これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

恩師のお通夜

2017年10月15日 21時08分21秒 | エッセイ
 高校時代の担任教諭が亡くなった。
 教員という仕事を勧めてくださった方で、私にとっては恩師である。年賀状の電話番号を頼りに、奥様が電話をかけてきて、葬儀の日程を知った。
「〇〇先生が亡くなりました。お通夜は〇日、告別式は△日です。ぜひ参列をお願いします」
 高校時代の友人にメールやラインで出席を促す。片手で数える程度の人数だけど、きっと何人かは来るだろう。
「都合がつかないので、申し訳ないけれど行かれません」
 ありり。
 送信直後から、こんな返事ばかりを受信した。彼女たちは知らせを受けてから、即「行かない」と判断したようだ。私とは距離感が違うのだと諦めた。
「しょうがないな、もう。私が代表で行ってくるか」
 ブラックフォーマルと黒いバッグ、パンプスを用意して布団に入る。その夜は一度も目覚めず、ぐっすり眠れた。
「おはよう。昨夜、変なことがあったよ」
 朝イチで妹からラインがきた。
「寝室の電気が、いきなりフッと消えて、私のスマホも電源が入らなくなっちゃった。元担任が亡くなったって言ってたでしょ。それじゃない?」
 うりょりょ。
 霊感ゼロの私は何もキャッチできず、霊感の強い妹がとばっちりを食ったようだ。わははは。いったい、何でそっちに??
 さて、恩師の葬儀はさいたま市の一角で行われることになっている。大宮か北浦和からバスが出ているので、それを利用することにした。最寄りのバス停から葬儀場までは徒歩5分とあるが、通夜開始の18時には余裕で間に合うよう、17時40分に到着するバスに乗った。
「あれ、真っ暗だ……」
 バス停を下りると、すっかり日が暮れている。街灯もまばらで、予想以上に見通しが悪い。てっきり、葬儀場の看板があって、矢印で進行方向がわかるものだと思っていたが、そんなものは見当たらなかった。
「こっちかな」
 地図を片手に進んでみる。民家はなく、辺りは背の高い草ばかりが生えていた。
「違うみたい。反対に行ってみよう」
 スマホを片手に行ったり来たりして、実に怪しい人になってしまったが、とがめる人影すら存在しない。このエリアには私ひとりしかいないのだろうか?
「あった、あった。こっちだ」
 ようやく葬儀場の看板を見つけた。ホッとして矢印の通りに歩いたものの、時計を見たら5時55分になっている。はたして間に合うのか?
「ひええええ」
 先ほどのノロノロウロウロから一転して、小走りになった。後ろから車が1台、私を追い越していっただけで、依然としてまったく人気がない。だが、「何か出てきそう」などと考えるゆとりはなく、ひたすら「急げ急げ」と焦っていたので、特に気に留めなかった。
 ようやく、広い通りに出た。左に行くと「霊園」となっていて、並ぶ墓石が目に入った。私が目指しているのは会館であって墓場ではないはず。「もうちょっと先かしら」と素通りしたら、別の施設になってしまったので引き返す。会館は霊園の奥にあった。
「もう、先生ったら、こんなわかりづらい場所を選んで。何分歩かせる気なのよ、キイ~ッ!」
 だんだん腹が立ってきた。そういえば、恩師はそういう人だった。マイペースゆえに、周りの人を怒らせることは多々あったが、ご本人はいたって温厚なのだ。一度も怒った顔を見たことがない。その代わり、他の先生から叱られる姿は何度も見た。最後まで、そういう星の下に生まれたのだと気づき、急におかしくなってきた。
 会館入口の、恩師の名が書かれた看板を見つけたときには、体中の力が抜けそうなくらい安心した。すでに読経が始まっている式場に案内され、焼香台に進む。
 遺影の先生は、やはり笑っていた。白い歯を見せて、ニカッと笑っていた。つられて私も口角を上げた。この方を送るのに、涙は似合わない。「何十年かしたら、お前も来るだろ? 待ってるぞ」なんて言いそうだと思った。後ろを振り返らない先生だった。「未練」や「後悔」を連想させる言動はひとつもなく、いつも前だけを見ていた。この世でやり残したことがあっても、きっと「次に生まれ変わったときでいいよ」と余裕をかますだろう。
 ハンカチを目に当てている参列者はほとんどいない。みなさん、よくわかっていらっしゃる。
 旅行の好きな先生だった。国内から国外まで、年に何度も家を空けたと聞く。焼香台の脇に、旅行中の写真や旅先でのスケッチが飾られていて、誰もが温かな視線を向けていた。
 ご冥福をお祈りいたします。
 和んだ気分で会館を出る。あとは、バス停に戻るだけだ。相変わらず人気がない道は、ヒールの音がひときわ響く。だが、なぜか踵が痛い。靴擦れしたようだ。
「うっそ。2年間、一度も靴擦れしたことないのに、なんで?」
 焦って慣れない道を急いだせいだろうか。道端には、ススキのような植物が延々と続いている。ここに出るなら幽霊ではなく、キツネかタヌキであろう。いや、ちょっと頑張れば、ハクビシンでも人を化かせるかもしれない。



