サイモン・シン『暗号解読』を読む。
1585年、10月15日。
スコットランド女王メアリー・スチュアートがフォザリンゲイ城の法廷に入ってきた。
英国をゆるがした女王エリザベス1世暗殺計画。その首謀者としてあげられたのが、政敵である彼女の名前だったからだ。
裁判の焦点となったのは、ある手紙。
そこにはメアリーによる、エリザベス1世の暗殺指令の署名が記されているという。
だが、それはまだ決定的な証拠とはならなかった。
なぜなら、その文書は暗号で書かれていたからだ。
これが読み解けなければ、メアリーの有罪は証明できない。
無罪か断頭台か。
イングランド王室は果たして王家の安寧のため、暗号を解読することができるのか……。
といった、シブすぎるオープニングで幕を開けるこの『暗号解読』。
タイトルのまま古今東西の暗号を、それにかかわった事件や人物のエピソードを絡めつつ、登場した経緯や、その解読のプロセスについて解説していくというもの。
合い言葉は「スクランブラーを解け」。
この本を読むと、暗号というのが、いかに世界史の裏で秘密裏に活躍してきたかが、よくわかる。
ミステリ小説にも出てくるヴィジュネル暗号。
太平洋で日本軍を苦しめたナヴァホ族の暗号。
そして解読不可能といわれ、第二次大戦中縦横無尽に大活躍したドイツ軍のエニグマ暗号機。
これは暗号作成側と解読側の知力をふりしぼった戦いである。
作成者が複雑に入り組んだ暗号を提出すれば、解読側は知性とひらめきと、そして気の遠くなるような地道な検証作業によって道を切り開く。
それを見て作成者はさらに2重3重と文にロックをかけ、解読側はそれをまた、しらみつぶしに解除していく……。
まさに、脳みその中で血で血を洗う、究極の知能ゲームであり、終わりのない記号のイタチごっこ。
読んでるだけで目まいがするというか、阿呆の私は正直
「もう、ついていけませんわ〜」
肩をすくめたくなるくらい、この戦いは複雑怪奇であり、わけがわからなくなり、最後には心身ともに迷路にはまりこむ。
たかが記号でつづられたものに、これほど人間くさいドラマがあるというのが、なんともいえず魅力的だ。
また、暗号というのは、決して解かれることを望まないものだけではない。
エジプトのロゼッタストーンや、古代ギリシャの謎の言語である線文字Bなどといった、「失われた言葉」に挑む学者たちの奮闘も描かれている。
文法も語法も、いやさその文字が表音文字か表意文字かすらわからない言語を現代の言葉に翻訳するなど、一体可能なのであろうか。
ロゼッタストーンに対してシャンポリオンが行っていた作業など、怖ろしいほどの気力と知力と精神力を必要とする、気の狂いそうなシロモノ。
その様はまるで、とっかかりのないつるつるの壁面を、小指の爪ほどのくぼみを手探りで探して、それをひとつひとつ指先にひっかけながら巨大な山を登るようなものだった。
そんなもんに、よく挑戦しようという気が起こるものだが、そこが暗号の魅力なのであろう。
中には「フェルマーの定理」のように、それを解くためだけに一生を費やし、あたら才能と人生を空費するという、なんともいえない悲劇を起こした暗号もあるという。
阿呆の私には、そこまでパズルに淫する覚悟はとても出てこない。
とにかく読みながら、暗号の進化の歴史に驚嘆し、それにとりつかれた人々にこちらも魅入られ、あいだ中ずっと「ホンマ、ようやるわ」と感心するやらあきれるやら。
とにかく脳みそがきしむ、めちゃくちゃにおもしろい本。オススメです。
(『フェルマーの最終定理』編に続く→こちら)