今、夜中の二時近くだというのは 解っている。
それを認識するだけの意識は 保っているようだ。
まだ、会社に留まって、こうしてパソコンの前で
息抜きのように、我がサイトに書き込んでいる・・・。
今夜は、何時に帰れるのだろう。
明日も、早朝から仕事だというのに・・・。
「職業が抱える性(さが)」というものがある。
私は、これと・・・いつも対峙しているような気がする。
職変えをすれば、そんなに深く悩むこともなく、
問題を抱えることもなく、普通に過ごせるのかもしれない。
しかし、仕事を変えなかったのは、それなりの理由があったからだ。
今はその理由も消え果てたけれど・・・。
今日、聞いた話では、現代の状況は・・・
少ない予算のプロジェクトの中を、あらゆる業界の人が、
行ったり来たりしているらしい。
一生懸命に営業して、昔では考えられなかったような仕事でさえ、
獲得するために 頑張っているということだ。
時間的な不規則さや、そこから“もたらされる疲労感”など、
何気なく仲間に問いかけると、ものすごくシリアスな状態・・・
・・・そういう空気感に包まれる。
「そういうものだから、仕方がない!」
「自分のことをコントロールなんてできない!」
「不規則な毎日に不平不満を言い出したら、やめるしかない!」
そのとおりだ。
そのとおりだけれど・・・、それを “怒りの気持ち” を込めて、
シリアスに話すというのは、切なすぎるではないか。
「覚悟を決めている」のであれば尚更だと・・・そう思う。
安穏と語れないーというのは、やはり ぬぐいきれない感情が、
そこにあるからだ・・・と、感じてしまった私がいた。
みんな、頑張っているんだ・・・と、思う。
でも、我慢もしているんだ・・・と、思った。
実際、私もそうだから、繊細なところを突くような話題を振っては
いけないと、思い知らされた。
昔は許された何気ない話題が、今はとてもシリアスに捉えられ、
其々が真面目に考えているのではないだろうかとさえ、感じる。
時代が、すごく変わったのだと思う。
それを、受け取る私自身の感性も変わった・・・。
しかし、私は「我慢はよくない」と、心から感じたので、
忘れないように、ここに書き留めておくこととする。
感情を管理することができない人が増えたのは、このようにして、
一人の人間の中に「矛盾」を抱えているからだと思う。
それは、ある意味で、不健康なことだとも・・・思う。
だから、私は・・・できる限り、そういう状況は避けたいと
今、感じている。