将棋 豊島将之「三冠王」の価値 渡辺明vs佐藤康光 2006年 第19期竜王戦 その2

2019年05月19日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編
 前回(→こちら)の続き。
 
 
 「タイトル戦5連続挑戦」
 
 
 という大記録を達成しながら、なかなか奪取まではいたらず苦しんでいた、2006年度の佐藤康光棋聖
 
 渡辺明竜王に挑戦した竜王戦2連勝スタートでむかえた第3局は相矢倉からこの局面。
 
 
 
 
 飛車が押さえこまれそうだが、ここで佐藤がすごい手を披露する。

 
 
 
 
 

 

 ▲46角と引くのが、驚愕の一手。

 角を引くのはわかるとして、普通なら▲28飛△同と▲46角とか、行き掛けの駄賃にをいただきそうなものだが、別にいいですと放置プレイ。

 後手も当然△38とと飛車を取るが、▲91角成として、これで悪くないというのが佐藤の読み。

 渡辺も、△48と(!)、という銀のヒモをはずす意表の手で先手玉にせまるが、佐藤もタダで取れる駒にかまわず、▲34歩と打って拠点を作る。
 
 △38飛の攻防手にもかまわず、▲33香と打ちこんで、これぞ問答無用で相手の胸ぐらをつかむ「康光カツアゲ流」(と勝手に呼んでいた)の激しいパンチだ。
 
 


 
 その後は3筋に駒をバンバン打ちこんで、あっという間に渡辺陣を裸にすると、怒涛の押し出しを敢行。

 むかえた、この場面。
 



 
 ▲43同金とせまって、後手玉は寄り形に見える。

 飛車打ちの詰めろが受けにくく、先手が押し切ったに見えたが、ここからが熱戦の第2ラウンドだ。







 
 
 △21角と、ここに打つのが、しぶとい手。

 これに負けて3連敗となると、ほぼ勝負が決まってしまうため、渡辺も必死だ。

 先手の攻めもギリギリで、どう指すか非常に迷うところ。

 ここでは▲34金と、援軍をくり出せば優勢だったようだが、佐藤は▲34飛と打つ。

 △41玉▲42歩として、△51玉▲31飛成を作りながらの王手角取り
 
 
 
 
 決まったように見えるが、後手はその角をおとりにして左辺に逃げ出し、もうひとがんばりできる。

 △62玉▲21竜△69銀で、いよいよ最終盤のスプリント勝負。
 
 
 
 
 
 ▲53角の王手に、△73玉と逃げ、▲71竜△83玉▲81竜△82香の合駒。

 そこで▲96歩と突くのが、自玉の一手スキを解除しながらの、次に▲69金と取る手が詰めろになって勝ちという、攻防兼備の手。

 

 
 
 後手はを渡せないので、△78銀成は▲同金が自動的に後手玉への詰めろになり負け。
 
 流れ的には先手勝ちに見えるが、渡辺も懸命にしがみついていく。
 
 
 
 
 
 △72銀(!)と打つのが緊急避難のような犠打。
 
 ▲95桂△94玉▲72竜にでタダ取られるが、その瞬間が一瞬安全になるので△85桂と反撃。
 
 ド迫力の終盤戦だ。
 
 後手玉は「桂先の玉、寄せにくし」の格言通り、▲86桂と打つ筋以外では絶対に詰まない、俗に「桂ゼット」と呼ばれる形。

 なら、桂馬を渡さず、先手玉に一手スキをかければ後手勝ちだが▲79銀と受けて、△78銀成▲同銀で、この局面。



 
 
 先手はさえ手に入れば勝つから、△77桂成は寄らないと、ヒドイことになる。

 とにかく、先手は一手しのいでさえしまえば、▲74竜でも▲83桂成でもおしまいだから、ここが後手の最後のチャンス。

 いい手をひねり出さなければ、「佐藤竜王」がほとんど誕生するが、ここで鬼手が飛び出した。






 
 
 △79角と打つのが、一撃必殺の捨て駒。

 ▲同玉しかないが、△69金と打って、▲同銀、△同と、▲同玉に△67銀とかぶせて先手は受けなし。
 


 
 
 ▲同金には△77桂不成として、▲同桂に△57桂でピッタリ詰み。

 渡辺竜王によると、この△79角は秒読みの中、読み切れずに打ったが、考えているうちに△67銀で勝ちと、ようやく発見できたとのこと。

 まさにギリギリの綱渡りだったが、この手を指せなければ佐藤が、おそらく順当に勝ち切って竜王になっていたことだろう。

 そうなれば、竜王棋聖棋王三冠王

 私はタイトルの序列というのにさほどこだわらず、名人も叡王も他のタイトルも同格でカウントしてるけど、ファンへのアピール的には

 「竜王名人を取って三冠」
 
 というのは通りがいいのは間違いなく、そのチャンスを生かせなかったのは、佐藤にとって痛恨であったろう。

 その野望を打ち砕いた△79角は、今期名人戦第3局△67銀と同じく、秒読みのなか確証のないまま、とっさに手が伸びたところだった。
 
 
 結果的には「豊島名人」を生んだ運命の局面。
 ここでは▲34角成が、金を補充しながら▲67、▲78に馬を利かす絶好の攻防手で佐藤天彦が勝ちだった。
 残り2分の佐藤名人は▲85桂とするが、これが詰めろになっておらず一気の転落。
 
 

 そんな、いい手かどうか対局者にもわからない「シュレディンガーの妙手」とでもいうような不確定性で、「三冠王」か「竜王9連覇」に世界は分かれてしまう。
 
 人の運命なんて、こんな紙一重のもので決まってしまうんだと、なんだか不思議な気分にさせられる。
 
 もしかしたら名人戦での、あの
 
 「△67銀、▲85桂」
 
という2手の交錯は、「佐藤天彦二十世名人」と「豊島将之三冠」という未来を一瞬で分岐させた、おそるべき密度の数十秒だったのかもしれないのだ。
 
 
 (2007年竜王戦編に続く→こちら) 
 
 
コメント
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