立ち食いそば屋は「B級グルメの奥義」の宝庫だ。
そこで前回は(→こちら)、
「立ち食いそば屋における、天ぷらそばの正しい食べ方」
について講義したが、その道における「秘伝」は、まだまだ数々あるようなのであった。
将棋のプロ棋士である先崎学九段のエッセイ集『先崎学の実況! 番外戦』に、立ち食いそばの話が出ている。
「数ある外食のメニューのなかで、生まれてからもっとも多く食べたのが、きっと立喰いのそばだとおもう」。
前回の東海林さだおさんとも同じく、立ち食いそばを愛する先崎九段(愛称「先チャン」)も、食する際にはあれこれと工夫されているようだ。
まず紹介されていたのが、「天ぷらのまわし食い」。
修業時代、お金のなかった先崎九段は、しょっちゅう立ち食いそばのお世話になっていた。
天ぷらそばを頼む。若くてエネルギーにあふれる時期のころ、あっという間に平らげる。
ナウなヤングの胃袋は暴れ馬だ。こんなもんでは全然足りない。すかさず、お代わりを頼む。
だがそこは修行中の身の常、いかんせん金欠である。
もう一回天ぷらそばを頼みたいが、フトコロ具合を考えれば贅沢きわまりない所業だ。
そこで先チャンが思いついたのが「天ぷらのまわし食い」。
まず一杯目は、天ぷらそばを頼む。
ただし、このときに、できるだけ天ぷらには手をつけずに食べる。
で、おかわりには「かけそば」を頼み、受け取った途端に、まだ残っている天ぷらをそこに投入。
するとアラ不思議、2杯目も見事に天ぷらそばの完成となるわけだ。
こうして若き日の先チャンは、安価に2杯の天ぷらそばに、ありつけたわけなのだ。
これには感心させられた。なるほど、そんな手があったか。
ただしここで
「でもそれって、食べられる天ぷらは1個なんだから、意味ないじゃん」
異議を唱える人は、いるかもしれない。
これにはきちんとした反論があり、先崎九段のいうとおり、我々立ち食いそば愛好家は天ぷらそばを頼むとき、上にのっているカキアゲはそれほど重視していない。
あれは「天ぷら」「かきあげ」を名乗っているものの、内実はただ粉を揚げただけのもの。
味は正直、別に期待できるものではないのだ。
それよりも、カキアゲからしみ出す、アブラを求めている。
それこそが真の目的。
メキシコ湾のアブラ流出事故は大問題だったが、カキアゲからのアブラ流出は大歓迎である。
まわし食いをすることによって、ひとつには普通の天ぷらそば。
もうひとつは、ただのかけそばではない、天ぷらの油のしみたそばのツータイプが食べられてオトクということだ。
すばらしいアイデアではあるまいか。
さすが、頭脳を商売道具にしている人は違うものではないか。どうりで、藤井聡太四段も29連勝するはずである(なんのこっちゃ)。
先チャンの工夫は、これにとどまらない。
もうひとつ、おにぎりを使ったワザも紹介されていた。
立ち食いそば屋では、うどんやそばと一緒に、おにぎりやお稲荷さんを頼む人もいるだろうが、それをどう食すのかが問題だ。
もちろんそれには、
「あんなものは、そばをすする合間に、ハグハグっと食えばいいのだ」
という意見はあるかもしれないが、そういう人はまだまだ、この世界の素人である。
玄人の先崎九段は、あえて一緒に注文したおにぎりを食べないという。
では、その残されたおにぎりを、どうするのかと問うならば、食べ終えたあとのツユにすかさず投入。
そのまま流れるように「月見そば」用の生玉子を注文。即座に割って入れ、仕上げに七味をかける。
これで「卵かけゴハン」のできあがり。
これは私もやったが、たしかにウマイ。オススメである。
他にも、私は不明にも知らなかったのだが、先崎九段が東海林さだおさんの本の中で発見したものに、こんなのもあったという。
天ぷらそばとゴハンを頼み、天ぷらをそばのツユにたっぷりとひたしてからゴハンの上にのせ、天丼とかけそばにして食べる。
考えてみれば、たかだかそばなのに、そんなにあれこれ、食べ方を工夫して考えるというのも不思議な話である。
どうも立ち食いそばというのは、そういった一種の「遊び心」的なものを喚起させる場所かもしれない。
立ち食いではないが、私が一時期ハマったのがコロッケそば。
作り方は簡単で、おそばをゆでて、温かいツユに入れて、出来合いのコロッケをのせるだけ。
ツユにモロモロとしみこむあのコロモと、中のジャガイモが、意外なほどにそばのツユとマッチする。
これは意外なヒットであり、一時、家でお昼ごはんを食べるときには、いつもこれをチョイスしていた。
こういうのは不思議なもので、ちょっといい材料を使ったりすると、案外おいしくない。
スーパーで売っている、一番安いそばやコロッケを使うと、なぜか妙においしい。
私はグルメに興味はないが、こういったB級グルメの話は、なんだか楽しいなあ。