昨日の朝、ひめちゃんとタバサねーちゃんは、天神田(字天神の田んぼ)を歩いてきました。
天神様の御利益かな?
ケンくんとガラス越しながら、久しぶりに逢えました
逢いたかったわ
アタチはガラス越しの逢瀬でも幸せよ
アタチは、直接逢いたいですわ
又の機会を待ちます
先日、常広寺で、天神沼で泳いだ記憶のある人に出会いました
本橋院殿(山上郷右衛門顕将)供養塔そばの山上城の縄張り図の前でです。
供養塔の側に、山上城の縄張り図があります。
ここは山上城本丸への近道なのです。
その縄張り図では、城の東を流れるのは蕨沢川(わらびさわがわ)です。
話が弾んで、山上城の縄張り図を見ながら、「東の川は蕨沢川と呼ばれていますが、本来の縄張り図では、山上城の東を流れるのは天神川です。先代の和尚さんは天神沼で泳いだそうです。天神沼も近くにあったはずですけど」
(『日本城郭体系 第4巻』 新人物往来社・昭和54)
すると、「俺、天神沼で泳いだよ」
「何処ですか?」
「裏の竹藪のむこうだよ。そんなに大きな沼ではなかったよ。夕方になると、カッパが出るといわれていたんだ」
「ええツ 貴重な情報ありがとうございます。」
と言うわけで、一昨日の朝のお散歩はみんなで「天神沼を探して」ということになりました
古い地図(昭和47年)で、付近を確認です。
赤線で囲った部分が、字天神です。
青線を歩いてきました。
字鹿島の上は字諏訪です。
鹿島は鹿島神社の鹿島かも?
あれ、鹿島神社、諏訪神社、天神様がそろってるかも
もしかしたらここら辺は、ものすごいパワースポットかも
鹿島神社の記憶がどこかにあるかな?
天神沼跡に一番近い橋を渡ります。
むこうに見える森(竹林)の北側が怪しいぞ
あそこの橋を渡るよ
橋の上から、南の風景です。
振り返って、北側の風景です。
けっこう深い流れです。
砂防指定地ですって
土砂崩れを防ぐために、制限があるのかな?
ナス畑の脇を通らせてもらいます。
ナス畑の南は、窪地ではありません。
右の方に道がありそうです。
なんとか道に出て、南に進みます。
少し低い土地だけど、窪地ではありません
大きな桑の木も邪魔していますけど、なんとか通過します。
道らしき所に出ます。
右の竹藪は、常広寺境内の竹藪です。
おいしい筍が出ます。
道が左に行ってます。
この間のおじさんの話だと、「天神沼は、常広寺の竹藪のすぐ先だよ。」ということでした。
天神沼は、何処だろう?
窪地と考えると、この左辺りだけど
でも、竹藪の向こうだと、低くない
古い地図だと、この先に川を渡って道があります。
現在では、竹やその他の木々の切り株だらけです。
靴を履いてないひめちゃんとタバサねーちゃんも一緒なので、無理をせず退却です。
本来の橋が架かっていた位置から、数メートル南にかかる橋を渡ります。
あのフエンスが途切れてる辺りのむこうに、昔の橋は架かっていたかな?
川沿いに北上して帰ります。
道の東は、現在常広寺の墓地で、新墓地と言われる分譲中の墓地です。
ここに、気になる石宮があります。
(つづく)
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