「たぬきのきんたま」は日本の伝統文化です 井上章一『妄想かも知れない日本の歴史』 その3

2018年01月21日 | 
 替え歌というのは、おそろしいものである。
 
 よくできたそれを一度にすりこまれると、原曲を聴いたときに、どうしてもそっちに引っ張られるようになる。
 
 運動会の定番行進曲『ボギー大佐』における、
 
 
 「サル、ゴリラ、チンパンジー」
 
 
 という「天才の仕事」としかいいようのないものから、「隣組」が「ドリフの大爆笑」などなど、「原曲越え」を果たしている名作は枚挙に暇がないが、日本にはさらなる、素晴らしき替え歌文化が存在する。
 
 それは前回(→こちら)も取り上げた、井上章一妄想かも知れない日本の歴史』から。
 
 その中で、ある歌の起源を調べてみた、という章があり、われわれが、ふだんなにげなく聴いている曲は、さかのぼってみれば、意外なところにルーツがあることを語っている。
 
 また、翻訳や伝達の過程で、元ネタと大きく乖離してしまったりしているケースもあって、その差異におどろくというものだ。
 
 たとえば、卒業式の定番『蛍の光』といえば、元はスコットランド民謡で、別れでなく、新しい出会いの歌。
 
 だから向こうでは、新年に歌われるんだけど、日本語の歌詞「蛍の光窓の雪」は、
 
 
 「島の奥も、沖繩も、八洲の内の、護りなり」
 
 
 と言う通り防人の歌。
 
 つまりは、兵隊さんを送り出す内容だったりして「へえ」となる。
 
 出会いどころか、下手すると、今生の別れを表している可能性もあるのだから、意味もほぼ真逆
 
 メチャクチャに、悲壮な空気ではないか。そんなんでいいのか、日本の卒業式。
 
 ここでもうひとつ、歴史探偵井上章一が、その起源を探ったのが、日本人なら誰でも知っているあの名曲であった。それは、
 
 
「たんたん、たぬきのきんたまは〜」
 
 
 私の知っている歌詞は、
 
 
 たんたんたぬきのきんたまはー

 かーぜもないのにぶーらぶら

 そーれをみていたおやだぬきー

  かたあしあーげてぶーらぶら
 
 
 というものだったが、これが各地で、ちがうらしい。
 
 しかも、井上氏によると、このメロディーは北は北海道から南は沖縄まで、ほぼ日本全国だれでも知っているというのだ。
 
 おお、これを国民歌謡と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
 
 このメロディーは、小学生の歌う唱歌にもとづいていて、1891年の『国民唱歌集』という本にも『夏は来ぬ』という題で収められている。
 
 その詩的なタイトルからもわかるように、歌詞はたんたんたぬきではなく、でもって、この『夏は来ぬ』のさらに元ネタというのが、なんと聖歌なのである。
 
 「まもなくかなたの」というらしい。あるいは「流水天にあり」。
 
 聖歌賛美歌が、唱歌となって普及しているというのは、よくあることらしいが、それにしても宗教音楽からタヌキのキンタマとは、ものすごい振れ幅である。
 
 から下ネタ。これにはジーザスも笑うしかないだろう。
 
 が、逆にいえばこの歌は、タヌキのキンタマを題材にしなければ、ここまで普及しなかったはずであり、ますます苦笑いであろう。
 
 まさに、唯一神、きんたまに敗れる! の巻。
 
 前々回取り上げた『沈黙』のロドリゴ宣教師が聞いたら、どう思っただろうか。まあ、宗派がちがうみたいだけど。
 
 ちなみに井上氏は、ある映画の一場面で、この曲が流れてくるのを聞いたことがあるそうな。
 
 『バウンティフルへの旅』という作品で、人生に絶望した人が、最後に宗教で救われるという荘厳な内容だが、その救済シーンのクライマックスで流れるのがゴスペルソングによる『流水天にあり』であった。
 
 つまりは大団円であり、キリスト教徒がを流して感動する中、井上氏の耳に聞こえてくるのは、
 
 
 「たんたん、たぬきのきんたまは〜」
 
 
 これはまた、オソロシイほどの腰砕けであったであろう。
 
 想像してほしい。『ニューシネマパラダイス』や『ショーシャンクの空に』の挿入歌が。
 
 『ゴッドファーザー』の愛のテーマが、あの『2001年宇宙の旅』のオープニングが、『スタンドバイミー』のエンディングが。
 
 それらがすべて、「たぬきのきんたま」だったなら!
 
 どんな全米が泣く映画でも、これが流れてきては、すべてがぶちこわしである。
 
 替え歌制作者も、悪気はないとはいえ、なことをするものであり、ご愁傷様としか、いいようがない事件であると言えよう。
 
 
 
 

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