Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

第24回劇作家協会新人戯曲賞受賞作『鎖骨に天使が眠っている』ドラマリーディング。劇作家大会 2019 上田大会。

2019-08-14 | Weblog

第24回劇作家協会新人戯曲賞受賞作『鎖骨に天使が眠っている』ドラマリーディング

8月15日(木)・17日(土) 19:00-21:00

於 犀の角

オーディションで選ばれた役者たちと演出家が、「犀の角」に7日間滞在して作品づくり。最新の新人戯曲賞受賞作をリーディング上演。

有料各500円 定員あり 要予約(別途、大会参加登録費1000円)

アフタートークあり 15日=坂手洋二 17日=長田育恵

 

家族、友情、恋愛、紛争、性別等、様々なトピックを詰め込んだ本作『鎖骨に天使が眠っている』ですが、通低音として鳴り響くのは「言葉」の力です。「言葉」の力は絶大です。「言葉」は使い方を間違えると取り返しのつかないことになるのと同時に「言葉」によってしか取り戻せないものもあります。

リーディングですので舞台装置や音響、照明効果はありません。頼れるのは「言葉」だけ。もしかしたらリーディングという形式でこそ、この戯曲は真価を発揮するのではないか、そう思っております。(ピンク地底人3号)

 

作・演出=ピンク地底人3号

坂本透 …長澤拓真 (グンジョーブタイ)

桐野義男…薮田凜

桐野京子…山﨑到子 (0 Gravity)

桐野建人…岩下宏一 (Be yourself)

桐野一恵…伊藤えりこ (Aripe)

武田柚香…小飯塚貴世江 ((株)クリオネ)

緑川昌美…生駒由美子

緑川拓次…萬谷真之

ト書き …松永玲子 (ナイロン100℃)

 

順調に通し稽古を終えました。俳優陣の集中力がすごい。リーディング初演出のピンク地底人3号も気合い充分。この企画に松永玲子さん小飯塚貴世江さんが参加してくれたのは嬉しい。若い俳優陣たちも熱心です。お楽しみに。

写真は、稽古中に舞台に上がって指導するピンク地底人3号と俳優陣。右、松永玲子。

 

https://jpac2019-ueda.org

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シンポジウム「戯曲と演出」 劇作家大会 2019 上田大会

2019-08-13 | Weblog

劇作家大会 2019 上田大会。

シンポジウム「戯曲と演出」

鵜山仁氏の「僕の考える演出」を振り出しに、演劇現場での戯曲と演出の関わりについて、談論風発。


登壇=鵜山仁 坂手洋二 マキノノゾミ 横山拓也

8月17日(土)
16:00-18:00
小ホール

戯曲は所詮二次元の文字列。三次元、四次元的なレベルでは、「演出」によっていかようにも立体化し、いかようにも生きることができるはずなんです 。さて、その演出の核心は「リアクションの連鎖」。リアクションというのは、できるだけ種々雑多な方が、波紋が長続きする。そういう自由猥雑なリアクションを封殺するような演出は、まあダメな演出なんじゃないでしょうか、と言うわけで…(鵜山 仁)

もともとは鵜山仁氏の「僕の考える演出」という講演を考えていたが、私に聞き手に入ってくれという話があり、だったら四人くらいで演出について話そう、という話になりました、というか、そういう話にしました。

楽しみです。

 

写真は、ロシアの劇場。演目は「アンナ・カレーニナ」。とくに意味なし。

 

https://jpac2019-ueda.org

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さらば上田の名店

2019-08-13 | Weblog

「犀の角」のオーナー荒井洋文さんがFacebookで記されていたとおり、長野県上田市のもっとも栄えた飲食街・袋町の居酒屋「お幸」は、真っ暗でした。

ほんの数日前、大将が亡くなられたのです。お店も閉店。「テナント募集」の表示まで。

一昨年以来、私はこのお店に三度しか行っていません。でも、もうあっという間に「常連」のように扱って下さった親父さん。

このお店で私はメニューを見たことがありませんでした。大将が勝手に(こちらの様子を見て)どんどん作ってくださるのです。

病名を荒井さんから聞きました。つまり大将は、それを皆には告げず、ほぼ休みなくお店を開け続けておられたということです。

上田に来たら何度も行くはずだった居酒屋が閉まってしまい、私は途方にくれています。

 

ご主人のご冥福をお祈りいたします。

 

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「少女像」が増えていくことは、止められないだろう

2019-08-12 | Weblog

既に全世界に、「少女像」はある。

いろいろな国の、いろいろなケースの像がある。

日本の一部の人たちは、この像に過敏に反応する。自分の国や先祖が侮辱されたと感じる、という。なぜだろう。

この像の作者、キム・ウンソンさん、キム・ソギョンさんご夫妻は、ベトナム戦争での韓国軍によるベトナム民間人虐殺を謝罪し、被害者たちを慰める思いを込めて、犠牲となった子を抱く母を形象化した「ベトナム・ピエタ」とも呼ばれる像も制作しているという。

日本人だけの問題ではないとしているのに、なぜ日本では、「日本人(だけ)の問題」として騒ぎたてるのだろう。

 

現在、愛知の芸術文化会館にある、この「少女像」は、いま急に、この展示会のために、持ち込まれたものではない。

かなり前からこの国に存在する。

私は隣に座ったこともあるし、触れてみたこともある。

この写真は、一年前に自分で撮ったものだ。

巡り巡ってまさにその「少女像」が、いま、愛知の芸術文化会館の展示ブースに、幽閉されている。

 

既に全世界に、「少女像」はある。

その像の存在に反対する人たちがいることで、なお増殖する。

 

