豊島将之が、叡王戦の挑戦者になった。
渡辺明三冠との挑戦者決定戦は、現在の棋界最強決戦。
特に第3局の終盤は、超難解な局面が続き、もうハラハラドキドキで堪能したもの。
対照的なキャラ設定もあいまって、この2人の対戦は今、激アツである。
今から名人戦も、楽しみでならないところだ。
ということで、前回は大山康晴十五世名人が晩年に見せた「全駒」の将棋を紹介したが(→こちら)、今回は今まさに旬の棋士の若手時代を見ていただきたい。
2007年の、第66期C級2組順位戦。
松本佳介五段と、豊島将之四段の一戦。
現在、名人位を保持している、豊島将之の順位戦デビュー戦であるが、当時流行の矢倉▲46銀&▲37桂型から、先手の豊島が先攻。
相居飛車の将棋、特に矢倉や角換わりでガッチリ組み合うと、先手が猛攻を仕掛け、後手がひたすらそれを耐えるという図式になりやすいが、この一局はまさにその典型のような形となる。
先手も飛角銀桂香をすべて使った、目一杯の攻めなら、後手も眉間で受け止めるギリギリのしのぎを見せ、チャンスをうかがう。
図は△12桂と、松本が受けたところだが、攻防ともに紙一重のところで戦っているのがよくわかる。
先手の攻めもきわどいが、後手も一発で倒れても、おかしくない形。
足が止まったらおしまいの豊島は▲23銀成から▲43銀と攻めつけるが、後手も決死の上部脱出から、間隙をぬって△69銀から△86歩と手筋の反撃。
こういった形は、嵐がやんだ瞬間に後手から「一瞬のカウンター」が決まるかどうかだが、この将棋はどうか。
後手が△24角と打ったところ。
これが竜に当てながら、次に△79角成からの詰みを見た攻防手。
▲26歩や▲36金は△16玉とかわされ、△73角の利きもあってつかまりにくい。
ましてや深夜の秒読みともなれば、相当にあせらされそうなところだが、ここで豊島は、あざやかな寄せを披露するのだ。
▲16金と打ったのが絶妙手。
△同歩は▲36金と打って、△15玉しかないが(▲16を埋めつぶした効果!)、そこで▲69金と質駒の銀を取る。
△同成香でも△33角と竜をはずしても、▲26銀以下詰み。
やむをえず、松本は△16同玉と取るが、▲36竜と王手して、大海に逃げ出したはずの後手玉は、にわかにせまい。
△17玉にはやはり▲69金と取って、△同成香に▲27金から▲38竜で詰み。
なので後手は、▲69金の瞬間に△32飛とハッとする手で(▲38竜を消している)最後の抵抗を試みるも、あわてず▲18歩と打って、△28玉に、▲38銀で後手投了。
入玉形で広く見えたが、これでピッタリつかまっている。
「玉はつつむように寄せよ」
「玉の腹から銀を打て」
格言通りの冷静な寄せ。
当然とはいえ、▲32竜と飛車を取らないところがうまい。
見事、豊島四段が、順位戦を白星デビューで飾り、大器の評判に偽りなしであることを証明した。
その後も豊島は、各棋戦で高勝率をあげ、2010年には20歳の若さで王将戦の挑戦者になる(当時の王将位は久保利明)。
このときはまさか、この男がタイトルを獲得するまで、あんなに手間どることになろうとは想像もつかなかった。
豊島にはこれから、この長かった雌伏の時間を取り戻すべく、勝ちまくってほしい。
と言いたいところだが、叡王として待つ永瀬拓矢も、またデビュー当時から目をつけていた逸材で、七番勝負はどちらを応援するか、今から悩ましいところである。
(永瀬拓矢のデビュー時代の苦闘編に続く→こちら)