おかずブログ

ここでは主に撮影画像を発表します。
近場で撮影した植物などがメインとなります。

190328御苑

2019年03月30日 | 19年桜紀行

190328御苑

ついに今年の桜のシーズンインである。

桜も品種が多くなり、ほぼ通年とも思えるほどに花は見られるのだが、
染井吉野や山桜のようにこの時期だけにしか見られない品種も多い。

桜は日本人の美意識を象徴しているとも言えるらしいのだが、そんなこととは
関わりなく桜を見るのは嬉しい。花が咲く頃となれば気持ちが自然に逸り、浮かれもする。
これは寒い冬を過ごしてきたからこその、待望の春に一斉に咲くという桜の特質が、
人の気持ちに合致しているからでもあるからなのだろう。


3月28日、御苑の糸桜も満開に近いという報に接して、御苑に行く。
咲き具合は昨年とほぼ同じ感じだ。昨年も同じく3月28日に行っている。

上が昨年の出水の糸桜。下が今年のもの。今年は行った時間帯のせいもあり、
人が途切れることはなくて、人を写したくはないので上の方だけの撮影。

新しいカメラの設定が難しい。ちょっとしたことで色味が大きく変わってくる。
はすべて御苑で今年の撮影。三種類のカメラを使っています。

それにしても桜の撮影は難しい。広角で撮影するときには樹形の全体像をとは思うが、
樹形の美しいものを選ぶとなると、絵になるのは多くはないだろう。それに全体を
撮影するとなると、花弁の一枚一枚にピントが合うはずもなく、色彩の集合体としかならない。
そういう条件下では空の色や背景や周囲の景物が桜の木を引き立たせるためにどれほどの
作用をするか考えなくてはならない。いきおい、良い条件は極端に乏しくなる。



今の時期にはハナモモも盛りだ。「桜松」は松の倒木から生えている桜の花である。
もちろん樹は桜であるが、花は普通の染井吉野とは少し変わっている。
御苑ではスイカズラ科のウグイスカグラや雑草のヤマネコノメソウ、その他の花も見られる。

さて、今年の私の「桜紀行」はどうするか?。すでにシーズンに突入しているのだから、
早く予定を決めなくてはならない。

とはいえ高齢になり過ぎたために、ことに欲望などは自然と削り落とす渦中にあって、
欲望そのものが希薄化に向かっているのか、桜に対しても切迫した気持ちは起きない。

「身を分けて見ぬ梢なく尽くさばや よろずの山の花の盛りを」
                 (西行 山家集)

西行歌にも通じる気持ちは変わらずに持ってはいるのだが、ああー・・・。

当日の御苑の画像は下にあります。

190328御苑

 

 

 

 


190322・24奈良二上山

2019年03月26日 | その他

190322・24奈良二上山

 

