「絶対王者」の分岐点 谷川浩司vs羽生善治 1990年 第3期竜王戦

2020年01月06日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 勝負の世界を盛り上げるのに、ライバルの存在というのは必須である。

 前回は羽生善治王座藤井猛竜王に喰らわせた「驚異の一手パス」を紹介したが(→こちら)、今回もまた羽生と宿敵の歴史を。

 

 谷川浩司九段のタイトル27期というのは、ちょっとありえない数字だ。

 将棋の世界でタイトルというのは、1期でも取れれば十分一流だが、その上のレベルだと、さらにどれだけ上乗せできるかが、実力の証となる。

 羽生善治九段99期を頂点に、大山康晴十五世名人80期。

 中原誠十六世名人64期と来て、次が27期の谷川浩司九段。

 3位と4位の間が、ずいぶん空いていている。

 これが個人的感覚では、ものすごい違和感のある差で、谷川の力をもってすれば最低50期

 いや、場合によっては中原の数字を追い抜いても、おかしくないはずなのである。

 これに関しては、

 

 「まあ、羽生さんがいた時代だからなあ」

 

 というのは、皆さまも感じるところであろう。

 テニス界の「ビッグ4」が、君臨する時代を見ればわかるが、

 

 「最強の選手(とその同世代)と時代が重なる」

 

 これは、アスリートの悲劇のひとつなのだ。

 ただ「それにしても……」と感じてしまうのは、谷川と羽生の、最初タイトル戦の印象が強かったから。

 このとき谷川が披露した将棋を見れば、少しは私の違和感に、賛同していただけるかもしれない。
 
 
 1990年、第3期竜王戦は、羽生善治竜王と、谷川浩司王位・王座の対戦となった。

 羽生は前期、島朗竜王を破って初タイトルを獲得。

 いよいよ「羽生時代」到来かと期待させたが、そのために倒さなければならないのは、谷川浩司である。

 今でこそ、羽生こそが「将棋の神様に愛された男」というあつかいだが、デビュー前から破格の存在とされ、

 「21歳で名人獲得」

 という、羽生もなしえなかった偉業を達成。

 「選ばれし者」の華を振りまきまくっていた谷川も、また「神の子」のひとりだった。

 私の予想では互角か、やや谷川有利と見ていた。

 このころの谷川は好調で、その勢いは相当ではないかと思ったからだ。

 たとえば、挑戦者決定戦の将棋を観てみよう。

 相手は悲願のタイトル戦出場をかけた、石田和雄八段

 石田九段といえば、今では高見泰地七段佐々木勇気七段のお師匠さんで有名だが、若いころは「岡崎の天才」と呼ばれ、その筋のよさで知られていた。

 その将棋はまさに「正統派」「本格派」であり、将棋ファンの友人と綺麗な将棋を指したければ、

 

 「矢倉なら石田和雄、四間飛車は阿部隆」

 

 この2人の棋譜を並べるのが、一番ではと言いあっていたものだが、そんな石田を谷川は寄せつけなかった。

 谷川先勝でむかえた、3番勝負の第2局

 相矢倉から先攻した石田に、後手の谷川は金銀の厚みで対抗。

 

 

 

 

  後手は香得しているが、歩切れで玉形にも差があり、むずかしいところ。

 手が広く、なにがプラスになるか見えにくい局面のようだが、ここで後手の指した手が印象的だった。

 

 

 


 △45香と、ボンヤリこんなところに打つのが、面妖な手。

 意味としては盤上に自分の駒を増やし、先手になにもなければボチボチ成香でも作って、飛車を押さえて模様勝ちをねらおう、ということか。

 「前進流」「光速の寄せ」を看板にする谷川浩司らしからぬ手で、なんだか丸山忠久九段の将棋みたいだが、

 

 「華麗な終盤力に目をうばわれがちだが、谷川将棋の本質は、意外と地味な好手にある」

 

 というのは、よくいわれることで、これもまた谷川の一面なのだろうか。

 こんな手を間に合わされてはバカバカしいと、石田は2枚の桂を駆使して攻めかかり、むかえたこの局面。

 

 

 

 △64角の桂取りに、▲73角と合わせたところ。

 ▲46桂馬ヒモをつけつつ、△同角なら▲同と、で手順にと金が活用できるが、これが「一手バッタリ」に近い疑問手だった。

 先の香打ちと違って、今度こそ谷川「光速の寄せ」が炸裂する。

 

 

 


 △72飛とまわるのが、さすがの切れ味。

 ▲64角成△78飛成詰み

 まるで、エースパイロットの操縦する戦闘機のようで、△42から△78へあざやかすぎるアフターバーナーだ。

 この手が見えてなかった石田は泣きの涙で▲74歩とつなぐが、よろこんで△73飛と取ってしまう。

 ▲同歩成に、△76歩と逃げ道をふさぎながら、拠点を作って後手勝勢

 

 

 

 遊んでいた飛車が、手持ちのと換わるのだから、先手もやる気が失せるというもの。

 以下、石田の反撃をしっかりと面倒見て、谷川勝ちとなった。

 この将棋を観れば「谷川有利」と言いたくなる気持ちも、わかっていただけると思うが、もちろん相手は天下の羽生善治。

 そんな素人の予想通りに、いくわけもないのは当然だろう。

 どちらにしろ、皆が望んでいたカードであることは間違いなく、

 

 「勝った方が、ここから棋界をひっぱっていく存在になる」

 

 という将棋界の分岐点に、なるやもしれない大勝負で、熱戦が期待されたが、あにはからんや。

 七番勝負の序盤は、こちらの思いもかけない展開を見せるのである。

 

 (続く→こちら

 

 

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