前回の続き。
西山朋佳女流王座(女王・女流王将)に里見香奈女流四冠が挑んだ、2020年、第10期リコー杯女流王座戦は、2勝2敗で最終局に突入。
両者得意の相振り飛車から、里見が序盤でうまく指し必勝態勢を築く。
局面は終局間近。
ソフト換算で先手が+2000点以上で、逆転の余地はない。
この香成も「最後のお願い」や「思い出王手」にすらならない、ほとんど「指しただけ」という手だ。
ここではなにも考えず、▲36玉とかわしておけば、問題なく先手が勝ちだった。
先手玉は上部が抜けており、飛車角の守備力が絶大で、これ以上せまる手がない。
これだと、そこで西山の投了、里見が王座を奪取となったことだろう。
だが里見は4分考えて、▲同玉と取った。
度胸のある手で、もちろんこれでも先手が勝ちだが、西山からすればもう少し手が続けられそうとなるところだろう。
△13飛と王手角取りに打って、それは▲16角成で受かるが、△同飛と切り飛ばして、▲同玉に△38角。
この王手金取りも▲27飛打でピッタリ受かるけど、後手は「こんにゃろ!」とばかりに△75銀と食いちぎって、▲同歩に△43角と今度は王手成銀取り。
楽勝ムードだった先手だが、なにやら喰いつかれてイヤな感じではある。
▲34歩に△32角、▲22飛成、△31歩、▲37金、△27角成、▲同玉、△29飛。
このあたり、依然として里見が勝勢だが、少しずつだが先手にスッキリしない手が続いて、決め手を逃している感がある。
一方、局後の感想戦で、
「4回ほど諦めかけた」
と語った西山は、開き直ってドンドンせまっていく。
この迫力に押されたのか、ついに里見に大ミスが出た。
後手が△27香成と執念の追走を見せてくるのに、▲31とと取ったのが「ココセ」(相手に「ここに指せ」と命令されたような手のこと)のような悪手。
すかさず△42香で、これが竜の横利きを遮断しながら、先手玉の上部を押さえるという、手がしなる下段香。
ここでは▲48銀と引いて、△35桂には▲46玉、△48竜、▲35玉。
自陣の荷物を全部捨て、バルーンで上部に脱出すれば、危ないようでも、と金と竜が大きく入玉を防ぐのはむずかしかった。
悪手に動揺したのか、ここで▲48銀と引いたのが、証文の出し遅れという敗着。
やはり△35桂と打たれて、今度は上に逃げたときに△33銀としばる手があって逃げられない。
と金の位置が▲32のままなら、△33銀が打てないのだから、▲31とがいかに響いているのか、わかるではないか。
やむをえない▲57玉に、△48竜、▲66玉(▲同玉は△47金で詰み)、△68竜とボロボロ駒を取って、ここで完全に逆転。
「△68竜が詰めろだったので勝ちになったと思った」
と西山も言うように、勝つときはすべての駒が理想的な形に配置されるもので、まさに
「勝ち将棋、鬼のごとし」
里見からすれば、やりきれない流れだが、それでも最後の執念を見せ、▲65金(!)、△64金に▲43角(!)で、
「詰めろ逃れの詰めろ」
という攻防の勝負手を放つ。
△65金に▲同角成と取って、△64金にも▲同馬(!)。
執念の追いこみというか、これこそまさに「最後のお願い」だが、逆転して冷静になっていた西山は乱れなかった。
ここを△同歩と取ってしまうと、▲63銀、△同玉、▲55桂で大トン死だが、先に△57銀と王手を決めるのが決め手になった。
▲55玉に△64歩と取れば、▲55桂が打てず、後手玉に詰みはない。
以下、里見も投げきれずねばるが、西山が落ち着いて対処し勝利。
これで3勝2敗で最大のライバルをしりぞけての防衛劇。
控室からは、
「これが逆転するんだ」
との声が漏れたという。
西山の追いこみもすごかったが、王者である里見がこんなに乱れるのも、めずらしい光景だ。
もし西山が順当に負けていたら、三冠と四冠が、二冠と五冠になっていたのだから、実に大きな大逆転だったと言えるだろう。
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