昨年9月の彼岸の頃以来、3/22日と24日に奈良二上山山麓に行ってきた。

目的は二上山の雄岳と雌岳の鞍部に入る夕陽を撮影するためである。

まず3/22日に行って様子を見る。様子というのは夕陽が二上山の雄岳と雌岳の

鞍部に入るかどうかということである。それを「鞍落ち」というらしい。

鞍部に入るのは年間に二日。ちょうど真ん中ではなくて少しずれているのも

加えたとしても各2日で計6日。

これまでに合計して10数度は二上山の麓近くと、もう一か所、三輪の大神神社の

摂社である檜原神社近くの撮影スポットに何度か行ってきた。

しかし、ことごとく女神は微笑まない。多くは太陽が顔を出さなかったり、

出しても厚い雲がかかっていたりして、まん丸い太陽が鞍部に入るのを

見ることができなかった。

3月22日はわずか1分程度で太陽は雲の中に入って行方不明。

でもおおよその感じで翌日の23日か、もしくは24日に入ると確信。

23日は天気も悪く雲も多そうなので断念して、24日に再度チャレンジ。

結果的にはそれが良かった。太陽の位置はほんの少しずれてはいたが、

まずは長年の悲願?が叶えられた思いである。


昔の月刊誌のこの写真を見て、私もいつか撮影してみたいと思った。

爾来、30年を超える。数年前までは思いを持ちながらも行動を起こせなかったが、

時間もあり、かつ、撮影できるだけの装備も整った。

それから3年ほどはチャレンジしているということになる。


私にとって二上山は霊峰ともいえる。この山にこれまでに二度登った。

山頂には大津皇子の墓所もある。歴史的なことは割愛するが、

大津の姉の「大伯皇女」の歌を一首。

  うつそみの人なる我や明日よりは 二上山を弟背(いろせ)と吾が見む
                                                (大伯皇女  
万葉集巻二 165番)

下の写真は何度も行っている石光寺と境内の植物と、石光寺周辺で22日に撮影。

下は24日に撮影。土筆がたくさん生えていて、土筆を摘んでいる人もいた。

両日の写真は下に置いています。御覧願います。

1903.22.24奈良二上山


 

 


190321宇治

2019年03月25日 | 京都

190321宇治

遅まきながらという感じもするのだが21日に宇治に行ってきた。

メインはもちろん宇治植物園。あわよくば、昨年に見られなかったカタクリを
見てみたいという思いもあった。

カタクリは18日の京都府立植物園でも見ているのだが、何回でも見たくなる花だ。
年間ほども地中にあって、やっと姿を見せると思ったら早々と枯れ果てるという
宿命を持つ花でもあり、なんとなく愛おしい。それでなくてもその姿形は優雅だ。

ただカタクリは植栽するには難しい花のようで、宇治市植物園でも毎年見られる
わけではないようだ。しかもカタクリエリアで群生するわけではなくて、
わずかに数輪が見られるばかりだ。



このカタクリは光の加減なのか妙にピンク色が強い。初めて見て変だなあーと思ってRAWで撮影して、
後で色味調整を考えたのだが、結局は色味を変えることができなかった。

ブッシュカン、ヒスイカズラなども咲いていた。ツバキは園芸種でシベの間から花弁が出ている。
こういう椿を何度か見たことがある。

植物園の後に「橋寺放生院」と「恵心院」に行く。宇治に行った場合の、いつものコースともいえる。
放生院ではリキュウバイや早咲きの桜も見られた。
恵心院ではキブシやボケ・ヒメコブシも見ごろであり、桜の前の花が楽しめた。

当日の画像は下に置いています。御覧願います。つぎは蓮の頃にでも行きたいと思う。

190321宇治

 

 


190318植物園他

2019年03月19日 | 京都

190318植物園他

彼岸入りした初日の3月18日、植物園と長徳寺に行ってきた。

それにしても、もう彼岸である。彼岸の中日の春分の日は春になってから
半分が過ぎたということだ。春もすでに後半である。
むろん体感的・感覚的にはソメイヨシノもまだ開花していないのに、
春の半ばを過ぎたといっても???だろうけど、暦の上では
そのようになる。

まず初めに「オカメ桜」が門前にある長徳寺。二年に一度程度の割合いで
行ってはいる。この日はちょうど満開の桜が出迎えてくれた。

長徳寺からほど近い某所に行って「イヌノフグリ」の撮影。今年三度目で
やっと開花しているイヌノフグリに出会う。イヌノフグリは3.4ミリの小さな花で、
しかもたくさん群生しているわけではない。ごく限られた範囲で、あちこちに一株、
一株と散らばってある。合計で4株発見。そのうちの一株しか花がなかった。

風媒や虫媒ではなくてアリが媒介しているということだし、さもあらん。
遠からず絶滅することだろう。

下のオランダフウロは3月15日に拙宅近くでの撮影。この花も普通に見かける花ではないのだが、
根茎を延ばすことによって広がるから絶滅の心配はない。
植物に興味のある方でないとオバコ科やクワガタソウ属やイヌノフグリと言った所で何が何やら
ご存じないとは思うも、イヌノフグリは京都府の絶滅危惧種でもあり、撮影地は秘匿したい。

