「4連勝」と「4勝1敗」 谷川浩司vs羽生善治 1990年 第3期竜王戦 その3

2020年01月10日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 1990年、第3期竜王戦は、谷川浩司王位・王座羽生善治竜王3連勝と圧倒し、奪取をほぼ確実なものとしている(第1回は→こちらから)。

 スコアでも内容でも、ここまでかたよってしまったことに

 

 「羽生が変調なのでは」

 

 という声が多かったが、続く4局は両者とも、力のこもった熱戦となった。

 この将棋は棋士やファンの間で「名局」といわれているだけでなく、指した羽生本人も

 

 「印象に残る将棋を教えてください」

 

 という質問に、答えとして出してくることが多いのだ。

 


 「長手数の将棋だが、入玉形や泥仕合にならず最後まできれいな形で収束した」


 

 ということらしく、その洗練度の高さに満足しておられるようだ。

 並べてみると、双方細かい手順で、押したり引いたりの神経戦

 正直、私のような素人は難解すぎてサッパリというか、解説を読んでもどこが重要なのか、全然ピンとこないハイレベルすぎる将棋なのだ。

 唯一語れるところは、ねじり合いの末、たどり着いた193手目

 後手の谷川が△58と、とせまったところ。

 

  

 

 

 一時期は谷川が必勝態勢だったが、決め手を逃してしまい、ここではすでに混戦。

 次の一手が、当時話題になった、いやさ今でも充分語られるべき妙手だ。

 

 

 

 

 


 7分残っていた持ち時間から、残り2分まで考えて▲22角と打ったのが、見事な着眼点。

 形は▲34歩が確実な攻めだが、この瞬間が甘い。

 そこで先に▲22角と捨てて、△同玉と的を近づけてから▲34歩とすれば、これが詰めろになるという、スピードアップの仕掛け。

 羽生も秒読みの中、完全には読み切れていなかったらしいが、それでもいいところへ指が行くのは、さすがである。

 谷川は△48飛と打つが、▲33歩成から△同金▲同角成△同玉▲25桂△32玉

 決めるだけ決めて、▲58銀と手を戻す。

 谷川の△48飛が攻防に利く

 

 「詰めろのがれの詰めろ」

 

 なら、▲58銀は自玉の詰めろを解除しながら、一歩補充して▲33歩以下の詰めろになっている、

 

 「詰めろのがれの詰めろのがれの詰めろ

 

 という、スペシャルな手になっているのだ。

 ここで谷川は投了

 

 

 

 

 

 名局の最後を飾るにふさわしい、とてもきれいな投了図である。

 ……とおさめたいところだが、そうではなかった。

 この将棋を谷川はきっと、ここで投げるべきではなかったのだ。

 理由はふたつあり、ひとつは羽生が、まだ勝ちを完全に確信していなかったこと。

 ▲22角の絶妙手で流れは勝ちだろうが、読み切りではなかったし、1分将棋では、なにが起こるかわからない。

 だから羽生も

 


 「投了は意外だった


 

 もうひとつは、羽生が後のインタビューなどでよく、

 


 「このとき、1勝できたのが大きかった」


 

 と語り、それを受け谷川も、

 


 「今さらこんなことを言ってもしょうがないが、あのとき4連勝しておかなければならなかった」


 

 そう悔やんだからだ。

 結果から言えば、このシリーズは次の第5局を谷川がものにして、竜王獲得する。

 だが、スコアが4勝0敗か、4勝1敗かが大きかったというのだ。

 これはタイトル戦を語るのに、よく出てくるアヤ。

 仮に敗れるにしても、0-4とか0-3と一番も入らずで負かされると、その精神的ダメージは、こちらが想像する以上に大きいという。

 佐藤康光九段の有名な言葉に、こういうものがある。

 


 「タイトル戦に出ると香一本強くなる。ただし、ストレート負けすると格が落ちてしまう」


 

 この「格落ち」感に、棋士は耐えられないのだ。

 そう考えれば、4-0か4-1かは、スコア以上に意味があることになる。

 谷川は下から突き上げてくる羽生を、完膚なきまで、たたきのめしてしまわなければならなかった。

 「負け下」に追いこんで、徹底的に、そのをつぶしてしまうべきだったのだ。

 

 「だめだ、この人には勝てない」と。
 

 かつては大山康晴十五世名人が、そしてだれあろう羽生善治その人が、その後、谷川をはじめとする、多くのライバルたちに喰らわせたようにだ。

 だから、谷川はその美学通り「美しい投了図」を、残すべきではなかった。

 勝敗はともかく、相手が勝ちを読み切ってないのだから、ねばって「嫌がらせ」をするべきだったのだ。

 ただそれは、あくまで結果論にすぎない。

 この当時は、もちろん羽生が天下を取ることは確信していたが、七冠王をはじめ、あそこまで独走するとは予想してなかった。

 なにより第5局の内容を見れば、どう考えても、それは「杞憂」としか思えなかったからだ。

 

 (続く→こちら

 

 

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