共同通信によれば、岩手県の達増拓也知事は9日の記者会見で、今回の企画展「表現の不自由展・その後」について、「過去に物議を醸した作品を展示するという批評精神が高いものを、そういうものだと断った上で開くことには意義がある」「警備が(クリア)できるなら再開すればいい」、と述べたという。

そういうことでしたら、ぜひ岩手県で展示を開催していただきたい。

 

そして、この国の「表現の自由」が萎縮しないために有効な方法は、まず、明確に一つ、ある。

河村たかし名古屋市長を、リコールすることである。

憲法違反の「検閲」発言をし、「大日本帝国」=「現在の日本」と思い込む一部の日本人の蒙昧を、世界じゅうに知らしめてしまった市長である。

当該自治体の首長が卑劣な脅迫犯たちと同じ考え方を持ち、その肩を持ち、被害者である表現者たちに謝罪まで迫ったという事実は断固として糾弾されるべきだが、ただ批判すればそれで終わりではなくて、決着を付けねばならないのだ。

この国が、民主主義を、人間の権利を、守るかどうかということについてである。

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上田へと向かう

2019-08-12 | Weblog

完全徹夜の状態で、上田に向かう。

仕事が追いつかないのだ。

他にもやりたいことがいっぱいあるが、ほぼ劇作家大会絡みの仕事ばかりだ。

本当なら経費節約のためにバスで行くべきだが、新幹線である。

同じ列車に、同じ仕事に向かう、K君が乗っていて、通路を通ったとき、挨拶をくれた。

私が午前中から、しかも仕事前に、ビールを呷っていると思われたかもしれないが、こいつはノンアルコールである。家にこいつと炭酸水のボトル一本しかなかったのである。

上田も暑いが、東京よりもしのぎやすい。そう思い込もうとしている面もあるが、実際に、湿度は低いだろう。

初めての真夏の上田である。

さて。

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現代演劇と舞台美術 ~島次郎の仕事を中心に~ 劇作家大会 2019 上田大会

2019-08-11 | Weblog

劇作家大会 2019 上田大会。

「 現代演劇と舞台美術 ~島次郎の仕事を中心に~ 」

三十年余にわたり現代演劇の潮流に重要な位置を占めた舞台美術家・島次郎。今年急逝された氏の、創作の姿とそのオリジンに迫る。

8月17日(土) 13:00-15:30 サントミューゼ・小ホール

登壇者 = 鵜山仁 松本修 堀尾幸男(舞台美術家) 今村麻子(演劇ジャーナリスト) 坂手洋二

氏と多くの仕事をしてきた演出家の鵜山仁、松本修、坂手洋二。そして舞台美術家の友人・堀尾幸男。氏の仕事を振り返る写真集の編纂に携わり、その足跡をまとめた今村麻子。
ゆかりの人々が「同時代人としての島次郎」の仕事を通して、現代演劇と舞台美術の関わりについて、語り、わかちあう。

演出家・鵜山仁さんは 『コペンハーゲン』『ニュルンベルク裁判』『ヘンリー六世』『リチャード三世』『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』といったスケールの大きな作品で、島さんと組んでこられている。

演出家・松本修さんは「逃げ去る恋」「魚の祭」「プラトーノフ」「城」、2種類の「かもめ」、「イソップ」「会社の人事」など、島さんは仕事上の重要なパートナーだった。

堀尾幸男さんと島さんの友情と相互の信頼は、演劇界に於いてとても大切な絆だった。

私自身も、島さんと多くの仕事をご一緒してきた。「火の起源」「ララミー・プロジェクト」「ブラインド・タッチ」 「ウィンズロウ・ボーイ」 「民衆の敵」 「BUG」「 ハシムラ東郷」「アイ・アム・マイ・オウン・ワイフ」 「兵器のある風景」 「ザ・パワー・オブ・イエス」「 帰還」 「カウラの班長会議」 「白墨の輪」 「野鴨中毒」⋯⋯。

島次郎さんの仕事を語ることは、舞台美術という範疇を遥かに超えて、現代演劇について語ることになるだろう。

 

シンポジウム以外に、エントランスで、島さんが舞台美術を手掛けた写真を、多く展示いたします。

 

島 次郎 Shima Jiro

1946年、北海道生まれ。武蔵野美術大学卒。演劇やオペラ、バレエなど様々なジャンルで舞台美術を手がけた。

1998年にTHE・ガジラ『PW』『温室の前』などで紀伊國屋演劇賞個人賞、2001年に新国立劇場『マクベス』で伊藤熹朔賞、新国立劇場『浮標』『世阿彌』、ひょうご舞台芸術『ニュルンベルク裁判』で朝日舞台芸術賞。地人会『アンチゴーヌ』、新国立劇場『リチャード三世』などで読売演劇大賞・最優秀スタッフ賞を二度にわたり受賞。2003年に紫綬褒章、2016年に旭日小綬章。

2019年、3月に作品集『舞台美術 1986-2018』(著:島次郎 写真:益永葉)を朝日新聞社より刊行。(このたびのシンポジウムに出席される今村麻子さんは、同書の発刊に尽力したお一人である)

本年4月9日逝去。

 
添付の写真は、私と島さんが組んだ唯一のオペラ『白墨の輪』。こんにゃく座。2014年、世田谷パブリックシアター。照明・竹林功。(撮影・姫田蘭)

 

https://jpac2019-ueda.org


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表現の自由を守ろうとすることが「スタッフ・職員へのハラスメント」になってしまう?

