮には見事な枝垂れ梅があって、梅の開花する頃になるとたくさんの人々が
押し寄せます。私もこの7.8年は毎年行っています。
史誌上の初見は925年ですが、それより早くに建立されていたことは
確実のようです。794年の平安京遷都にあたり、南方で平安京を鎮護
する城南明神として、崇敬を集めたようです。
平安末期、白河天皇・鳥羽天皇の鳥羽離宮(城南離宮)に組み込まれて、
「都移り」とも言われたように殷賑をきわめました。多くの貴族の別邸も
付近に建てられたようです。西行も敷地を与えられて別邸を構えていた
ということが伝えられています。(後の西行寺のこと)
定家卿の「明月記」では城南寺と記述されています。
当時、競馬(くらべうま)流鏑馬(やぶさめ)がここで盛んで、後鳥羽
天皇はこの行事にことよせて、承久の変の際の兵を集めたようです。
城南宮は応仁の乱で衰退します。時代が下がって、江戸時代末期の
「鳥羽・伏見の戦い」は、このあたりが中心地になりました。
庭園は楽水宛と呼ばれます。別名、神宛です。この庭園で4月29日と
11月3日に午後2時から「曲水の宴」がとり行われ、その模様はテレビ
放映されます。この庭は源氏物語に出てくる花が植栽されています。
美しい庭です。鳥居前の「菊水若水」はお勧めでしょうか。一味違います。
以上は私の発行しているマガジンから抜粋です。
以下は当日の画像。
年間二回行われる「曲水の宴」の画像も出したかったのですが、見つかりません。
やむなく今回はこれで発行します。
9枚目の画像見て驚いています。
楽水宛の苔むした地面の向こうの梅園のなんと素晴らしい眺めでしょう。
落花椿も色添えてて散策される楽しみを倍増してくれたことと思います。
見せてくださってありがとうございました。
コメありがとう。
明暗差のある光景を一枚の中に取り込むときは、とても難しいですね。明か暗かどちらかが犠牲になりますね。
これは落下椿にピントを当てて明るく撮ろうとして、梅の方は犠牲になっています。本当はこんなに明るいわけではないのですけどね。梅の方を適度な明るさにしたら、今度は椿の部分が黒くなってしまいます。
これはおそらくISO感度を上げての撮影だと思いますよ。
感謝と感動で一杯です。
カズさんの視線に捕らえられた風景は貴重な
財産ですね。
本当に綺麗な梅の花を観て改めて京都の今の
素晴らしさを再確認しました。
四季の移ろいの歴史の重みを感じています。
日本の都としてその時代時代に注がれた熱い想いが
伝わってきます。
またそれを伝え続けるカズさんの姿に感動です。
写真の重要さを改めて再確認しています。
体に注意されて今年も京都の姿を記録しながら
みせてくださいね。
ここの枝垂れ梅は素晴らしいです。毎年見に行っているのですよ。
なんとかこうしてアップできました。
高齢で病気持ちなので来年は・・・という思いも持ちながら撮影していますよ。
また来年も見たいものです。