これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

いつかはこんなクリスマス

2008年12月25日 19時34分27秒 | エッセイ
 横浜は憧れの場所のひとつだ。
 その理由は19歳のときまでさかのぼる。
 ときは昭和61年、私はまだ高校生気分の抜けない大学1年生だった。
「クリスマスはオールでドライブするから来てよ~」
 友達の潤子はとびきり社交的な子で、にぎやかなイベントを企画することが得意だった。潤子のバイト仲間の男の子が5人、友達の私たち女の子が5人集まり、3台の車に分乗して横浜方面まで夜通しドライブをすることになったのだが……。

 はっきり言って、全然おもしろくなかった。

 考えてみれば、彼氏募集中でもなく彼女募集中でもない男女が集まったって、話が弾むはずないのだ。
「オレ、ディズニーランドでお土産売るバイトしてるんだけど、こないだレジに突っ伏して寝てたら、お客さんに『お会計してください』って起こされちゃったよ~」
 なぜかこの話だけは覚えているが、あとは何を話したかも記憶にない。
 場つなぎで私が手品を見せたり、深夜のレストランでスパゲティを食べたりして、楽しむどころか朝までどうやって時間をつぶそうかと悩んだ。
 来なければよかったと後悔した。が、このあとすぐに、まるでプレゼントのような出来事が待ち受けていたのだ。

 外人墓地に着き、ちょっと散歩しようと誰かが言い出した。吐く息は白く、辺りは暗い。時間は午前2時くらいだったろうか、閑静な山手本通りをゆっくりと南下した。



 洋館が点在するハイカラな街並みは、見ているだけでワクワクしてくる。ドアに飾られたクリスマスリースの緑や赤が景色に馴染み、ツリーに点滅する色とりどりの電球が金色のオーナメントを照らし出し、存在感をことさらアピールしていた。
 5分も歩かないうちに、ひときわ明るい一角が目に入った。20人ほどの男女が集まり、庭で深夜のクリスマスパーティをしているようだ。
 ひと目で上流社会の住人とわかるいでたちだった。女性は毛皮のコートを羽織り、男性はスーツを着て、静かに談笑していた。まるで、ハリウッド映画のワンシーンを思わせるパーティだった。
 思わず私たちは足を止め、見慣れない人種に注目した。
 私たちもまた彼らから見えたようで、突如として現れたティーンエイジャーに興味を持ったのか、主催者とおぼしき男性が優雅な足取りで近づいてきた。
「やあ、メリークリスマス。こんな時間にどうしたの?」
 40代後半とおぼしきタキシードに身を包んだ紳士が、シャンパングラス片手に話しかけてきた。品のよい話し方だった。
「いえ、僕らドライブの途中なんですけれど、ちょっと歩きたくなって」
 潤子の友達で年長の男子が代表で受け答えをした。
「ふーん、どう? よかったら飲んでいかない?」
「あ、運転するから飲まないんです」
 紳士は少し残念そうな顔をした。
「じゃあ、ケーキを食べていけば? たくさんあるから手伝ってよ」
 ケーキ!
 それならばと、私たちはお言葉に甘えることにした。
 セレブな人々の集まりに、場違いな庶民がぞろぞろと闖入する様子は奇妙だったが、誰もが温かい笑顔で迎えてくれた。
 お目当てのケーキにはほとんど手がつけられていない。30cm×50cmほどの長方形をした大きなケーキだった。生クリームを塗った表面には、イチゴが端にポツリポツリと飾られており、中央にはしぼったチョコレートで「Merry Xmas」と書かれ、いたってシンプルだった。
「さあ、お好きなだけ召し上がれ」
 面倒見のよさそうな女性から紙皿とフォークを受け取り、私たちは大喜びでケーキにありついた。甘さを控えたさっぱりとした味だった。遠慮しながらも結構いただいてしまい、インスタント・セレブになった感じがした。ウーロン茶をもらって15分ほどお邪魔したあと、私たちはお礼を言ってお屋敷をあとにした。
 なんだかとっても得した気分になった。
 私もいつかはこんなクリスマスが過ごせたらいいな、と心が躍ったひとときだった。

 その後、何度か外人墓地に行く機会があったが、パーティをしていたお宅がどこだったのか、まったく見当がつかない。
 どの家にも立派な庭が広がっており、「ここかもしれない」「あそこかもしれない」という状態なのだ。
 うっとりするような思い出は、思い出のままで取っておけということかもしれない。

 あれから22年も経った今では、私もあのときの紳士の年齢に近づいている。
 しかし、ドレスに毛皮を羽織って、まばゆいイルミネーションの下でシャンパン片手にクリスマスパーティという身分には到底なれない。
 せいぜい、スウェット上下を着て髪をひっつめ、缶ビールを飲みながら、狭い庭先で焼き肉パーティを楽しむ程度である。

 ま、それもまたよし、かな。



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コメント (7)
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