2019-08-11 | Weblog

「あいちトリエンナーレ2019」で展示中止になった「表現の不自由展・その後」。

芸術監督・津田大介氏は「作家の許可なく、緊急措置として展示企画を中止する対応をしてしまったこと、現場に混乱をもたらしてしまったこと、その結果として現場の職員や関係各所にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」というが、本当に、アーティストたちを無視して中止の決定を出したのは言語道断である。愛知県知事はそりゃ大阪府知事よりはましかもしれないが、やはり責任はある。中止にはしてしまったのだ。津田氏は「検閲に屈した」というストーリーにされることを否定して、「大量の抗議やテロの予告などがあることで運営ができなくなる『芸術祭の脆弱性』が可視化された。検閲というよりは、文化・芸術に対するテロの問題です」としている。この国の「検閲」システムの批判をする勇気がないのだろう。  

そんな中、津田氏自身が神戸市内で18日に開催予定だったシンポジウムが中止となった。忖度、自粛の嵐。表現の自由を否定する空気が蔓延し始めている。

津田氏は「僕個人だったら刺されてもいいが、僕だけではなく会場にはお客さんもいるし、アーティストの作品もある。何よりも疲弊するのはスタッフであり、スタッフにまで闘争する覚悟を強いることはハラスメントになってしまう」とする。「ガソリン携行缶を持っておじゃまする」という脅迫、職員を名指しで非難する動きがあった以上、「スタッフにまで闘争する覚悟を強いることはハラスメント」というのは、ある意味正当性があるように感じられる方もいるかもしれないが、こうして脅迫し、不安をあおり、公共であることの弱みを狙った攻撃・圧力によって、いともたやすく行政や外郭団体を自粛決定に追い込むことができてしまうという現在の様子は、異常である。

明らかにこの国では「スタッフ・職員を苦しめること」を正当な理由として、あたかもそれが正義であるかのように「表現の自由」を奪うことが正当性を持つことになってしまう。

スタッフ・職員を苦しめているのは、アーティスト、表現者ではない。苦しめているのは理不尽な犯人たち・姿を隠した攻撃者たちである。なのに、表現の自由を守ろうとする人たちを「スタッフ・職員へのハラスメント」と決めつける風潮が、今後も増してくるだろうと予想される。彼らを守ることができるのかと問われれば、迂闊なことは言えない、ということになってしまうだろう。

もちろん「スタッフ・職員の安全」は、絶対に守られなければならない。

いっぽう、辺野古や高江で基地反対の表現をする人たちの活動を、一日あたり千六百万円をかけて阻止しようとしている日本政府である。であれば、憲法で定められた表現の自由を守るために、機動隊やALSOKに「表現の不自由展・その後」をガードさせればいいのではないか。彼らは「それはハラスメントだ」と、拒否するのだろうか。そもそも一日あたり千六百万円をかけても守りきれないのだろうか。それじゃ一年後のオリンピックなんて開けないじゃないか、という意見が出てくるのも、もっともである。

どう守るのか。どう抑止するのか。

世の中全体の空気をもっとまともにする、という以外には、なかなか思いつかないのだが。

 
 
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中山マリ『あい子の東京日記』〈ひとり語りバージョン〉上演。劇作家大会 2019 上田大会。

2019-08-10 | Weblog

中山マリ『あい子の東京日記』〈ひとり語りバージョン〉、上田で上演します。

劇作家大会 2019 上田大会。〈二本立てスペシャルステージ〉(同時上演 : iaku『仮面夫婦の鏡』)。

中山マリ『あい子の東京日記』〈ひとり語りバージョン〉 構成・演出=坂手洋二

小説家・中山あい子を母に持つ女優・中山マリが、母の小説を織り交ぜながら、二人暮しの日々を振り返る。「中間小説」というジャンルを誕生させ、人気を博した作家・中山あい子。その実の娘である女優・中山マリ本人が、シングルマザーとして自分を産み育ててくれた母を、母のいた世界を、母から見た自分を語り、そのすべてを演じます。母の作品世界が彼女の言葉となって紡ぎ出されます。いま振り返る、二人暮しの日々。

8月16日(金) 19:00-21:00  17日(土) 13:00-15:00

於 : 犀の角

有料2,000円 定員あり 要予約 

会場の「犀の角」は、2016年にオープンした劇場スペースと宿泊施設(ゲストハウス)を併せ持つ交流施設です。旅行者、アーティスト、街の皆さんが交流できる、演劇・音楽等ライブパフォーマンスの拠点として、上田の新たな「顔」となっています。稽古場・レンタルスペースも併設、時間帯によってカフェも営業。「犀の角」という名前は、オーナーの荒井さんがブッダの言葉「犀のようにただ独り歩め。」から引用し名づけたということです。

撮影=姫田蘭。


鴨川てんし一人芝居『生きのこった森の石松』と、二本の一人芝居を、上田に持っていきます。基本は一人芝居の再演なので、既に俳優がそれぞれ一人で稽古してきているのですが、久しぶりに私も参加して稽古しました。二本で7時間、たった三人だけの稽古です。一人芝居はなかなかタフです。(『森の石松』は一人でも立ち回りがあるし、会場の上田映劇は昔ながらの芝居小屋なので大衆演劇的に作り替えています)。『あい子の東京日記』は、劇団新人4人が参加する8分間の劇中劇をカット、完全に中山マリが一人で演じるバージョンに変更しているのが、〈ひとり語りバージョン〉たる所以。シンプルに、語ります。この二本は、これから全国に参上する予定です。既に9月、高松が決まっています。

 

https://jpac2019-ueda.org

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国際演劇協会日本センター編『紛争地域から生まれた演劇』出版

2019-08-10 | Weblog

国際演劇協会日本センターから『紛争地域から生まれた演劇』が出ました。

あまりにも昔に書いたので何を書いたか半分忘れていたが(冗談です)、私は「ユネスコとの繋がりを確認する企画」という文を書いている。国際演劇協会はユネスコ(国連教育科学文化機関)傘下にあるのだ。だから話のマクラが、燐光群が1996年にやはりユネスコ傘下のマケドニア「MOTフェスティバル」に『神々の国の首都』で出たときのことになっている。ユーゴ周辺の紛争がまだ続いている時期だ。

