立ち食い屋における、「天ぷらそば」の正しい食べ方をご存じだろうか。
などとはじめてみると、
高級フレンチとかならわかるけど、立ち食いそばで正しい食べ方も何もないだろ!
あんなものは、作り置きのふにゃっとなったかきあげをかじりながら、適当にずるずる、すすればいいんだよ。
なんて、お怒りになる人はあるかもしれないが、そういう人とはオトモダチになりたくない。
立ち食いの天ぷらそばには、れっきとした正しい食べ方があるのだ。
それは、東海林さだお著『ワニの丸かじり』収録の「天ぷらそばのツライとこ」というエッセイに書かれている。
そのプロセスを説明しよう。
まず、立ち食いそば屋に入って、天ぷらそばを注文する。
それに入れ放題のネギを入れ、七味をかける。
そして、すぐに食べるのではなく、そばの上のカキアゲを、ハシで押しつけて底に沈めるのである。
ここがポイント。
こうすることによって、カキアゲが温まり、やわらかくなり、ツユを吸いこみ、カキアゲからは揚げ油が、ツユに流れ出していくという効果があらわれる。
そうして、しばらくはカキアゲに別れを告げ、上のそばを「かけそば」として楽しむ。
その際「あとでね」と声をかけるのが、ショージ君流。
ツユも、まだカキアゲから油が出てきていないので、「かけそば」のしっとりとしたダシが味わえる。
ある程度ずずっと、すすったとろこで、おもむろにハシをドンブリの底につっこんで、今度はカキアゲを引き上げる。
するとカキアゲは、ドンブリの底でツユをたっぷりと吸って、やわらかくモロモロになっている。
このモロモロがうまい。
おまけに、さきほどまで、あっさりしていたそばのツユが、カキアゲの油浮上によって、今度は少しコッテリした、ラーメンでいえばトンコツ風のような濃い味になる。
これが、うまい。
ツユをふくんだ、モロモロのカキアゲを、そばとともにすする。ツユとともに飲む。
こういうとき、油というものの偉大さがよくわかる。ツユに一段も二段も、深い味わいをあたえてくれる。
ただツユに沈んだ、モロモロのカキアゲのうまさだけでなく、「かけそば」と、「天ぷらそば」を2種類、味わえることになる。
いや、それどころか、モロモロのフワフワの溶けたカキアゲからは
「ハイカラそば」(関西では、たぬきそばのことをこう呼びます)
「なべ焼きうどん」
のおいしささえ感じられ、一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもおいしいのである。
銭湯好きで知られる、ドイツ文学者の池内紀先生は、
「銭湯に行くたびに、たった400円程度でこんなに楽しい気分にさせられていいのだろうかと思う」
とおっしゃっていたが、私も立ち食いそば屋で、かきあげそばを食べるたびに、
「たった280円で、こんなに充実した時を過ごしていいのだろうか」
陶然とした気持ちになる。
これが、立ち食いそば屋による、中島らもさんも感銘して何度もエッセイのネタにした、かきあげそば(天ぷらそば)の正しい食べ方である。
癖になるので、ぜひ一度試していただきたい。
(続く→こちら)