「受けの達人」の自陣飛車 大山康晴vs小林健二 1991年 第50期A級順位戦

2021年07月11日 | 将棋・好手 妙手
 「自陣飛車」というのは、上級者のワザっぽい。
 
 将棋において飛車という駒は、最大の攻撃力があるため、ふつうは敵陣で、できればになって活躍させたいもの。
 
 それを、あえて自分の陣地に打って使うというのは、苦しまぎれでなければ、よほど成算がないと選べないもので、これはいかにも、玄人の手という感じがするではないか。
 
 前回は「藤井システム」と羽生善治九段の、深い関係性を紹介したが(→こちら)、今回は、過去にもあった自陣飛車の好手を紹介したい。
 
 

 1991年、第50期A級順位戦
 
 大山康晴十五世名人と、小林健二八段との一戦。
 
 順位戦といえば、もともと注目を集める棋戦だが、この時期のA級は特にその傾向が強かった。
 
 「A級から落ちたら引退
 
 といわれていた大山が、何度もピンチをむかえながら、奇跡的なふんばりを見せ、残留し続けていたからだ。
 
 さらに、この年は一度は克服したはずのガンが再発し、その手術を受けるということもあって、ますます話題となっていた。
 
 この大山-小林戦は、そんな大山の手術前に行われた一局ということで(手術で不戦敗になるのは困るため日程を前倒しにした)、そのあたりの心理状態も、2人の間に微妙なを落としたのでは、と言われたものだった。
 
 戦型は小林の四間飛車に、大山は5筋位取り
 
 押さえこみをねらう大山に、小林は左桂を捨てる軽いさばきから、突破口を開き、むかえたこの局面。
 
 
 
 
 
 図は小林が、▲51角成と飛びこんだところ。
 
 先手が駒損ながら、敵陣深くにが侵入し、次に▲41銀と打てばほとんど詰み形。
 
 細い攻めを、うまくつないだかに見えるが、ここで大山に力強い手が出る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △31飛と、自陣に打つのが好手。
 
 馬を逃げては勝負にならないから、先手は▲52歩とつなぐが、すかさず△33角とぶつける。
 
 
 
 
 

 病身とは思えぬ、なんとも力強い受けだ。
 
 ▲同馬△同桂で、先手の攻めは切れ筋におちいる。
 
 そこで▲45歩と突いて、△34金▲25銀と食いつくが、ガシッと△22桂と打つのが、「受けの大山」の真骨頂。
 
 
 
 


 になるので、いかにも打ちにくいが、ここさえ、しのいでしまえば勝ちと見切っている。
 
 先手も▲34銀と取って、△同桂に再度▲25銀とするも、そこで△51角と取る。
 
 ▲同歩成△同飛▲34銀△91飛と、攻め駒を、すべてクリーンアップしてしまい、受け切りが見えてきた。
 
 
 
 
 

 小林の▲93香は「最後のお願い」という手。
 
 △同飛なら▲71角があるが、次の手が大山流の決め手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 △92歩が、実に辛い手。
 
 あまり見ない形だが、これで小林に指す手がない。
 
 後手玉は周りに守備駒がいないにもかかわらず、自陣の(!)ニ枚飛車が強力で、まったく寄りつかないのだ。
 
 以下、数手で先手が投了
 
 △22桂の場面では、先手のほうにもなにかありそうにも見えるが、闘病中にもかかわらず、ガツンと△31飛という強い手を見せつけた大山の気力が、通った形になった。
 
 一方、ガッツで戦うはずの小林将棋が、意外なほどあっさり負けてしまったのは、やはり、やりにくさがあったのだろうか。
 
 もっとも大山のことだから、そんな心理状態すら、計算に入れていたのかもしれない。
 
 
 「今のオレ様に空気も読まず、本気でぶつかってくる気なんか? ファンはみんな【大山、またも奇跡の残留】を期待してるのに、ええ根性してるやないか」
 
 
 なんにしても、体調の思わしくない69歳とは思えぬ、力強い指しまわし。
 
 まさに「大山だけはガチ」なのだ。
 
 
 (久保利明の桂馬のさばき編に続く→こちら
 
 (引退をかけた当時の「大山伝説」は→こちら
 
 

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