内容はかたいが、賑やかな本である。

 

【書籍刊行のお知らせ】ひつじ書房より、弊センター編『紛争地域から生まれた演劇』(林英樹・曽田修司=責任編集)を上梓いたしました。

2009年に「国際演劇年鑑」の関連企画としてはじめた「紛争地域から生まれた演劇」シリーズ(主に第1回〜第10回の準備期間)および当シリーズで紹介した作家・作品に、さまざまな切り口から再び光を当てた本です。

ひつじ書房のみなさまと、編集中にお世話になったたくさんの方々に深く御礼申し上げます。ひとりでも多くの方に、お手にとってお読みいただけますように。

本書は今月下旬〜末には順次、書店に並ぶ予定です(Amazonの発売日は8月30日を予定、定価3600円+税)。ご希望の方は、お近くの書店までおたずねください。

*ひつじ書房の『紛争地域から生まれた演劇』詳細ページhttp://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-948-9.htm

===
【内容】
シリア、パレスチナ、イランなど世界の「紛争地域」で、なぜ演劇は創られ、どのように演じられているのか。本書により、私たちは未知の紛争について知り、それが自分たちと直接関わりのある出来事であることを発見し驚愕する。欧米、アフリカ、そしてアジアの各地で。本書は、世界の歴史・文化・宗教・政治が、語り手・演じ手・観客という個人の視点を介して交錯し共鳴する、圧巻の「現代・世界・演劇」探究の書である。

【目次】
◯ まえがき

◯ Part 1 「紛争地域から生まれた演劇」について
・演劇を通して世界と出会うための試み  林英樹
・先にはなにもない!  鴻英良
・無傷な私たちが探すコモン・グラウンド  關智子
・世界とつながる演劇は死なない!  宗重博之
・ユネスコとの繋がりを確認する企画  坂手洋二
・「紛争地域から生まれた演劇」の意義  七字英輔

◯ Part 2-1 戯曲と解説 ——作家・作品とその背景
・『 第三世代 ワーク・イン・プログレス』(ヤエル・ロネン&ザ・カンパニー)
翻訳・解説:新野守広 監修:細田和江
・『包囲された屍体』(カテブ・ヤシン)
翻訳・解説:鵜戸聡
・『イスマイルとイサベル』(ロディ・ヴェラ)
翻訳・解説:珍田真弓

◯ Part 2-2 作家と作品 ——地域・歴史・演劇
・核による災禍に演劇が果たす役割(『ナパジ・ナパジ』) 佐和田敬司
・「名誉」の所在とは?(『修復不能』『ブルカヴァガンザ」) 村山和之
・制約くぐり抜け強権体制批判(『夕食の前に』『白いウサギ、赤いウサギ』)河野孝

◯ Part 3 演出家、作品を語る ——「紛争地域から生まれた演劇」各作品の演出にあたって
・魂に纏うもの(『ヴェールを纏った女たち』) 赤澤ムック
・証言の演劇(『ナパジ・ナパジ』)  和田喜夫
・だから、私はここにいる。その意味を見つけるために。(『Destination』)鈴木アツト
・第三世代について(『第三世代』) 中津留章仁
・俳優、そして演劇の可能性(『3 in 1』)杉山剛志
・アフガニスタン演劇との出会い(『修復不能』)公家義徳
・『包囲された屍体』を演出して(『包囲された屍体』)広田淳一
・『狂人と専門家』はなぜ難解なのか(『狂人と専門家』)伊藤大
・観客はみな、当事者であることから逃れることができない(『イスマイルとイサベル』)立山ひろみ
・世界の縮図としての演劇だとするなら、この演劇の描く世界に希望はあるか(『夕食の前に』)シライケイタ
・隣人を想像してみる、演じてみる(『ジハード』)瀬戸山美咲

◯ Part 4 作家たちからのメッセージ
・スコット・ランキン (翻訳:佐和田敬司)
・プラディット・プラサートーン(トゥア)(翻訳:千徳美穂)
・ヤエル・ロネン(翻訳:新野守広)
・ヤルマー・ホルへ・ジョーフリ= アイヒホルン(翻訳:後藤絢子)
・ロディ・ヴェラ(翻訳:珍田真弓)

◯ Part 5 ITI と「紛争地域から生まれた演劇」
・「紛争地域から生まれた演劇」シリーズはこうして始まった 小田切ようこ
・世界の演劇ネットワークの中の「紛争地域の演劇(Theatre in Conflict Zones)」 曽田修司
・ITI日本センターとその活動について 国際演劇協会日本センター

◯ あとがき
◯ 年表
◯ 本書に登場する国・地域
◯ 執筆者紹介

【編者紹介】
・林英樹(はやし ひでき) 演劇企画団体テラ・アーツ・ファクトリー代表、国際演劇協会日本センター理事、「紛争地域から生まれた演劇」総合プロデューサー。