長徳寺から植物園。15日から18日まで「山野草展」を開催しているので行ってみた。
植物園も今年になってから4度目である。たくさんの春の花たちが楽しませてくれる。
花好きの私にとっては植物園は至福のひと時でもあるとも言える。

桜もいくつかの品種が新しく咲き出し、いくつかの品種はそろそろ終わりに近づいている。
河津桜も植栽されていて、やはりこの桜は華やかである。以下は植物園での撮影。

なんと偶然にカワセミも撮影。多少ボケてはいるがこれは仕方ない。距離が遠くなれば、
撮影はどうしても無理がある。

この日の撮影の花は多い。すべてに花名のテキストを入れようかとも思ったのだが、
ズルをして入れない。変わりにワンドライブでキャプションを入れました。
レタッチソフトで花名を入れる作業にはどうしてもかなりの時間を要します。


もし花名を知りたいようでしたらワンドライブのキャブションを参照願います。
画像は下に置いています。御覧願います。不鮮明な画像も多いものです。

190318植物園他


 

 


190316 井手

2019年03月17日 | 京都

190316 井手町

3月16日、朝方に強い雨が降り、天気は良い方ではなかったのだが、
回復するという報を信じて雨の上がった昼前に家を出て、
奈良に近い「井手町」に向かう。

京都からは「みやこ路快速」も停車するようになっていて、
わずか30分ほどで行けるようになったのは、ありがたい。
前回は2012年4月10日に行っていて、それから7年が経つ。
奈良には昨年だけでも12回だったか行っているというのに、
井手町には随分とご無沙汰である。
それも見どころが乏しい以上は仕方ないというものだ。

1 山吹の花咲く里に成ぬればここにもゐでとおもほゆるかな
  (岩波文庫山家集41P春歌・新潮166番・西行上人集・山家心中集)
                   
2 山吹の花咲く井出の里こそはやしうゐたりと思はざらなむ
            (岩波文庫山家集173P雑歌・新潮1169番)

現在の井手は六玉川の一つである「井手の玉川」の堤に植栽された
500本ほどの桜並木で有名だ。でも西行歌にもあるように古くは
「山吹」で有名な里であった。井手にはもう一つの歌枕があって、
それは「カエル」。しかしカエルの詠みこまれた歌は多くはない。

前回に行った時には玉川沿いの満開の桜を見た。
近くの地蔵禅院には京都の円山公園を代表する枝垂れ桜と親樹が兄弟木という
有名な枝垂れ桜もある。この桜は京都府の天然記念物でもある。
この樹も老樹なのだが満開のころは素晴らしいものだ。

それにしても円山公園の桜は極端に短命だ。おそらくは付近の環境が
木のためには劣悪すぎるのだろう。どう考えても自動車の騒音と排気ガス、
かがり火、、花のころのライトアップや夜通しの花見客の喧騒…etc。
桜にとって迷惑なものであろうと思う。

御覧のように玉川の桜も現在は枯れ木のように花の姿はない。それなのになぜ今の
時期に行ったかというと、
来月の満開のころに再び行くので、その下見としてのものである。

地蔵禅院からの道すがら10本近い河津桜を発見。花の盛りは過ぎてはいたが、まだまだ見ごろだ。
華やかな桜ではある。

ついでに橘諸兄の旧跡にも行く。諸兄の別業跡である。諸兄は生まれは美努王の子、諸兄の子の
奈良麻呂の娘が橘 嘉智子。この橘 嘉智子が嵯峨天皇の皇后となっていて、この系譜が現在も
続いているということができる。

この日の画像は下にあります。ついでに古いのも出しておきます。

190316井手

120410井手


                    


