松田優作小説というのがある。
これは私が、勝手に考えた個人的ジャンルで、名優松田優作が出てくるというわけではなく、読み終えたときにジーパン刑事のごとく
「なんじゃこりゃあ!」
思わず叫んでしまうような、おかしな小説のことである。
前回(→こちら)はフレドリック・ブラウンの快作『さあ、気ちがいになりなさい』を紹介したが、今回は『北村薫のミステリー館』。
北村先生といえば、『空飛ぶ馬』でデビューして
「日常の謎」
というミステリの新ジャンルを開き、その後も幅広い作風で活躍。
あれこれとややこしいこともあった末、直木賞をなんとか受賞されて周囲をホッとさせたときには、ただただ拍手が出ました。徳高き先生なのである。
私もミステリ野郎として、先生の著作は多く手に取っているが、かの傑作『ニッポン硬貨の謎』がすばらしい。
これがまた、ラストがものすごい「なんじゃこりゃあ」な驚天動地のシロモノで。
その遊び心というか、あえてこの言葉を敬意をこめて使わせていただくと、「大バカミス」な発想には、心底シビれたもの。
あの北村先生が、そのあふれくる愛と教養をもってして、こんな底抜けなことをやる。
人生とはなんと美しいのかとマジ泣きした、会心の「松田優作小説」だ。
そんな北村先生は、執筆だけでなく、アンソロジーの達人としても知られている。
新潮社の『謎のギャラリー』や、宮部みゆきさんとコンビを組んだ、ちくま文庫の『名短編、ここにあり』シリーズなどなど。
洋の東西ジャンルを問わず、様々な名作で「ドリームチーム」を編んでいらっしゃる。
この『ミステリー館』もおもしろ小説(マンガや戯曲もあり)せいぞろいで、なんとも楽しい。
不眠対策の「寝床での、一人しりとり」から話が広がり「わっかるなあ」と、うならせる岸本佐知子『夜枕合戦』。
南米文学を思わせる幻想的雰囲気と、そこはかとない不気味さをたたえた、西洋版江戸川乱歩ともいえそうなジャン・フェリー『虎紳士』。
短編の名手といえばこの人。私も大好きなヘンリイ・スレッサーが、ここでもやってくれました。
ラストで悲鳴が上がること必至の、切れ味鋭い恐怖小説『二世の契り』。
トリにこれを持ってくるのが、また絶妙。
ラストの一行がしっとりとした深い余韻を残す、村上春樹訳、ジェーン・マーティン『バトン・トゥワラー』。
もう、どれもこれもハズレなしのラインアップなのだが、中でもインパクトがあるのが、稲垣足穂の『本が怒つた話』。
数行の短い話なので、ここに引用してみたい。
或る日、三階で読んでゐた本をポンととじたハヅミに耳のそばで
「面白いか?」と云ふ声がしたので
「面白くない」と云ふと
「何が面白くない! 何が! 何が! 何が!……」と肩をこづきまはされて、窓ぎはに押し行かれて、おまけに足をはね上げられたので、アツといふ間に明いてゐた窓から真逆様に落ちた。
これでお終い。見事な「なんじゃこりゃあ!」。
世の中には、おもしろい物語が、まだまだ山ほどあるなあと思わされましたです、ハイ。