・曽田修司(そた しゅうじ) 跡見学園女子大学マネジメント学部教授、国際演劇協会日本センター常務理事・事務局長。

■ブックデザイン:中垣デザイン事務所+三好誠
■A5判並製カバー装、468頁
■ISBN 978-4-89476-948-9

 

https://www.facebook.com/itijapan/?__tn__=kCH-R&eid=ARA1epaEl58p6coNLQrtsXS5NOf6FXxWqFgqjGDNWQCI7AdGvc2sV5OKC2NEkke6-SZL2fLL1gOGRTow&hc_ref=ARRH_JpkcUBixYWCIlN4s3KKQogEIhQwr9rtvsvfHttxA8wJxHpzFiyBieoyjdtNUIw&fref=nf&__xts__[0]=68.ARBilz4B2JJ8LvLxcu99ZwyWsYZTbZ5nhtaj3E-6ps2r4Qrtmam80B1swAFDP1GizqjkkboqIeLY_2YeBurf1cgu_W1kQ7nNyk0xLS7G58dtEzcPtx9VfGWVLJA6Bfnl5Xsao9nduOcXDQh_5ZB9ZZlC4uxUd0j8ZRRnsZbj_73QCRHV4k5mJwZKZgELYuBswtscoS5Bx1-Dj3ZsOysKrj0iFjuEgCcVa10X33g_L0xid2_PCRpnqk7rydqVChqxXdiIgbHajpGAV1r_xdlBFEWPaKu4MWNVsAjYFkTVcddyYS-jZ8X7KgILLRU5QB6HZcN3JvNVeACfwdGfn8Q7kj6j4A


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上田城と土田英生の怪しい関係。劇作家大会 2019 上田大会「土田英生の上田のコトコト歩き~僕が上田城主だったなら~」

2019-08-09 | Weblog

「土田英生の上田のコトコト歩き~僕が上田城主だったなら~」

劇作家大会 2019 上田大会 その目玉企画の一つである。

私はそう思っている。

企画概要は、以下の通り。

 

上田ってどんなとこ? 
お城マニアでもある土田英生が上田のマチを演劇的に攻略します!

8月16日(金) 13:00-15:00 18日(日) 10:00-12:00
上田市内(集合場所:サントミューゼ)
有料各500円 定員各30名 要予約

16日「城下町編」、18日「上田城編」
ガイド=土田英生 和根崎剛 

 現実に見ている景色を別の角度から眺めてみる。まずは歴史的な知識を知り、さらにはそこに想像のフィルターを加えることで、目の前の何気ない光景がいかに演劇的になるのか?
 その場をロケ地と捉え直し、そこで展開するドラマを好き勝手に考えてみます。学芸員の方の知識もお借りしながら、私と一緒に上田で広がるドラマを楽しいツアー体験をしましょう。
 演劇は劇場だけのものじゃない。街中に転がっているんです。(土田英生)

*歩きやすい服装でご参加ください

 

土田英生 Tsuchida Hideo

劇作家、“MONO”代表。
1967年3月26日、愛知県生まれ、京都在住。1989年に“B級プラクティス”(現MONO)結成。1990年以降全作品の作・演出を担当。映像脚本も多数。ドラマ『斉藤さん』、『崖っぷちホテル!』、映画『約三十の嘘』、『初夜と蓮根』など。17年、小説『プログラム』(河出書房新社)を上梓。

 

和根崎 剛 Wanezaki Tsuyoshi

上田市教育委員会 学芸員。
1969年12月9日、上田市生まれ。平成19年から上田城跡の発掘調査や整備等を担当。「上田城の魅力を多くの人に伝えたい」と、「ブラタモリ」真田丸スペシャルで案内人を務めるなど、以前から城や城下町をめぐる講座・イベントに関わっている。

  

しかしこの企画、Webにも情報は出ているのだが、

「うーん……これだけでは、何が楽しいかやっぱりイメージしづらいと思います」とか、言われてしまうのだ。

なぜ?

天下の名城・上田城ですよ。歴女、歴男の皆さんあこがれの地ですよ。

そうか、歴史に関心のない人は、ぴんとこないのか。

しかし、そういう方こそ、未知なる日本史のミステリーに触れるチャンスですよ。

そして、ガイドするのが劇作家協会のアイドル・ツッチーこと土田英生ですよ。ツッチーは今年、映画監督デビューも果たすのですよ。 最近掲載された、このたび同伴される和根崎先生との上田の広報紙での対談も、抱腹絶倒だったのですよ。二時間、このお二人のお話を聞けるだけでもたいへんなことですよ。ツッチーと上田城のあやしい関係を知ることが出来るのですよ。

しかも、16日「城下町編」、18日「上田城編」、二回開催で、ちゃんと中身が違うのですよ。

絶対に見落としてはいけない企画です。この大会の三大テーマである「まち」「まなぶ」「つながる」が全部入った好企画なのですよ。「イメージしづらい」って、何が?!と、思うんですが。

……はい。実は、まだこの企画、申込みが過半数に届いておりません。もちろんいかなる場合でもツアーは敢行しますよ。でも、この企画、私自身が参加したいくらいなのです。

もったいないのです。

上田市はバスまで用意してくださっているのですよ。

興味を持たれた方、ぜひ、お申し込みください。

お盆明けですから、上田のホテル・旅館も、まだあいているところはあいています。

東京からだと三千円くらいの安いバスだってあるんです。

思いきって、上田に。

蕎麦の盛りは多いですよ。そして馬肉うどんが絶妙な味で。いや、その話はまた、今度。

https://jpac2019-ueda.org/program/42_tuchida_aruki/

 

 

〈上田城について〉 (上田市の文化財マップによる)

 

上田城は真田昌幸〔さなだまさゆき〕により16世紀の末、安土桃山時代に築かれました。そして、その築城後まもない時期に昌幸は二度も徳川氏の大軍に攻められながら、この城に立てこもって、これを撃退したことで知られています。

この上田城は上田盆地のほぼ中央の地に位置する平城〔ひらじろ〕で、千曲川(その分流尼ヶ淵〔あまがふち〕)に望む段丘の崖〔がけ〕を利用して築城されていほります。現在、公園化されているのは、本丸・二の丸と周囲の濠〔ほり〕跡の範囲です。