20190312・13水族館

2019年03月14日 | 京都

20190312・13京都水族館

暦の上ではもう旬日程度で春分の日になる12日。
機会を得て「京都水族館」に行ってきた。

この水族館建設前は様々な問題が起きたらしくて新聞紙面を
賑わせていた事が記憶にある。とまれ、2012年3月の開業からすでに7年が経つ。

過ぎてしまえば、早いものである。私はなんと、この開業日にふらっと
入館している。なぜ入館するような仕儀になったのか皆目覚えてはいない。
おそらくはあの近くで平清盛関係の旧跡を訪ねているうちに、
開業しているのを知ってふらっと入ったのではなかろうかと思う。

以後も大阪に住む甥一家とともに行ったことがある。
だから今回で三回目だ。今回は写真同好会グループの撮影会として行った。

なんとかうまく撮影できればとは思っていたのだが、結果は惨憺たるもの。
アクリル板越しの水槽の中の撮影は極めて難しい。
暗くて光が不十分であるがもちろんフラッシュは厳禁。かつ動きものの撮影には
それなりの設定が必要だが当然に三脚も使えない。
水槽の向こうに人影などが映りこんでいたり、被写界深度を稼ぐために絞りを
絞ったら今度は間延びした写真になる。自然光でないことも原因の一つだろう。
結果としてボケ画像量産である。
カメラの液晶画面で見たら、結構それなりのものが撮影できたとは思ったのだが、
それが大誤算。仕方ないのでリベンジとして急遽次の日の13日にも行ってみる。


うまくいかない原因の一番はカメラの設定なのだが、当然にレンズの性能もある。
この日は12日には使わなかったレンズを主に使う。
それでまあ何とかなったのではないかと思う。でも納得まではいかない。
結論としては、難しいシーンなので慣れるしかないということだろう。

一番下の鳩はなんと衆人環視のもとで臆面もなくラブラブだった。気持ちとしては、
もう枯れ葉てて、
枯れ木のような爺さんに見せつけられてもなー・・・という感もする。

水族館の画像は下にあります。御覧願います。
110枚あります。ボケ画像や同様の画像も結構あります。スライドショウが良いかと思います。
ビデオも御覧ください。ビデオは事実上初めてで編集はしていません。

190312・13京都水族館


190313ビデオ

 

 


190308 奈良 石光寺と二月堂

2019年03月10日 | その他

190308 奈良 石光寺と二月堂

天気が良いという情報を得て、春まだ浅い8日に奈良に行く。
今年二度目の奈良行きである。

初めに二上山のふもと近くにある石光寺。電車の待ち時間などが多い場合は、
自宅から3時間ほどを要するので、時間は結構かかる。

このお寺をはじめて訪ねたのは、もう35年ほど前にもなる。
京都の拙宅からの自転車による奈良一周の途次に立ち寄ったもの。
それだけに奈良では愛着のあるお寺だともいえる。
広いとは言えない境内には多くの花が植栽されていて、目を楽しませてくれる。
さすがに「花の寺」である。
10日ほど後の彼岸の頃に、また行く予定にもしている。土筆と花桃以外は石光寺での撮影。

石光寺を辞してから、急に逢うことになったKさんと当麻寺門前で待ち合わせて、
近くの喫茶店で1時間半ほどを過ごす。
長く教職にあったK氏は退職してからも歴史的な会館の要職にも就き、
ことに河内地方一円の歴史についての造詣が深い。私も彼の薫陶を受けている一人である。

K氏と別れてからは奈良に向かう。片岡梅林に立ち寄って梅を見る。咲きそろっている。



次には「万葉植物園」に行ったのだが、時刻はすでに4時半を過ぎていて閉園したばかり。
仕方がないので東大寺大仏殿から二月堂。5時になるかならないかという時刻でも、
二月堂の付近には人が集まっている。私も二月堂舞台下の広場に入り込んで19時すぐに
挙行される「お松明」を待つ。寒い。何もしないで、ただ待つしかないのは、ちょっと辛い。

17時10分頃に付近のライトが消されて、火を灯された松明が登楼を上がっていく。
そして二月堂の舞台の上で松明をくるくると回したりしながら、最後は舞台の
端まで走って行き、終わる。ちょっとした迫力ではある。



