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“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

デイヴィッド・リンチが亡くなってしまった

2025-01-17 | Weblog
デイヴィッド・リンチが亡くなってしまった。
彼は昨年夏、慢性の肺疾患、肺気腫と診断されたことを明らかにしていた。ヘビースモーカーだったらしいので、コロナとの関連もあったのかどうかは知らないが。コロナ時代は皆、肺をやられる。肺は、身体の中で、いったん傷めると、症状を抑えることはできても、良くはならないと言われている部位だ。残念だ。

デイヴィッド・リンチとは、私にとっては、『マルホランド・ドライブ』の人である。
あの一本で、やっとデイヴィッド・リンチと出会えた気がした。
『屋根裏』を書いているあいだ、文字通り執筆中ほとんどずっと、『マルホランド・ドライブ』のサントラ盤を流していた。具体的・内容的な影響は、ない。表現というものが「なんでもありだ」ということと、作品は整合性を備えていなければならないが、それを決めるのは作り手であるという、強い意志を焚きつけてくれるところは、ある。今でも『マルホランド・ドライブ』のサントラは、気合いを入れたり、気分を取り戻すときによく掛ける。これ以上あえて理由は言葉にしない。
デイヴィッド・リンチは、音楽については、アンジェロ・バダラメンティの叙情的というかセンチメンタルなオリジナル曲と既成曲を混在させることが多いのだが、『マルホランド・ドライブ』は、その意図が一番くっきりと表れた作品だろう。
日本では『エレファント・マン』が先に紹介されたが、『イレイザー・ヘッド』というトンデモ映画でスタートした彼は、そもそもがそのままの「アングラ・自主映画の精神」の人である。
同時に、ヒッチコック的な、「アメリカ映画の王道」を「自分流のフィールド」にねじ曲げて見せることについて、偏執狂的な人でも、あるのだ。
『ブルー・ベルベット』も謎の映画だったが、テレビシリーズ『ツイン・ピークス』で、強固な彼独自の世界があることを周知させた。その世界は作り手のデイヴィッド・リンチ自身の無意識を反映したかのように見えて作り手の意志を離れてそれ以上に多層的に存在していて、彼の作品はその一部分をある方向から垣間見せるだけのものだと言わんばかりの、問答無用のスケールと強引さを持っていた。その誘導過程に説得力と具体を持たせるとき、音楽は重要だったのだろう。
そんなふうに言う人は少ないと思うが、デイヴィッド・リンチは、アメリカの映画監督の中では、ヒッチコックに近いと思う。ヒッチコックもデイヴィッド・リンチも、私の敬愛するサミュエル・フラーも、「王道」に対する関心を保ちながら、自分流のフィールドと実験精神がなければ創作ができない人で、だからこそ自分自身のプロダクションを必要とした。おそらく、そういう所が、私がしっくり感じやすかったところである。私が「劇団」という形態をやめないのも、同じような理由だからだと思う。

しかし、それにしても、『マルホランド・ドライブ』は、見事だった。あの一本がなければ、デイヴィッド・リンチの作家性を理解する意欲は、続かなかっただろう。
もちろんデイヴィッド・リンチは、マニアックなようで、多ジャンル、多作な、人である。『砂の惑星』『ワイルド・アット・ハート』は、それぞれのジャンルに徹している。ただし『ロスト・ハイウェイ』『インランド・エンパイア』になると、私はついてゆけない。理解できない。『マルホランド・ドライブ』でなければ、ピントが合わなかったのである。
かと思うと、『ストレイト・ストーリー』のような、文字通りまっすぐな、ふつうの映画、まるで遺書であるかのような映画を、四半世紀前に既に撮っているのが、デイヴィッド・リンチという人の不思議である。
私たちはつい最近、スピルバーグの『フェイブルマンズ』で、ジョン・フォードを演じるデイヴィッド・リンチを見ている。彼は特殊な人のようでもあったが、やはり映画界の王道を往く人だったのだ、と、合点がいった。

ともあれ、やはり、デイヴィッド・リンチとは、私にとっては、『マルホランド・ドライブ』の人である。このような想像力が存在すること自体に、励まされるのである。
コーエン兄弟も『ファーゴ』がなければ好きにはならなかったし、ラース・フォン・トリアーも『ドッグヴィル』がなければ苦手な人のままだったはずだ。この一本、という作品に出会えたことが素晴らしいというのは、そういうことだ。
だが、この二者に比べても、やはりデイヴィッド・リンチは、一枚上手だと思う。本質的には、この人は、いつも、迷いがないように見えるのだ。
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