大駒の「不成」には子供のころ感動したものだった。
将棋において、銀や桂馬に香車は「不成」で使うのが好手になるケースも多いのは、格言にもなっているところ。
だがこれが、歩、飛車、角に関しては、成って損をするところがないのだから、「不成」にする意味はまったくない。
……と見せかけて、実は飛車や角が不成で好手になることもあり、それが詰将棋の「打ち歩詰」を回避する手筋。
将棋は最後に、持駒の歩を打って詰ますのは反則で、それだけだと意味のよくわからないルール。
なのだが、幸いにと言っては変だが、これがあるおかげで、ものすごく奥が深くなったのが詰将棋の世界で、先日紹介した古典詰将棋「将棋図巧」(→こちら)「将棋無双」(→こちら)でも頻出する手筋だ。
この形を回避するため、詰将棋には飛車や角や、ときには歩さえをあえて「不成」で使うという形が頻出して「おー」と歓声が上がる(その神業的な詰将棋は→こちら)。
また、ここに超の上に、もうひとつ超がつくレアケースではあるが、実戦でも大駒の「不成」が出てくる、奇跡的な形というものもある。
前回は実戦に出てきた、まさかの「角不成」を取り上げたが(→こちら)、今回も様々な大駒の不成を取り上げてみたい。
2015年の棋王戦。富岡英作八段と黒沢怜生四段の一戦。
話題になったのは、最終盤のこの図。
先手玉は一目詰みがありそうだが、パッと見える△59飛成は▲49金と引いて、△38歩が打ち歩詰で不可。
だがここで、後手からすごい手があるのである。
△59飛不成が、目の錯覚か誤植を疑う絶妙手。
▲49金と引くのは、今度こそ△38歩が利く。
▲48玉(ここに逃げ道を作っておくのが不成の効果)に△57飛成でピッタリ詰み。
△59飛不成に▲49歩と合駒しても、やはり△38歩と打って、▲同金、△同銀成、▲同玉に△27金打、▲48玉、△57飛成、▲39玉。
ここで△38歩はやはり打ち歩詰だが、△38金と捨てるのがうまく、▲同玉に△47竜、▲39玉、△38歩、▲28玉(ここに逃げられる!)、△27竜(金)まで詰み。
まさに、打ち歩詰めの局面は、なにか一工夫すれば手はあるという、
「打ち歩に詰みあり」
の格言通りの手順だった。
あまりの劇的な幕切れに、黒沢も何度も何度も確認したそう。
気持ちはわかります。まさかという形だし、万一不成で行って、逆に詰まなかったらギャフンですもんねえ。
次はアマチュア同士の名局から。
2010年、朝日アマチュア名人戦決勝。
清水上徹アマ名人と、早咲誠和挑戦者の決勝3番勝負第3局。
後手の早咲さんが△27銀と打ったところだが、将棋はほとんど終わりに見える。
先手玉は蜘蛛の糸を渡るギリギリの綱渡りで、ほとんど必敗だが、かすかに最後の望みと言えるのは、まだ詰めろではないこと。
そう、△16歩は、おなじみの打ち歩詰で反則負け。
清水上さんは、ここで▲34飛と打つ。
△14桂、▲同歩、△15歩の必至を消した手だが、一瞬「え?」となるところ。
後手から、打ち歩詰回避をねらって、△25桂と王手する筋があるからだ。
▲同飛成に△16歩で、▲同竜、△28銀不成、▲18玉、△17歩、▲同竜、△19銀成という、端玉を追いつめる教科書のような詰みがある。
投了しかない図に見えるが、ここでまさかという、しのぎがあった。
なんと、▲25同飛不成(!)と取る手があった。
これでやはり、△16歩が打てず先手がギリギリでしのいでいる。
「創作次の一手」だとしか思えない図だが、信じられないことに実戦だ。
すごい将棋も、あったもんである。
以下も、先手の懸命のねばりに、早咲さんが何度も寄せを逃してしまい逆転。
清水上さんが、初のアマ名人防衛を決めた。
将棋自体もすばらしいが、これが清水上徹と早咲誠和というアマチュア界の頂点をきわめた二人が、すべてを出し切って戦い、この局面にたどり着いたという事実が感動的だ。
決勝戦での奇跡。
なにかこう、「究極の将棋」という気にさせられるではないか。
(「打ち歩詰」ではない、もうひとつの「飛不成」編に続く→こちら)