なんでも火の粉を浴びたらご利益があるとかいうらしい。私はというと撮影のために
程よい距離が必要なのだが、人が多くて場所の移動はほぼ無理である。
それでなくても目の前にある「良弁杉」が舞台の半分しか見えないようにしている。
撮影場所としてはとても悪い。
合計8本か10本ほどの松明が順番に舞台を駆け抜けたことになる。その間20分ほど。
12日の修二会(お水取り)の日には松明の数も多く、それらが一本ずつではなくて、
10本以上が同時に舞台の上で勢ぞろいするようだ。さぞかし壮観だろう。

動画も撮影してワンドライブに出したのですが、なぜか再生できない。
MPGという一般的な拡張子なのに苦慮しています。動画は初めてのアップだからわからないのです。
どうしたら再生できるのか少し研究してから、大丈夫なら、お知らせします。
画像は下に置いています。よろしければ御覧願います。

190308 奈良 石光寺と二月堂

 

 


190305城南宮

2019年03月06日 | 京都

190305城南宮


当然のことだが季節は移り行き、啓蟄前の昨日5日、
天気も良いので城南宮に行ってみた。

昼過ぎまでは用事があり、城南宮着は14時頃。
城南宮の春先は梅の香で満たされる。しだれ梅が有名になって久しい。

ここは古くは邑の鎮守社のような役割を担っていたのだろうけど、
平安時代に72代白河天皇・74代鳥羽天皇が院政を執った所として、
にわかに開けて、「都移り」の感を呈したらしい。
この社の歴史についての詳述はしないが、明治維新の時の鳥羽伏見の
戦いの場としても知られている。
そのように歴史的には非常に重要な位置を占めていることは論をまたない。

さて、しだれ梅。飽きもせずに毎年のように見に行っているが、今年は
花が少し少ないか?という気もした。ひょっとしたら昨年9月の台風禍の
影響がほんの少しはあるのかもしれないとも思う。
ともあれ、ほぼ満開の梅が競うように咲き誇っていて、花に酔い痴れる。

初めの写真は安楽寿院の近衛天皇陵。ここはもともとは美福門院の陵墓と
して建立されたものだが近衛天皇が夭折したために近衛天皇陵としたらしい。
もちろん建立当時のものではなくて豊臣秀頼の寄進になる。

下の4枚は城南宮でのもの。散った花弁が水路に浮かんでいたけれども、設定が悪い。
花弁がぼけても良いので、わずかにあった水流を感じさせる写真でないとダメ。味がない。
絵になっていない。もう一度撮り直しにとは思ったが、行かないままである。

以下はしだれ梅。

城南宮での写真は下にあります。御覧願います。

190305城南宮




190227 植物園

2019年03月02日 | 京都

190227 植物園

如月も2月28日で晦日、如月仁である。旧暦では2月27日は1月13日。
春になってまだ13日である。立春からは20日余り。春はまだまだ浅い。

春は浅いとはいえ、今年三度目の植物園に行ってみた。
早春の花々も多く咲き始めて眼を楽しませてくれる。眼福である。
ヒメウズなどの雑草ももう開いていて、月日の経過の早さを思い知る。

植物園では、あと1か月か2か月で百花繚乱の様相を呈することになる。
持病も深刻で、老いさらばえた(?)爺さんなのに、しかも男なのに花が好きなんて
笑われることに違いないのだが、好きなものはなんとも致し方ない。

10年ほども前になるのか花のホームページを作っていて、その関係もあって、
花の撮影は欠かせなくもあるのだが・・・
そののこともあって、これからの季節には、花を求めてあちこちをさまよい歩くと
いうことになるのだろう。毎年のことである。それは、いわば変人のたぐいである。

20年近く前から中世和歌文学のマガジンも出し続けている関係で時間はいくらあっても
足りない思いもするのだが、その時ごとに臨機応変に処して行きたいものだという思いで
やってきた。今後もそれは不変なのだが、少しでも充実したものを味わえたらと思う。

この日の画像は下にあります。

190227植物園