濠・土居〔どい〕(土塁)・石垣については、本丸では西側の入口(虎口〔こぐち〕)の片側の石垣が取り払われているほかは、ほぼ昔のままに残っています。二の丸については、「三十間堀〔さんじっけんぼり〕」が埋め立てられたり、北西側の「百間堀〔ひゃっけんぼり〕」と呼ばれた大規模な濠跡が土居の法〔のり〕面(土手)を観覧席に利用した陸上競技場や野球場に改修されたりしています。けれども、全体的にはもとの姿が分かる程度には形を残しています。なお、この二の丸北側の大水濠〔すいごう〕は矢出沢川〔やでさわがわ〕の流れていた跡を改修したものと考えられています。矢出沢川のもとの川筋はこの大濠となり、付け替えられた新流路は、城の北と西を囲む実質的な外堀とされたのでした。

建物については、本丸の周囲に7棟〔むね〕あった隅櫓〔すみやぐら〕のうち3棟が残っていて、長野県宝に指定されています。

真田昌幸が天正〔てんしょう〕十一年(1583)に築城を開始した上田城は、はじめは徳川勢力の、ついで上杉勢力の、それぞれの最前線基地として、周辺の諸領主の助けもうけて大規模な工事が行われたもようです。そして、徳川軍との最初の戦いがあった同十三年には、一応の形ができていたようです。ただし、この時点での上田城は実戦の役に立つことだけを考えた、簡素なものだったと考えられます。

天正十八年、信濃の各地に秀吉の部下の大名が配置されました。そして、これ以後、その大名たちにより安土城や大坂城にならった大規模な城郭築造工事が行われ、石垣が築かれ瓦葺〔かわらぶき〕きの櫓が建てられ、松本城のような天守閣も建設されました。このような周囲の情勢を見て、真田昌幸も居城の大改修に乗り出したと考えられます。その証拠として、上田城の本丸や二の丸の濠などから出土している金箔〔きんぱく〕を貼〔は〕った鯱〔しゃち〕瓦や鬼瓦の破片、桐の文様の鬼瓦、菊花文様〔もんよう〕の軒丸〔のきまる〕瓦などの桃山時代に特徴的な瓦が挙げられます。かなり立派な城郭建築が本丸にはもちろん、二の丸にも濠に面して建てられたものとみてよいでしよう。

しかし、真田氏の築いた上田城は慶長五年(1600)の関ヶ原合戦後に破壊されてしまいます。建物はもちろん壊され、濠も埋〔う〕められてしまいました。これは関ヶ原合戦のおり、真田昌幸・幸村(信繁〔のぶしげ〕)父子が西軍につき、上田城に立てこもって、徳川秀忠軍が西へ向かうのをくい止めたことに対する処分のひとつであったことは、よく知られています。

真田氏のあと上田藩主となった仙石忠政〔せんごくただまさ〕は、幕府の許可を得て寛永三年(1626)から上田城復興工事にとりかかっています。この時の縄張〔なわば〕り(郭〔くるわ〕・堀などの配置)については、城普請〔しろぶしん〕について指示した忠政の覚書きや真田氏時代の瓦の出土状況などからみて、埋め堀をふたたび掘りあげるなどして、元の姿に戻すことを基本としていたことは間違いありません。

ただ、真田昌幸の上田城は堀と土塁が防備の中心で、石垣はなかったとみられますが、仙石氏再建の上田城では本丸・二の丸の入口部分に石垣が築かれました。これは大部分が「打ち込みはぎ」という、ある程度加工して積みやすくした石を使う方法がとられています。石材については、近くの太郎山などからとれる緑色凝灰岩〔りょくしょくぎょうかいがん〕が主に使われています。

このように上田城は復興工事が始められました。しかし、二年後の寛永五年に仙石忠政が病死し、工事は中断されてしまいます。そのため、本丸については隅櫓が七棟と櫓門が二棟できるなど、一応の体裁〔ていさい〕が整いましたが、本丸・二の丸の中に御殿〔ごてん〕は造られず、二の丸・三の丸については櫓や城門など、城郭らしい建物は全く建てられませんでした。近世(江戸時代)の城としては未完成の姿ですが、このままの状況で明治維新にまで至ったのです。江戸時代は平和な時代が続き、城郭は支配者の権力の象徴としての意味をもっていただけでした。真田信之〔のぶゆき〕は上田城が壊されたあと、三の丸に藩庁も兼ねた藩主居館(今の上田高校の所)を築きましたが、これだけで十分だったのです。

上田城主の在城期間は真田氏が二代で天正十一年から元和〔げんな〕八年(1622)まで、そのあと仙石氏が三代の間で宝永三年(1706)まで、それ以降が松平氏で明治の廃藩まで七代にわたりました。

上田城は明治7年(1874)に払い下げとなりました。本丸の隅櫓についても一つを残して、あとは取り壊されたのですが、このうち二つについては、市内の別の場所に移されていました。 これについては、戦時中の昭和18年(1943)から戦後にかけて、本丸入口の現在の場所へ再移築されました。また、近年本丸東虎口の櫓門が再建されるなど、廃城前の姿への復原をめざして整備事業が進められつつあります。

上田城は真田昌幸のときに、二回にわたって徳川軍の攻撃を迎え撃〔う〕ったわけですが、このような二度もの実戦の歴史をもつ近世城郭は全国的にも例はありません。しかも数少ない兵力で大軍を退〔しりぞ〕けた名城として、早くに国の史跡に指定されたものです。また、上田城は天守閣もなく石垣も少なく、見ばえのする城郭ではありません。しかし、土塁が主体で中世的な面影をよく残している城跡として、貴重な存在と言えるのです。

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鴨川てんし一人芝居『生きのこった森の石松』〈ひとり語りバージョン〉上演。劇作家大会 2019 上田大会。