「なんだ、こんな靴。こうしてやる」
 血のにじんだ左足で、パンプスの踵を踏みつける。こうすれば痛くないのだ、まいったか。
 ようやく、センターラインのある太い道に出た。ここがバス通りだ。さて、右だったか、左だったか。またもやウロウロと、バス停を探してさまよい始めた。
「見ぃつけた~」
 何とかバス停にたどり着いたのだが、ちょっとおかしい。降りたバス停と違う名前が書かれているではないか。
「えっ、でも大宮と北浦和には行くし、間違ってないよね」
 よく見ると、行きのバス停よりひとつ手前である。さまよう間に、ひと区間歩いてしまったようだ。
「クソッ、やっぱり化かされた」
 とは言ったものの、私はウルトラ方向音痴。
 化かされる前に、オウンゴールを決めちゃった?


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8 コメント

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お疲れ様でした。 (鹿島田の純)
2017-10-16 01:45:35
砂希さんには良い恩師だったんですね。お悔やみ申し上げます、
返信する
出会いと別れ (白玉)
2017-10-16 07:33:23
何とも魅力的なお人柄の先生、砂希さんとも通じるものがあったのでしょうね。
笑顔で送られるお通夜、私もそうだったらいいな。
ン十年後に天国で再会したら、苦労した道中話もできますね。
ご冥福をお祈りします。
返信する
思い出 (砂希)
2017-10-16 20:00:52
>鹿島田の純さん

はい、よき担任だったと思います。
前世ではきっと父親だったのではないでしょうか。
随所に私と似た面が(笑)
淋しい式になったらどうしようと心配でした。
でも、卒業生とおぼしき中年が何人もいたので安心しました。
やはり、たくさんの方に見送ってもらいたいですからね。
返信する
教師冥利に (Hikari)
2017-10-16 20:02:09
このところ、葬儀は近親者でというお話が増えた気がします。
お別れができて、よかったのかもしれません。
我々が子供の頃は、いろんな方面に吹っ切れている先生がたくさんおられました。
あのまま現在の学校にタイムスリップしてきたら、瞬時に教育委員会に苦情電話が!
なんてね。
ご冥福をお祈りいたします。
返信する
影響 (砂希)
2017-10-16 20:06:11
>白玉さん

そうですね、恩師は私の教師像に影響を与えた人だと思います。
等身大でいいから、寛容な人になれと背中で教えてくれたような気がして。
湿っぽい雰囲気が苦手な人だったのではないかしら。
天国では、気の合う仲間がコミュニティを作っていると読んだおぼえがあります。
そこにいると思うんですよ、先生が(笑)
しかし、この方向音痴を何とかしなくては!
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わが道 (砂希)
2017-10-16 20:11:21
>Hikariさん

恩師にはいくつもの伝説があります。
海外旅行に行ったはいいが、何らかの原因からトラブって滞在が延びてしまい、始業式に間に合わなかったとか。
先生から海外旅行の話を聞くのが楽しみでしたよ。
マイペースゆえ、バスに乗り遅れたとか、パスポートを落としたとか、数々の失敗をしたそうです。
ちゃんとできなくても、何とかなるのだとわかりましたが(笑)
今の体制では、昔の先生は半分以上が服務違反になることでしょう。
「若い先生は可哀想だな」と何度も言われたことがあります。
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帰り道は? (やいっち)
2017-10-18 08:32:27
恩師という方がいらっしゃる、それはうらやましいし、そういう方は少ないかも。
自分も印象的な先生はいます。それこそ、小学校の担任でも、今も印象に残っている方がいる。
でも、高校を卒業後、30年以上、郷里を離れていたこともあってか、先生どころか、同窓生とも音信普通に。
誰がどうなっているか、まるで分からない浦島太郎です。

ところで方向音痴というけど、帰り道は大丈夫でしたか?
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迷いました (砂希)
2017-10-18 21:14:47
>やいっちさん

焼香後は帰り道の話です。
迷っていないと思っていました。
無事、バス停にたどり着いたはいいが、隣のバス停では正しい道とはいえません。
何をやっているんでしょうね。
このあと、別の日にも、方向音痴が災いして目的地に着くのが遅くなったことがあります。
加齢とともに、どんどん悪化しているような……。
困ったものですね。
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