2019-08-08 | Weblog

鴨川てんし一人芝居『生きのこった森の石松』〈ひとり語りバージョン〉、上田で上演します。

劇作家大会 2019 上田大会。〈懐かしの旅廻り一人芝居二本立て〉(同時上演 : 鈴木一功『べっかんこ鬼』)。

会場は、百余年の歴史を誇る老舗の映画館「上田映劇」です。懐かしい佇まい、大衆演劇が旅してきた頃の風情が残っています。入口の前に立つと、映画が娯楽文化の王様であり、映画館が街の中心だった時代に、タイムスリップしたような気持ちにさせられます。ロビーに、場内に入ったら、もう至福。百二年前に建てられた当時の佇まいが大切に残され、あるいは再現されており、きっと若い世代の方々でも「懐かしさ」を感じるはず。フィルムコミッションが発達し、多くの名作映画が撮影されてきた上田の、「映画の街」としての歴史、その象徴といえます。

ここでの上演に立ち会えることは、特別な体験になると思います。

 

鴨川てんし『生きのこった森の石松』〈ひとり語りバージョン〉構成・演出=坂手洋二 出演=鴨川てんし

「清水の次郎長」の物語でもっとも愛されるキャラクター「森の石松」が、現代の夜を巡るしがない屋台の主の姿を借り、よみがえる。一途な男の情のもろさ、烈しさに、ついつい本音を漏らしてしまう屋台の客たち。思わぬ形で掘り起こされる、現代の深層とは? 愛すべき侠客の短く壮絶な半生を貫く、鴨川てんしのライフワーク。シンプルな語りを中心とした〈ひとり語りバージョン〉で、お届けします。

 

8月16日(金) 19:00-21:30 『べっかんこ鬼』『生きのこった森の石松』の順で上演     ※16日上演後 鈴木一功と鴨川てんしによるアフタートーク「ひとり語りのつくりかた」 聞き手=坂手洋二      

17日(土) 19:00-21:00 『生きのこった森の石松』『べっかんこ鬼』の順で上演     ※17日 18:00より映劇バックステージツアー開催!  

上田映劇 有料2,000円 定員あり 要予約(別途、大会参加登録費1000円)

 

https://jpac2019-ueda.org

 
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美術評論家連盟の意見表明は、腑に落ちる

2019-08-08 | Weblog

「民主主義とは、個々の市民がそれぞれ自ら判断し意見を表明する能力を持つことを国家および行政が尊重し信頼すること、そしてそれによって市民も国家、行政への信頼を醸成しうるシステムです。行政がこの信頼関係を放棄することは、この国が恐怖に支配され暴力に追随する危険な国だと自ら示したことになります」

「今回のように暴力と恐怖に後押しされた要請を受け入れるとき、行政、また政治の正当性、存在理由はいかに確保されるのでしょうか」

「表現の機会を保障することは、必ずしもその表現の内容を追認することではありません。市民ひとりひとりが自分で見て、感じ、考える機会を保障することです。多様な表現と意見があることを知り、そのやりとりに参加する機会を与えることです」

「この事件はすでに海外でも報道され、日本国内から発信される 豊かな文化活動総体に対する、国際的な信頼を失墜させています」

「美術評論家連盟は、当該国際現代美術展の開始当初のすべての展示が取り戻される社会的状況が整えられることを望みます」

美術評論家連盟の、「あいちトリエンナーレ 2019」における 「表現の不自由展・その後」の中止に対する意見表明は、腑に落ちる。

劇作家協会が6日に出した〈「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール〉の、多く部分と、ぴったり重なるからである。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

「あいちトリエンナーレ 2019」における 「表現の不自由展・その後」の中止に対する意見表明

 

2019 8 7 日 美術評論家連盟 会長 南條 史生

美術評論家連盟は、暴力的威嚇や脅迫による混乱を理由として、また、河村たかし名古 屋市長による、それらの威嚇に同調するかのような展示中止要請も受けて、「あいちトリエンナーレ 2019」における国際現代美術展の一部である「表現の不自由展・その後」のセク ションが開始後わずか3日で中止を余儀なくされた異常事態に直面し、それが今後にもたらす影響について深く憂慮します。

もとより表現活動が暴力や脅迫によって抑圧されることはあってはなりません。今回の事態の経緯の問題は、こうした暴力行為から市民の活動を守ることが警察を含めた行政の役割であるにもかかわらず、暴力行為から守るという理由で、その暴力が要求する展示の中止を受け入れざるをえなくなったという点にあります。

民主主義とは、個々の市民がそれぞれ自ら判断し意見を表明する能力を持つことを国家および行政が尊重し信頼すること、そしてそれによって市民も国家、行政への信頼を醸成しうるシステムです。行政がこの信頼関係を放棄することは、この国が恐怖に支配され暴力に追随する危険な国だと自ら示したことになります。

今回の事態は、まさに憲法 21 条に明記された「表現の自由」という民主主義の基本理念が根本から否定されたことを意味しています。今回のように暴力と恐怖に後押しされた要請を受け入れるとき、行政、また政治の正当性、存在理由はいかに確保されるのでしょうか。

そもそも公的組織が芸術・文化事業を「公」的にサポートすることの意味は、民主主義に基づく憲法の精神、つまり表現や意見の多様性を保障することのはずです。自らへの批判をも一意見として尊重し、その検討・議論を深める機会を奪わないこと、これこそが公的な文化支援の原則ではないでしょうか。

行政による作品の撤去や隠蔽は、すなわち、その作品の意味を固定して市民の自主的な 判断能力を信用しないこと、市民自ら判断する権利、鑑賞する権利を奪うことを意味しま す。市民がなにかを知ろうとする健全な好奇心さえ遮断されてしまうということです。このような状況では健全な文化の発展など望めません。

今回の事件に関連して菅義偉官房長官は、国家による補助金交付を精査する、と発言しています。これは公的支援を打ち切る可能性を示唆し、「政府の方針に不都合な意見、表現は援助しない」、つまり排除するという、補助金申請者への婉曲な威嚇となってしまっています。繰り返せば、表現の機会を保障することは、必ずしもその表現の内容を追認することではありません。市民ひとりひとりが自分で見て、感じ、考える機会を保障することです。多様な表現と意見があることを知り、そのやりとりに参加する機会を与えることです。

今回の事件を是認するならば、「あいちトリエンナーレ 2019」に限らず、今後のあらゆる表現活動は委縮せざるを得なくなります。表現の健全な発展は日本国内において期待できなくなり、ひいては、市民の多様な活動を守るという行政機関への信頼そのものを損なわ せることになるでしょう。この事件はすでに海外でも報道され、日本国内から発信される 豊かな文化活動総体に対する、国際的な信頼を失墜させています。

以上が、美術評論家連盟が、「あいちトリエンナーレ 2019」の推移を深い憂慮をもって注視する理由です。美術評論家連盟は、当該国際現代美術展の開始当初のすべての展示が取り戻される社会的状況が整えられることを望みます。 

http://www.aicajapan.com/wp/wp-content/uploads/AICA_Japan_opinion_2019_08.pdf?fbclid=IwAR3DDx5GI1-Z8N7AAr_biW9dAliy72JA76Qq7hRaKc1Z2E3hXyhQch4mzqw

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『熱海殺人事件 vs 売春捜査官』の演出助手・中山美里が、新作を東京初演。

2019-08-08 | Weblog

つかこうへい作『熱海殺人事件 vs 売春捜査官』で燐光群・演出助手デビューした中山美里が、梅ヶ丘BOXで、新作を披露する。

燐光群は、既に清水弥生という強力な作家がいるのだが、そこに、さらに若き新人が登場した次第である。

中山美里が実体験をもとに“労働”や“女”を描く「人魚の肉をこねる」は、パン屋でアルバイトをしていた彼女の実体験をもとにしている。「演劇をやりながらパン屋でアルバイトをしているナカタは、40歳のベテランアルバイター・オオイから理不尽に怒られる。ナカタは腹いせにオオイのことを芝居の台本にするが、その台本を彼女に読まれてしまい⋯⋯」、というストーリー。もとになるプロトタイプを、既に半年前、〈西和賀 銀河ホールの"雪の演劇祭〉で上演している。

美里の、執着心、こだわりには、毅然とした「個性」がある。

御期待ください。

 

もじゃもじゃ「人魚の肉をこねる」

作・演出:中山美里

出演:安藤歩、泉川遥香、中山美里、将伍、新垣亘平

2019年8月29日(木)〜9月1日(日) 

梅ヶ丘BOX

開演 14:00/19:00 (ただし9月1日(日)は14:00のみ)

 

https://natalie.mu/stage/news/341704

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つかこうへい作『熱海殺人事件 vs 売春捜査官』、公演終了。

2019-08-07 | Weblog
つかこうへい作『熱海殺人事件 vs 売春捜査官』、公演終了。
 
皆さま、お疲れ様でした。
 
写真は、川中健次郎、武山尚史。(撮影:姫田蘭) 

つかこうへい氏の『熱海殺人事件』、『売春捜査官』、二作品と過ごした夏です。

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劇作家協会が〈「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール〉を出しました

2019-08-06 | Weblog

劇作家協会が〈「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール〉を出しました。

 

「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール


  私たちは、あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」が、テロ予告や脅迫まがいの攻撃にさらされ、中止に追い込まれたことを表現者として強く危惧します。

 もとよりこの企画は、日本の公立美術館で展示を拒否されたり、撤去されたりした作品をその経緯とともに展示し、個々の作品への賛否を超えて「表現の自由」についての議論を活発化しようとする試みでした。その趣旨が試される間もなく、威嚇に屈した今回の事例は、日本の「表現の不自由」さを世界にアピールするだけでなく、国内での表現活動のさらなる萎縮を招くことにつながりかねません。

 このような状況をいっそうあおったのは、河村たかし名古屋市長と菅義偉内閣官房長官の発言でした。河村氏が展示の即刻中止を要求し、菅氏が補助金交付の是非にまで踏み込んだことは、行政による「表現の自由」への介入にほかなりません。「行政の気に入らない作品」が展示を認められず、助成金も受け取れないことが通例となっていくならば、憲法21条に禁じられた「検閲」の実質的な復活です。このようなことが、民主主義のルールを無視した為政者の介入によって、喧騒の中で既成事実化されることは看過できません。

 憲法第21条における「言論・表現の自由」の重要な核心のひとつは、「政府を批判する自由」の保障です。自国の現在、自国の過去について、批判的な表現活動が安全に行えないような国が、民主主義国と言えるでしょうか。

 私たちは、表現者に規制をかけ、表現を妨げる側の行為を助長させる結果となった、「表現の不自由展・その後」の展示中止を、私たちの表現活動に関わる問題として、この国の民主主義の危機としてとらえます。そして、この展示をめぐる、河村市長、菅官房長官の発言に、改めて抗議します。

 行政が表現の場を提供した今回のようなケースでは、まず、行政は毅然とした態度で、他の公権力も含むあらゆる妨害から、表現を守るべきです。匿名・不特定多数の「脅迫」や「嫌がらせ」が存在するならば、それに妨げられることのないよう手段を講じ、安全を十分確保し、開催可能な状態に持っていくべきです。

 異論や反論があったとしても、表現の場までは奪わずに、言論をもって対抗し、情報の多様性は残しておく。これこそが、行政のとるべき態度であり、歴史に学ぶ知恵ではないでしょうか。


2019年8月6日 
 
一般社団法人 日本劇作家協会

http://www.jpwa.org/main/statement/appeal20190806

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